第23話

小諸さんちのご住所が書かれたメモを見て、

俺は疑問を口にする。


「そいえばバイトの履歴書って、

採用に落ちたら返されるものじゃないんですか?」


「カインドマテリアルの研究は秘密が多いからじゃよ。

万が一応募してくれたひとになにかあったらと思ってたんじゃ。

まさか本当に使うことになるとは思わんかったが」


車に乗りながら博士とそんな話をした。


「まさかついでですけど、

俺も博士の車に載ることになるなんて思ってなかったです」


「研究所の車を使うと、

変なヤツに絡まれる可能性がある。

じゃから普通の車で行ってほしい

っていう山寺くんのアドバイスからのぉ」


そう言う博士はサングラスをかけたり、

白衣ではなくスーツに着替えたりしていた。

パッと見で石丸博士だと分かりにくくしている。


「でも靴はそのままなんですね」


俺は博士の全身を眺めてから、

ペダルを踏む足を見て思ったことを言った。


「さすがに靴はすぐに用意できなかったんじゃ。

それに、慣れない靴を履くとケガしたり、

歩き方が不自然だって、

思われたりするかもしれんじゃろう?


これも山寺くんの受け売りじゃ。

そこに気がつくヤサシくんもさすがじゃな」


「いえ、靴についたカインドマテリアルが光って、

そこから正体バレたりしないかな?って思ったんですよ」


「カインドマテリアルが光るのは、

強いエネルギーを発してるからじゃ。

ダルマに乗っているときならまだしも、

靴についた小さな粉じゃ見えるほど光ったりはせんじゃろう」


「前に母さんが

『玄関に光る粉がある』って騒いだことあるんですけど」


「ヤサシくんは特別じゃ」


博士は俺の言ったことに、

焦ったような早口で答えた。


俺が特別ってどういうことだ?

なんかあるのか?

だけど博士はそれ以上話してくれない。


遠回しに聞いちゃいけないこと聞いたかもだし、

この話はここまでだ。


研究所から車で三十分ほどしたところに、

小諸さんのお家はあった。


ふたつ前の年号の頃から建っていそうな

貫禄のある二階建て庭付きの一軒家だ。


近くに車を置いて引き戸の玄関へ。

チャイムのボタンを押した。


「はぁい」


のんきな女性の返事とバタバタとした足音がした。

ガラガラという音で玄関が開く。


「あら、どちら様でしょう?」


出てきたのは声の印象と違わない

おっとりしたタレ目の女性だった。


こちらを見て、少し驚いて、

怪しいセールスを警戒するかのように目を細める。


博士はすぐにサングラスを取る。


「突然失礼いたします。

ぼくは石丸研究所の所長、石丸タスケと申します」


博士は名乗りながら、

ビジネスマンのような動きで名刺を差し出した。


それを聞いて女性はまた驚いて目を丸くする。


「まあまあ、ご丁寧にどうも……。

わたしは小諸ミチルと申します。

大学生で、名刺を持ち歩くような

立派な活動はしていないので、

お渡しするものがございません」


「いえいえ、

こちらは身分を提示しただけですので、

お気遣いなく」


「恐れ入ります。


それに先日から大変なことが起こっていると、

世間知らずながら感じております。


月次な言葉しかお伝えできませんが、

ご苦労さまです」


博士とミチルさんは

ていねいな言葉で挨拶を交わしていた。


あまりのていねいさに俺は挟む口がない。

名乗らないのは失礼なのだが、

失礼のない言い方が思いつかん。


「そちらはゼンのお友達でしょうか?」


「あっ、はい。バイトの富士ヤサシです」


ミチルさんに急に振られた俺は、

反射的に答えてしまった。


まあちょうどいいか。

そしてミチルさんの口からゼンの名前が出た。

俺はそこに耳を傾ける。


「なら、ゼンのことですよね?

ごめんなさい、

慈善団体の活動が忙しいみたいで、

ここ数日帰ってないんです」


「そっか……」


俺は意気込んでいたせいか力が抜けて、

ため息とともにつぶやいた。


目線がそれると、玄関の向こうに

こちらを覗き込む女の子がふたり見える。


ひとりが不思議そうな目で、

もうひとりは丸い目で、

「あっ」

と気まずそうな声を出した。

博士もそこで気がついて、

気の利いた声をかける。


「驚かせてしまって申し訳ない。

ぼくたちは石丸研究所のものじゃ」


「ショウもケイもご挨拶して?」


お姉さんに言われてふたりも駆け寄ってきた。

結構似ているので双子のように見える。


「小諸ショウです」


そう名乗ったショウのお辞儀は、

剣道をやっていそうなきっちりとしたものだった。


「わたしは小諸ケイと申します」


対してケイはやや緊張気味だが、

本当はもっときっちりと挨拶できそうな感じだった。

ケイはもう一歩前に出て続ける。


「よければ、兄に代わって、

わたしが御用をお聞きします」


まるで覚悟を決めたようにケイは言った。


ミチルさんもショウも少し驚き、

博士は穏やかな表情のままうなずく。


俺は余計なことを言わないよう、

不審に思われないよう顔を固くする。


「最近ゼンと一番話してたのはケイよね。

研究所のお客様をおもてなししてあげて」


「はい。応接間へご案内します、

こちらへどうぞ」


「おじゃまします」

「おじゃまします」


俺と博士はケイに案内されて中へ。

応接間とやらへと通された。

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