第34話

「研究所の前では消防車が待っています。

ダルマ――いえ、ボディダルマは

研究所を出ましたら消防車の誘導に従ってください。

分かりやすいようランプを回してくれるそうです」


「そこからは消防隊の指示に

従って作業をしてくれい。


しばらくは救助活動ではなく復旧作業になる。

カッチュウであれば

積み木で遊ぶような動きだろう。

じゃが慌てず焦らず事故なく頼むぞ」


「はい!」


オペレーター茅野さんと博士の指示を聞いていると、

ダルマを載せたエレベーターは地上へ出た。


茅野さんの言う通り消防車が待っており、

こちらのスピードに合わせて先導してくれる。


とはいえ、車間距離(でいいのか?)

を開けないとお互い怖いので意外と神経を使う。


「消防隊の塩屋隊員より

ダルマパイロット宛に連絡です。

通信をボディダルマにつなぎますので、

ヤサシくんは直接話をしてください」


オペレーター上坂さんが言うと、

ピッという電子音がした。

ややノイズ混じりの塩屋さんの声がする。


「こちら消防隊の塩屋だ。

要請を受けていただき感謝します。


今ダルマさんの前にビルが横倒しになっています。

消防車は端に寄るので、

ビルをどかして、

片側の車線だけでも確保していただきたい」


「分かりました」


消防車が退くのを見て、

俺は早速ダルマの腰をかがめてビルに手をつけた。


そいえばこれはケイを助けたときに倒れたビルだ。

自分のしたことの片付けだと、

人助けとかお手伝いって気がしないな。


腰をかがめるのは普通にやると

絶対に腰を傷めそうな持ち方だが、

ダルマであればそれもない。


簡単に持ち上がるが、

周囲への迷惑を考えてゆっくりと持ち上げる。


片側の車線だけでもいいと言われたが、

余裕があるので邪魔にならなそうなところへビルを置いた。


さらに車線にあった瓦礫などを、

ホコリを払うように手で動かす。

これならでかい重機も通れそうだ。


「ありがとう。思った以上の仕事です」


「いえ、俺はできることをしただけです」


消防隊の塩屋さんのお礼に俺は答えて、

ふと上を見た。


テレビ局や警察などのヘリコプターが飛んでいる。

軍隊で使われるようなものは飛んでないようだ。


「ビョードーのヘリは飛んでないか」


「うむ、グソクやビョードーをおびき出すため、

ボディダルマの作業はメディアに見てもらっている。


じゃが二度同じことはせんか……」


俺のボヤキに、博士もため息交じりに言った。

そんなに単純な相手だったら苦労しないか。


「特殊警察より緊急連絡です。


北部に移動する巨大物体を発見。

研究所ではなく、

ボディダルマのいる方向へ

向かっているとのことです。

到着予定は約七分後」


「思ったより早かったの……。

上坂くん、消防隊へ速やかに退避するよう連絡を。


ヤサシくん、聞いてのとおりじゃ。

作業で慣らし運転があまりできんかったが頼むぞ」


「ダルマを初めて出したときは

ぶっつけ本番でしたよ。

今の作業で少し感覚を掴めました。やります!」


通信を聞いて俺は腕を上げつつ意気込みを答えた。

ボディダルマのデカくなった腕を改めて見る。頼むぞ。


「消防隊へ緊急連絡、巨大物体接近、

作戦範囲外へ退避願います」


「消防隊了解。

全隊員を五分以内に退避させます」


「こちら小清水。

ビョードーのヤツは、

見えるところで偉そうにしてるかと思ったが、

見つかんない」


「こちら山寺だ。

ビョードーと関係あるかは分からないが、

慈善団体の施設から大きなトラックが

複数台出ているのが確認されている。


施設関係者から邪魔をされて見失ったが、

今の状況と関係するか調べている」


消防隊の塩屋さんに続いて、

雑音混じりに用心棒の小清水さんや、

特殊警察の山寺さんの連絡が聞こえた。


ゼンはこうして何度もやってきたのに、

偉いひとはそうしないことには俺も呆れて肩を落とす。

なんでもかんでも平等ではないか。


俺が顔をしかめていると、

よいよグソクの姿が見えた。

まるで操り人形のように変に力の抜けた動きで歩いてくる。


「のっぺらぼう」


俺は思ったことをそのままつぶやいた。

カメラに当たる目はついているが

それ以外に顔に見える部品はまるでついていない。


ボディダルマに移植した怖い顔も、

グソクという名前にふさわしい

兜のようなパーツもついていなかった。


それどころか、顔以外ものっぺりしている。


「急いで作った感もするが、

それ以上にゼンくんの

ロボット造りのポリシーみたいなのを

感じぬ見た目じゃな。

魔改造重機以上に見ていて不安になる」


博士の言葉を聞いて、

俺は息を呑んだ。

ゼンになにかあったのか?


   #


「それもお兄ちゃんが作ったの……?」


グソクが街に現れたことは、

ケイも家で見ていた。


不安な顔やボロを出さないために、

部屋にこもり、

動画サイトから中継を見つめる。


――人前で働く機械は見た目が大事なんだ。

力がありそう、かっこいいとか印象ってことだね。


だから見たことがあるような形にする。

そして大事なのは顔。

大仏様といっしょで真剣だったり、

悪いひとに怒るような顔がロボットには似合うんだ。


ケイはのっぺりしているグソクを見て、

ゼンの言葉を思い出した。


そのゼンの言葉が否定されている気がして、

胸が締め付けられるような気分になる。

ケイは握りこぶしを胸に当てる。


「今だから、あのとき

お兄ちゃんの言ってたことが分かる。

これは怖いよ」


中継カメラがダルマの方へ向いた。

前に見たときと姿が変わっている。


「お兄ちゃんが研究所で働いたら、

あんなの作る気がする。


顔は少し怖いけど、力強い仏様みたい。

あっちのほうがいい」


感想をつぶやくと、

またのっぺらぼうなグソクにカメラが行った。

見ていて不安になる。


「確かめたい。

もし本当にお兄ちゃんがあれを作ったなら、

動かしているなら、

どうしてあんなことになったの?」


いても立ってもいられなくなり、

気持ちが溢れてきた。


「あのとき、手がたくさんついた重機を見たときと

同じ気分になってきちゃう。


お兄ちゃんが作ったとしか思えないのに、

お兄ちゃんが作ったと思いたくない。


そんな乗り物が街で暴れていた。

本当にお兄ちゃんかどうか確かめて、

止められるならわたしが止めたい。


これ以上悪いことをさせたくない」


ケイは自分の部屋を、

家を飛び出した。


後ろから姉ミチルの声が聞こえたが、

多分自分を呼び止めたんだろうくらいしか分からない。


「ヤサシさんに現場に来ないよう言われてる。

だけど、わたしはどうしても

いかなきゃいけない気がするんです」


ここにはいないひとたちに謝りながら、

ケイは走っていった。

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