第20話

「お前の言う平等ってやつだ。

もしここで俺が取り押さえていたら、

不平等を訴えて暴れまわっただろう?

それじゃ納得もさせられない」


「平等……。

そうだ、世の中は平等でないといけないんだ。

なのに僕は……」


「おい、どうしたまた?」


俺は思わず手を差し伸べた。

するとグソクのでかい手がダルマの手を払う。


「っ!? なんだこのちから!?」


殴られたも当然の衝撃がダルマの右手にあり、思わずよろけた。

さっきのケンカのときとは比べ物にならない力だ。


「グソクのエネルギー急上昇しています!

ダルマの現在エネルギー量に匹敵、いえそれ以上になりました!」


「グソクのマンダラ回路が発光しています。原因不明!」


オペレーター上坂さん、茅野さんの報告を聞くまでもなく、俺は身構えた。

明らかにグソクの様子が一変している。

目が光ったと思ったら、鎧の隙間にあたる箇所からも光が漏れている。


俺が軽トラの荷台で見たのと同じ光に見えた。

マンダラ回路ってのはカインドマテリアルのエネルギーを

体中に巡らせる血管みたいなもんだって俺は聞いてる。

ひとで例えると血管が光ってるのは明らかに異常……

そんな呑気な考えを飛ばすほどの何かが耳に入る。


「平等に、世界を平等に。平等に、世界を平等に。平等に、世界を平等に。平等に、世界を平等に。平等に、世界を平等に。平等に、世界を平等に。」


まるで念仏か悪口か恨みつらみのような声が聞こえてきた。

通信になにかが割り込んできたとか、変な電波を受信したとか、

通信が乱れたとかそんなことが俺の頭をよぎるがどれも違う。


この声は、同じ男子かと疑うほど変わった

グソクのパイロットの声だった。

その呪いのような言葉を口にしながら、

すごい勢いでグソクのパンチが飛んでくる。


「やべっ!?」


さっきみたいに手で受け止められるようなスピードとパワーじゃねぇ。

それでも俺は腕を前に出だしたが、

ダルマは衝撃で後ろにカッ飛ばされる。


バックステップするように俺は姿勢を直し、

ついた足を踏ん張りダルマはこらえた。俺はすぐに構え直すが、

「もう目の前っ!?」


網膜投影で映し出される映像は、

ダイオウグソクムシをドアップでみたような顔だった。


その瞬間、重いパンチがダルマの顔にぶつかり、

俺の視界が盛大に揺らぐ。


「上坂くん、ダルマの損害箇所報告を!」


「顔に損傷。カメラなどには異常なし。

顔以外もかすり傷程度です。

ですがこれほどの衝撃を受け続けたらどうなるか……」


「ちっくしょう! 一体どうしたんだよ!」


ダルマの顔を凹ませちまったこと、

やっと会話ができそうだったのに

わけの分からないことで失敗したこと。

俺は首を振りながら文句を言った。


まだグソクと距離がある。

俺は飛び起きて、ダルマを走らせた。


グソクに向かってレスリングのようなタックルを決める。


のだがあっさり受け止められて、膝を入れられる!?


とっさにグソクを突き放して、

食らったらダルマの腹が凹みそうなニーキックを避けた。


グソクはこれでふらつくかと思ったが、

また少年マンガの主人公みたいな超人的なステップで視界に入ってきた。

とっさに両腕を出し激しいラッシュをガードする。


「まじでひとが変わったような動きと勢いじゃねぇか。

おまけに反撃のスキがねぇ。

博士! なにが起こってるか分かりますか!」


「カッチュウにもカインドマテリアルにも、

こんなひとを凶暴にするような力はない。


もしあったら『カインド』なんて優しい名前はつけなかったじゃろう。

カインドマテリアルとは関係がない外部要因としか思えぬ……。

カインドマテリアルよ、こんなことに力を貸すのはやめるのじゃ……」


博士は俺の質問に答え、

そしてまるでカインドマテリアルにも心があるかのように呼びかけた。

まるで神様仏様に祈ってるように聞こえた俺は、

状況のヤバさに俺の体はウズウズする。


「こんちくしょ!」


俺はラッシュの縫い目を見つけて、

破れかぶれのストレートを繰り出した。


だが相手の素早いパンチも同時に出ていて、

拳同士がぶつかる。


前の鉄球を壊したときのようにはいかず、

まるで反発し合うようにお互いの拳が弾かれた。

同時に警告音と警告メッセージが出る。


「右腕にダメージ! 動作伝達回路にエラー発生」


「ダメージコントロールプログラムを起動。

物理的破損のない回路に動作の伝達を肩代わりさせます。

同時にカインドマテリアルのエネルギーを

腕に流して防御力をあげます。

ダルマが動けなくなることはこちらで避けます。

なんとか反撃を」


オペレーター上坂さんの報告を聞いて、

オペレーター茅野さんが早口で言いながらキーボードを叩いたり、

マウスをカチカチ動かしだした。


マイク越しにも聞こえるその激しい音に、

茅野さんのすごさと、どうにかしたいという気持ちを感じる。


『なんとか』なんて曖昧な言われ方をされたが、

茅野さんは俺には分からない策をあれこれしてくれている。

『なんとか』これに応えたい。


さらに俺の耳に警告音が響いた。

どこが壊れそうなのか確認するのもめんどくさくなる量だ。

生態感知センサーでなければいい。今はなんとか耐える。


俺はダルマの姿勢を崩さず、

激しく動くグソクの顔を見た。


その怖い顔の裏になにがあるんだ?

いやその怒った顔は悲しみやつらさがあるのか?


「平等にっ……。僕は優しく……」


絞り出すようなグソクパイロットの声が聞こえた。

まるで今まで水中で息を止めていたかのように、

苦しそうな咳が続けて聞こえた。


それでもなおダルマを殴るべく、

グソクの右フックが来る。


「グソクのエネルギーが徐々に低下しています。

発光も収まりました」


「今だぁっ! 正気に戻れぇ!」


上坂さんの報告を聞いて、

すぐに俺はグソクのフックを受け止めた。

グソクの左腕もつかみ、すぐにダルマの頭突きを食らわせる。

グソクの両手がミシミシ言って、俺の頭突きでグソクは弾き飛んだ。


膝をつかせるまではいかなかったが、

まるで頭突きを痛がるように、

グソクは頭を抱える動きを見せた。


「はぁ……はぁ……。

僕は平等……、優しくしたって」


「どうしてこんなになったのか話を聞かせてくれよ」


激しい息遣いをするグソクパイロットに向かって、

俺は語りかけた。だがグソクは首を振る。


「いくらモーションキャプチャーを使って動いているとはいえ、

カッチュウのダメージはパイロットに伝わらない。


ならこれは別の理由でパイロットが頭を抱えたり、

息を乱しているんじゃな……。

やっぱりなにかされているんじゃろうか。


双方のカッチュウのダメージは?」


「ダルマの状況を報告します。

先の顔の損傷以外は軽微、伝達系の物理的ダメージはありますが、

かやのん――いえオペレーター茅野のダメージコントロールにより

活動に支障はありません。

ただ、先程の激しい攻撃をもう一度受けたときは分かりません」


「……よし。グソクのシステムへの侵入に成功。

クラッキングは難しいですが、状況を覗き見ることができました。

現在のグソクはエネルギーが低下、

ダルマと対峙する前と同じくらいに戻っています。

両手を損傷し、指と手首の動作に異常が出ている模様。

コクピット内部カメラにアクセスできそうです。映像を――」


「くっ!? スモークグレネードばらまいて! 全部!」

――スモークグレネード発射します。


通話を通してグソク側のシステム音声が聞こえたと思うと、

グソクの周りに缶のようなものが散らばった。

俺はとっさにダルマの両腕で顔を覆う。


「ヤサシくん、あれは煙幕じゃ。グソクが逃げるぞ」


「爆弾だと思ったじゃねぇか!」


俺は腕をおろして、グソクの方へ駆け出した。

だが煙幕で前も足元も見えなくなる。

グソクを追うどころか身動きすると危ない気がして、足を止める。


「ダルマのセンサーを切り替えます。

ヤサシくん、動いているものを追って」


「グソクがスモーク外に離脱、北側へ走っていきます」


「小清水くん! グソクを追うんじゃ! 逃げた先が分かればいい!」


「任せな!」


オペレーターの上坂さん、茅野さん、博士の声が続き、

俺が返事をしたり動き出す前に、

全部かき消すような小清水さんのでかい声が耳に響いた。


勝手に音量を変えてくれる仕組みがなかったら、

俺の耳はキーンとなっていたかもしれない。


俺もグソクを追いかけようとなんとか煙の外に出る。

すでに小清水さんの赤いバイクが突っ走ったのが見えた。


小清水さんのバイクは、戦いで荒れた道にも関わらずグソクを追う。


それを追いかければいいと思って、ダルマの足を進めようとするが、


「ヤサシくん、慌てて動くと街に被害が出る。

小清水くんに任せるんじゃ」


博士の指示を聞いて、歯を食いしばって足を止めた。

くっ、こういうときはダルマのでかい体は不便か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る