第6話 カラオケと書いて拷問と読む
あれから……光守たちと無為としか言い様のない時間を過ごしたあの日から数日が経った土曜日。
半日授業でもあった今日、俺は今、カラオケ店に来ていた。
ついでに言うと、すでにカラオケは始まっており、初めて見る黒髪ロングのギャルと大空が、お立ち台の上で肩を寄せ合いながらアップテンプな曲を歌っていた。
そんな中、俺から見ると対面のソファーに座っている水連寺と光守──そして初対面であるツーサイドアップのギャルが、時折三人で会話を交わしながら曲に合わせて手拍子をしている。テーブルの上には注文済みの料理が並べられており、まるでなにかの打ち上げのような様相になっていた。
なんつーか、もはやどこから突っ込んでいいのかわからん。
「……ちょっとあんた。黙ってばかりいないで、少しは会話に参加しなさいよ」
と、あまりの異空間にただ圧倒されてばかりいた俺に対し、それまで正面に座っていた光守が隣に寄って来て、小声で囁いてきた。
そんな光守に、俺はじろりと無言で睨み付ける。
「……なによ、その目は? なんか文句でもあるの?」
「むしろ文句しかないわ。学校が終わって家でのんびり過ごそうかと思っていたのに、帰宅中にお前から『今すぐ地図で指定した場所まで来い』って連絡があって、仕方なく道を引き返してわざわざこうして来てみれば、まさかのカラオケだぞ? しかもなんでお前らだけじゃなくて知らない奴まで二人もいるんだよ」
いくらなんでも説明不足すぎる。ただでさえカラオケというだけで気が引けるというのに。知らない奴の前で歌えってか? この俺が? 冗談も休み休み言いやがれ。
「前に話したじゃない。手当たり次第に女の子を紹介して、あんたに惚れさせるって。そうしたら、あんたも好意を持つかもしれないでしょ?」
ああ、そういえばそんなことも言っていたか。
だが、まさかこんなに早く実行してくるとは思わなかった。余計な行動力を発揮しおってからに。
「それなら先にそう言え。もしも事前に準備がいるようなことだったらどうするんだ」
特にこういう知らない奴がいる場合は前もって説明しておけよ。おかげでここに入る時、めちゃくちゃ躊躇ったわ。
もっともカラオケに来いって言われた時点で、なんとなく嫌な予感はしていたが。
「準備のいる物があるならさすがにちゃんと伝えるわよ。それに正直に話したところで、あんたのことだからサボるかもしれないじゃない」
「サボらねぇよ。こっちは先生に脅されているんだぞ?」
ドアを開ける前は途中で何度も帰ろうかと迷いはしたけどな。
「だとしても、どうせ嫌々ながら来ていただけでしょ? まあ今だって十分嫌そうな顔をしているけれど、最初からそういう顔をされるくらいなら、いっそなにも知らない状態で来てもらった方がマシだって思ったのよ。不機嫌そうなあんたを、ウチから紹介するわけにもいかないし」
だからウチたちだけ先に入っておいたのよ、などといけしゃあしゃあと宣う光守に、思わず「ちっ」と舌打ちを漏らした。一理あるだけに反論しづらいのがまた腹立たしい。
まあいい。いや、決してよくはないが、この際甘んじてこの状況を受け入れようじゃないか。
しかしながら、どうしても受け入れがたいものが目の前にある。それは──
「なんであいつ、俺と同じ格好っていうか、男子の制服なんて着てんだ? そういう趣味があったのか?」
今も抑揚のない声で歌う大空を指差した俺に、光守は「そんなわけないでしょ」と呆れたような口調で言って、
「男があんただけだとバランスが悪いから、鳴には男子として参加してもらったのよ。一応、知り合いの男の子を紹介するって話だったから」
向こうは二人もいるのに、男を一人だけ紹介するわけにもいかないでしょ? と光守。
「……言い分はわかるが、だったらお前の男友達を紹介したらよかっただけの話なんじゃないのか?」
「それだと、その男友達にもあんたのことを教えなきゃいけなくなるじゃない。マジでありえないから」
「なるほど。それに関しては俺も同意見だ」
俺としても、こいつとの関係を周囲に知られたくはない。
まして、こんなわけのわからない勝負をしているとなったら、なおのこと。
「だから、これ以上あんたとの関係を知られないためにも、鳴に一芝居打ってもらったってわけ。今日来てもらった二人だって、別の学校から呼んだ子たちなんだから」
「ほーん。二人共、お前の知り合いか?」
「片方はね。もう一人の子は同じ女子高に通っている友達らしいわ。ウチの頼みで、向こうの学校の子を紹介してもらったのよ。今回のためにね」
「それ、大丈夫なのか? 女子高ってことは、男との交遊関係も厳しいんじゃないか?」
「そこまで厳しくはないから問題ないわ。それよりも、あんたはどうなのよ? あの二人を見て、いいなって思うような子はいないの?」
「いないな」
即座に答えた。もはや迷う時間すら必要ない。
「ていうか、ギャルっていう時点でないな。アウトオブ眼中だわ」
「あんたはまた、そんな上から目線で偉そうに物を言って……。そもそもあんた、人を選べる立場でもじゃないでしょうが。自分が底辺だってことを自覚しなさいよ」
「お前こそ、勝手に人を底辺扱いしてんじゃねぇよ。俺にだって選ぶ権利はあるし、合わない人間を選ぶほど、物好きでもない」
「だいたい──」
と俺は溜め息をこぼしながら、半眼になって続ける。
「俺はなにも知らされずにここへ来たんだぞ。ちょっとはこっちの方も配慮しろ。まだ二人の名前すら聞いてないっていうのに」
「いやいやいや! 最初に紹介したでしょうが! あんた忘れたの!?」
「知らん。そんな覚えはない」
「あんたって奴は、どんだけ非常識なのよ……。はあ~。ほんとありえない……」
なにやら、盛大に溜め息を吐かれた。失礼な奴め。
「お前にだけは言われたくないっつーの。そもそもお前らの話を聞いている余裕がなかったんだよ。状況を理解するのにやっとな状態だったんだからな」
「だからって限度ってもんがあるでしょうが。まったく、もう一度教えてあげるから、今度こそちゃんと覚えなさいよね。まず、あっちの黒髪の子だけど──」
「ねえ~。さっきからなんの話をしているの~?」
と。
呆れ顔で黒髪ギャルを紹介しようとした光守を遮る形で、おもむろにツーサイドアップのギャルがテーブルに身を乗せて話しかけてきた。
「あ。ごめんね、
なるほど。このツーサイドアップのギャルは「姫奈」って名前なのか。
できるなら名字の方を知りたかったところではあるのだが──親しくもない相手の名前を、たとえ心中でも下の方で呼びたくないため──無理に訊き出すのも不自然でしかないし、今はこれで妥協しておくか。
「ううん。ヒメも単に気になっただけだから~」
言いながら、俺の右隣──光守とは逆の位置に座る姫奈。
こうして見ると、光守ほど派手ではないが、それなりに整った容姿をしているのがわかる。少し小柄ではあるが、制服越しでもスタイルの良さが窺えるし、動作がおっとりとしているところなども、男心を擽りそうな女子ではある(俺の好みではないが)。
「えっと、こっちの子は影山くんでいいんだっけ~?」
「あ、うん。ウチと同じ学校に通っている影山。って、最初会った時に紹介したとは思うけれど」
「そうだけど、こっちの子とは全然話せなかったから~。ウラランや他の子たちとはすぐに仲良くなれたけれど~」
ウララン? ああ、光守の渾名か。ていうか、もう渾名で呼び合っているのか。すげーな、陽キャのコミュ力。
「モエモエから聞いたんだけど、みんな同じ部活なんだよね~? 男の子一人で寂しくない~?」
モエモエというのは水連寺のことだろう──というのはこの際置いといて。
「同じ部活……?」
「え~? 違うの~? みんな、同じ部活で知り合ったって聞いたよ~?」
「そうそう! そうなのよ! 恋愛研究部って部活のメンバーなの! もう影山ったら、なに初めて聞いたみたいな顔になっているのよ~!」
いや、実際初耳なのだが?
そもそも、俺は文芸部なのだが?
という疑心たっぷりの目で光守の方を見たら、口パクで『こっちの話に合わせて』と指示してきた。
このやろう。さては俺との関係を隠すために、適当な嘘をでっちあげやがったな?
ちっ。とてつもなく癪ではあるが、ここは光守に合わせた方が無難か。ここで全部暴露したところでなんのメリットにもならないし、それ以前にあれこれ詮索されるのも面倒だ。
「ほんと~? 影山くん、実際どうなの~?」
「……はあー。まあ、こいつの言った通りではあるな」
「そうなの~? でも、そのわりにすごく不満そうな顔だよ~?」
「あ、あはは。影山ったらこういうのに慣れてないから緊張しちゃっているだけなのよ~。そうよね? か、げ、や、ま?」
と、お互いの額がぶつかりそうになるほどの距離で光守に凄まれた。
「……ていうかあんた、合わせるのならちゃんと合わせなさいよ。なによ、あの隠す気のない溜め息は……!」
「……しょうがないだろ。自然に出てしまったものは。むしろ不本意ながらお前らに合わせてやったんだ。こっちとしては感謝してほしいくらいだっつーの……」
至近距離を保ったまま小声で囁いてきた光守に、俺も声量を抑えながら言葉を返す。
「……それよりお前、顔が近すぎ。くっさ。お前の口臭、シュールストレミングくさ~」
「……だれの息が世界一臭い缶詰か! 少し前にブレスケアしたばかりだし! 臭いなんて絶対ありえないから……!」
「あ~。また二人でこそこそお喋りしてる~。二人って、もしかしてそういう関係だったりするの~?」
姫奈の勘繰るような眼差しに、光守は慌てて首を振って俺から瞬時に離れた。
「ち、違うし! こいつとは本当にただの部員同士だから! そもそも彼氏をこういう形で紹介なんてするはずないでしょ!?」
「あー、それもそっか~。ごめんね~。変なこと訊いちゃって~」
「ううん。わかってくれたならいいの……」
こんなゴミ男と付き合っているなんて絶対思われたくないし、と最後に小さく独り言を漏らす光守。
てめえコノヤロー。他の奴には聞こえなかったかもしれんが、俺は一字一句聞き漏らさなかったからな? あとで犬のフンでも踏む呪いをかけてやる。
「でもウラランと影山くん、仲はいい感じだよね~」
「そ、そうかしら……?」
「うん。きっと和気藹々とした部活なんだろうな~って」
実際は殺伐としているけれどな(主に俺と光守が)。
「けど、今日はよかったの~? みんな同じ部活なら、こうしてサボるのはまずいんじゃないの~?」
「大丈夫。これも部活の一環だから。こうして男女で集まった時のみんなの反応を見たかったのよ」
「へ~。それでカラオケに行けるなんて、いい部活だね~」
現実には存在しないけどな。そんなふざけた部活。
ていうか光守の奴、さっきから平然と嘘を吐きやがるな。陽キャってそういうところあるよねー。その場のノリで嘘を吐く時ってあるよねー。
「そういう姫奈ちゃんは、なにか部活に入っていたりするの?」
「ヒメはどこにも入ってないよ~。あんまり部活って興味がないから~」
いいなそれ。うちの高校みたいに部活が強制じゃないなんて。実に羨ましい。
「じゃあ、
「そうそう~。ヒメもサユも、こんな風に遊んでいる方が楽しいし~」
紗雪ってだれだ? と一瞬首を傾げてしまったが、すぐに大空の隣で熱唱しているギャルだと思い至った。
そんな黒髪ロングギャルこと紗雪ではあるが、つい先ほど曲が終わったようで、持っていたマイクを元の位置に戻したあと、ふうと一息つきながら水連寺の横──俺の正面に座ってきた。
「歌った歌った~。久しぶりに激しめな曲を歌っちゃったわ~」
「紗雪さん、お疲れさま。はい、ジュース」
甲斐甲斐しくコップを差し出す水連寺に、ありがとうと笑顔で受け取る紗雪。
姫奈の時もそうだったが、こいつもちゃんと見てみると、美人と言っていいくらいには綺麗な顔立ちをしているのがわかる。
しかも光守や姫奈と違ってクール系のギャルと言った雰囲気なので、見た目だけなら紗雪の方がマシではある。あくまでもマシというだけで、好感度が高いわけじゃないけどな。
「ぷは~。冷たいジュースが熱唱したあとの喉に染みるわ~。しかも炭酸じゃなくてオレンジジュースっていうのがいいわね。萌ちゃん、本当に気が利くいい子系だわ~」
「そんなことないよ~。私は単にそばにあったオレンジジュースを渡しただけだから」
「でも、だれも口にしてない方を選んでくれたじゃない? それって普段から周りを見てないとできない系だと思うわよ?」
「そ、そうかな?」
紗雪の言葉に、まんざらでもなさそうに頬を掻いてはにかむ水連寺。
「そうよ~。ていうか萌ちゃん、けっこうモテる方なんじゃない? 可愛いし気も利くし、こんな子が身近にいたら、男も放っておかないでしょ~」
「そ、そんなことないよ~。私なんて全然……」
「謙遜しちゃって~。だって萌ちゃん、いかにも男が守ってあげたいって言いそうな女の子だもん。わたしなんて一人で生きていけそうなんて言われちゃう系だし、今まで付き合ってきた男もみんな同じようなことを言って勝手に離れていっちゃったし。はあ~。どこかにいい男はいないかしら~。具体的に言うと、目と鼻の距離くらいの位置に~」
言いながら、ちらちらと左隣に目線を寄越す紗雪に、俺は「ん?」と眉をひそめた。
あの意味深な目配せ……もしかしてアプローチしているのか? 隣にいる奴に?
マジかと内心驚きつつ、件の人物──先ほどから紗雪の隣でフライドポテトや唐揚げなどを次々口に放り込んでいる大空に目をやる。
「ん? なんスか先輩? じーっと自分の方を見て」
「いや……」
本当にこんな奴に気があるのか? 口元がベタベタの油まみれな状態なのに?
とはいえ、外見だけなら文句なしのイケメンではあるし、見た目で惹かれても不思議ではないか。
まあ実際は紛うことなき女子ではあるのだが、俺と同じ男子用の制服を着ているのもあって、疑いの目を持つ奴はほとんどいないだろう。パッと見は日焼けしたスポーツマンって感じだし。
もっとも本人は普段通りというか、食べ物にさえありつけたらそれでいいと言った感じではあるが。男装していようが、どこまでもぶれない奴だな、この後輩は。
「もう鳴ったら、口元がベタベタじゃない。だらしがないわね~」
と、テーブルの上に置いてあるティッシュを取ろうとした光守の手を、紗雪がすぐさま遮って、
「わたしに任せて麗華。そこだと拭きにくい系でしょ?」
「え? いや、ウチはティッシュを渡そうとしただけで、別に拭こうとまではしてないけど……?」
「そうなの? まあいいわ。わたしが代わりにやるから、麗華はなにもしなくていいわよ。ていうか鳴くんのことは全部わたしがやるから。だからこっちのことはなにも気にしなくていい系でよろしく☆」
などと、ほぼ強引に押し切ろうとする紗雪に、光守は一瞬当惑したような表情を浮かべつつも「そ、そう……?」と最終的に自ら手を引っ込めた。
「そこまで言うのなら、鳴のことは紗雪に任せるわ」
「おけまる♪ さあ鳴くん、お姉さんが口を拭いてあげるから、こっちの方を向いて?」
「ん? こうっスか?」
「そうそう! は~。やっぱりイケメンだわ~。見ているだけで視力が上がる~♪」
俺からしてみたら、視力よりも変態度が上がっているようにしか見えないのだが。
なんかこいつ、見た目に反して全然クールなタイプじゃないな。今だってゲヘゲヘと不気味な笑みを浮かべながら鳴の口元を愛おしげにティッシュで拭いているし。まるでエサを目の前にした肉食獣のようだ。ぶっちゃけると怖い。
「はあ~。まったく、紗雪は相変わらずイケメンには弱いんだから……」
「あ、そっか~。ウラランとサユって、中学生の頃からの付き合いなんだっけ~。二人って、昔はどんな感じだったの~? ヒメとサユは高校の時に知り合ったから、昔のことはあんまり知らなくて~」
「中学生の頃と言っても、学校は別々だったけれどね。通っていた塾でたまたま隣の席になって、そこから仲良くなったのよ」
へえ。そいつは驚きだ。
なにが驚きかって、いかにも勉強嫌いそうな光守が塾に通っていたという事実に。
今はこんなデコトラみたいな格好だが、昔はまだ真面目な方だったのかもしれないな。それこそ高校デビューってやつか?
「そうだったんだ~。サユって塾だとどんな感じだった~?」
「そうねー。最初に会った時は物静かなイメージだったかな。今もそうだけど、昔から大人っぽい子だったから、初めて話した時はちょっと気後れしちゃったのよね~」
「わかる~。なんかノリが合いそうにないっていうか、サユを見ていると自分が子供っぽく思えちゃうんだよね~」
「それそれ! ウチも同じ理由であんまり話したいって思うタイプじゃなかったんだけど、実際に話してみたらけっこう変な子で面白かったのよね~。今はもうイケメン狂いの変態って感じでしかないけれど」
言って、紗雪に目をやりながら苦笑する光守。
当の本人はこっちの会話なんて端からどうでもいいと言わんばかりに、依然として爆食いしている大空をうっとりとした面持ちで眺めていたりするが。
「そっか~。サユって昔からこんな感じだったんだね~。そういえばサユに初めて話しかけられた時も『姫奈さんって見た目は可愛い系だけど、下着は意外とセクシー系よね。もしかして部屋着も肌色成分多い系?』なんて言われてびっくりしたことがあるよ~」
おっさんか。
「あははっ。紗雪らしい~。でも言われてもみれば、ウチの時もそうだったわね~。塾の休憩時間にノートを整理していたら『ねえねえ。さっきの先生ってけっこうイケメン系じゃなかった? わたしのパンツをあげたら付き合ってくれるかしら?』って話しかけられたのが最初だったし」
痴女か。
さすがにこれは水連寺も衝撃だったようで、光守と姫奈の話を聞いてあっけに取られている様子だった。
「え……紗雪さんってそういう人だったの?」
「萌、もしかして引いちゃった?」
「そんなことはないけど……」
そう言いつつ、水連寺の笑みは引きつっていた。気持ちはわからんでもない。
「まあ、普通はそういう反応になっちゃうかもしれないわね。でもウチにとってはすごく面白かったのよ。だって普通は好きな人に下着をあげるなんて言わないじゃない? あの時は勉強尽くしでストレスも溜まっていたせいか、げらげら笑っちゃったわ」
紗雪は不思議そうに首を傾げていたけれど、と笑みをこぼしながら光守は続ける。
「だから今もこうしてたまに会っては遊んだりしているわけ。あの子と一緒にいると退屈しないから」
「それ、すごくわかる~。ヒメもサユと一緒にいる時はいつも楽しいから~」
笑顔で語る二人に、水連寺は興味深そうに「そうなんだー」と頷きを繰り返す。
「私、麗華ちゃんにこんなお友達がいたなんて全然知らなかったよ」
「紗雪はちょっと特殊だから。萌とは少し相性が悪いかもって思って……」
いや、水連寺に限らず、大抵の人間は相性が悪いと思うぞ?(俺も含めて)
「私、紗雪さんと話すの、普通に楽しいよ? 二人の話を聞いてちょっとびっくりはしたけど……」
「そ、そう? それを聞いて安心したわ。色んな意味でおかしい子だけれど、これからも仲良くしてあげくれたら嬉しいわ」
「ウララン、ばっさり言いすぎ~。だいたい合ってるけれど~」
と、光守の言葉にクスっと失笑する姫奈。
こいつら、今日会ったばかりなのに、よくここまで会話が弾むな。基本的に陽キャは嫌いだが、こういうところは素直にすごいと思う。
「逆に、姫奈さんはどんな感じなの?」
「姫奈でもいいよ~。ヒメもモエモエって呼びたいし~。ていうか、もう呼んでるし~」
「えっと、じゃあ姫奈ちゃんで」
「うん。モエモエ~」
「えへへ。なんかちょっと恥ずかしいね……」
「ね~」
なんだこれ? 見ていて全身がむず痒くなってくるのだが。
青春アレルギーとはまた違った痒さというか、見ているだけで壁に頭を打ち付けたくなるというか。いわゆる共感性羞恥というやつなのかもしれない。別に知りたくもなかったわー、こんな気持ち。
「それで、姫奈ちゃん。姫奈ちゃんは普段どんなことをしているの?」
「特別なことはなにもしてないかな~。友達と一緒に買い物に行ったり、こうしてカラオケにも来たりとか、だいたいそんな感じ~。部活とか塾に行っているわけじゃないから、時間はわりとある方なんだよね~」
「えっと、付き合っている男の子とかはいないのかな? 姫奈ちゃん、可愛くて愛嬌もあるから、すごくモテそうに見えるんだけど……」
「今はいないよ~。だからサユに誘われた時、新しい出会いを求めるのもありかなって思って、こうやってカラオケに来てみたんだ~」
「あ、男の子と付き合ったこと自体はあるんだね」
「当たり前だよ~。女子高生だもん~。モエモエは一度もないの~?」
「う、うん。そういうの、まだよくわからなくて……」
「わからない~? それなのにこうしてカラオケに来たの~? 男の子を紹介してもらっているのはヒメたちの方だけど、それだったらここに来る理由もなくない~?」
姫奈の当然とも言える疑問に、水連寺は「あっ……」と小さく声を漏らして固まった。気が緩んだあまり、うっかり口を滑らせたってところか。
しかも言い訳すら思いつかないのか、見るからに視線を泳がして動揺している。あれじゃあ不審がってくれと言っているようなものだ。
ま、俺には関係ないことだけどな。助ける義理もないし、このまま静観させてもらうとしよう。
「も、萌は同じ部員として一応来てもらったのよ! ほら、ウチたち恋愛研究部だし!」
と、言葉に窮する水連寺を見かねてか、光守が上擦った声でフォローに入った。
「あ、そっか~。そういえば部活の一環でもあるんだっけ~? それでモエモエも来たんだね~」
あっさり納得してくれた姫奈に「そ、そうなのよ~」とほっとした笑顔で相槌を打つ光守。水連寺の方も助けに入ってもらって安堵したのか、ひそかに胸を撫で下ろしていた。
「あれ~? でも、ちょっとおかしくない~?」
だがしかし、安心するのはまだ早かった。
今の話を聞いて新しく疑問が浮かんだのか、姫奈がまた矛盾を突いてきた。
「だったら、どうしてモエモエは恋愛研究部に入ったの~? そこまで恋愛に興味がないのなら、恋愛研究部なんて普通は入ろうとしないんじゃない~? だって『恋愛』を『研究』する部活なんでしょ~?」
「そ、それはあれよ。萌の社会勉強…………みたいな?」
光守の苦しまぎれに出たと見える曖昧な言い方に、姫奈は小首を傾げて、
「社会勉強~? それってどういうこと~?」
「ほ、ほら、いつかは好きな人ができるかもしれないじゃない? 今はまだいいかもしれないけれど、大人になってから初めての恋愛をするのって色々大変そうだし、だから部活を通じて恋愛のいろはを学ぼうとしているわけよ」
「そうなんだ~。モエモエって頑張り屋さんなんだね~」
姫奈の褒め言葉に「そんなことないよ~」とぎこちなく笑みを返す水連寺。
嘘を吐いているわけではないが、真実を話しているわけでもないため、良心が痛んでいるのかもしれない。
まあ正直に「他の部活を乗っ取るつもりが、なぜか乗っ取り相手と勝負をすることになってしまい、その関係でこうしてカラオケに来た」とは言えんわなあ。どう考えても頭がいかれているとしか思えない理由だし。
「それじゃあ他の子たちはどうなの~? モエモエと同じ理由~?」
「ウチは萌の付き添いって感じね。鳴は……家の門限が厳しくて、それで他の部よりも早く帰れるからって理由で入ったみたい」
「そっか~。鳴くんって見た目は体育会系なのに、どうして恋愛研究部みたいな文化系に入ったのかなって不思議に思っていたんだけど、そういう事情があったんだね~」
実際はそれだけじゃなくて、人数合わせのために買収されたようなものだけどな。
「けど、本当にヒメたちを紹介してもよかったの~? 鳴くんみたいなイケメンだったら、同じ学校でも狙っている女の子とか多いじゃない~?」
「その点は大丈夫。ウチらの学校では全然モテてないから」
そりゃそうだ。実際は女子なのだから。
女子高だと同性にモテそうな容姿はしているけどな。
「へえ~。なんか意外~。あ、それでヒメたちを紹介したの~? 他の学校の女の子だったらワンチャンがあるかも的な~?」
「そ、そうそう! 鳴とはけっこう長い付き合いなんだけど、見た通り食い気しかない感じでしょ? だからつい将来が心配になってきちゃって、それで紗雪と連絡を取って、彼氏のいない女の子も一緒に誘ってもらったのよ。ねえ、萌?」
「えっ。う、うん。そんな感じ……かな?」
こいつら、また適当な嘘を吐きおって。あとでまた疑心を抱かれても俺は知らんぞ。
「そっか~。まあサユは気に入っているみたいだし、鳴くんも嫌がっているわけじゃないから、わりとお似合いのカップルになれるかもしれないね~」
相変わらずこっちのことなんて気にもせず飲食ばかりしている鳴と、その隣で甲斐甲斐しく世話を焼く紗雪を見ながら、微笑ましそうに目尻を緩める姫奈ではあるが、真実を知ったら一体どんな反応を示すのやら。
少なくとも紗雪のショックはでかいだろうな。そのあたり、光守はちゃんと対策を打ってあったりするのだろうか?
もしもこのまま紗雪が大空に告白でもしたら、それこそ大問題になってしまう気がしてならないのだが。
ま、別にどうでもいいか。俺のせいじゃないし。
真実を知った紗雪が光守にどんな行動に出ようが、俺は傍観に徹するだけだ。だって俺に非はないのだから。
「あ、でも~、このままだとヒメだけフリーで終わっちゃうのか~。それは少し寂しいかも~」
そう言ってから。
唐突に姫奈が俺の肩に身を寄せて来た。
「ねえ、影山くん~。影山くんも今はフリーなんだよね~? よかったら、試しにヒメと付き合ってみる~?」
「いや、けっこう」
間髪入れずに断った。
「ちょっと影山! いくらなんでもすぐに断るなんて失礼でしょうが! ほんとありえないんだけど!」
「麗華ちゃんの言う通りだよ。影山くんは真面目に答えただけかもしれないけれど、今のは冗談で返さなきゃ。いくらなんでも初めて会った男の子に──それも影山くんみたいな陰気そうな人にいきなり告白するはずないでしょ?」
「その陰気そうな奴が、芸人みたいな返しができると思っているのか? つまらない冗談で場を寒くするくらいなら、普通に断った方がマシだろうが」
テーブルの上のコップ(ちなみに中身はコーラ)を手に取りながら、俺は続ける。
「仮に真剣な告白だったとしても、どのみち断っていたけどな。あんなコンビニに行くみたいなノリで好みでもない女と付き合えるか。アホらしい」
「あ、アホらしいって……。あんた、もうちょっと言い方ってもんがあるでしょう!? 少しは悪びれなさいよ!」
「どうもすみませんでしたゲェェェェップ!」
「きゃあああ!? ウチの目の前でゲップするんじゃないわよ! コーラ臭い~!」
「くぷぷー! ざまあwww」
「……影山くんって本当に最低だよね。女の敵って感じ」
「あざーっす! マジ光栄っす!」
「「全然褒めてないから!」」
「わ~。なんかびっくり~」
と。
俺たち三人のやり取りを見て、終始あっけに取られていた様子の姫奈が、なぜか小さく拍手しながら口を開いた。
「ウラランとモエモエもそうだけど、影山くんって意外と毒のあるタイプだったんだね~。もうちょっと大人しい子だと思ってた~」
「い、いつもこうってわけじゃないから! 人によって態度を変えることはあるけれど、今のはウチたちの前だけだから! そうよね、萌!?」
「う、うんっ。少し口が悪くなる時はあるけれど、本当は優しい、ようなそうでもないような……?」
そこは優しい人って言いきれよ。いや、別に自分が優しい奴だとは思わないけれども。
「つまり、ウラランやモエモエの前では素になるってこと~?」
姫奈の返しに、水連寺は困ったように眉尻を下げて、
「う~ん。素というのとはまた違うような……?」
「説明が難しいわよね……」
「え~? 二人共、もしかして影山くんを紹介したくないとか~?」
「それはない! 絶っ対ありえないから! なんなら今すぐ影山を貰ってほしいとすら思っているから!」
腕を振って必死に否定する光守に、姫奈は「え~?」と半笑いで眉をひそめる。
「あ、でも、言われてもみればそうかもね~。本当に紹介したくなかったら、ここに呼んだりしないはずだし~」
「そうそう! ウチも萌も、こいつのことなんてなんとも思ってないから安心してちょうだい! 今ならポケットティッシュも付けてタダ同然でプレゼントするわ!」
「勝手に人をバーゲンセールみたいに売りつけるな」
しかも特典がポケットティッシュだけかよ。カート入りの在庫処分よりも扱いがしょぼすぎる。
「ふふっ。二人のやり取り面白~い。漫才でも見ているみたい~」
「ウチ、こいつと漫才しているつもりは微塵もないんだけど……」
まったくもって同意見だ。
「でも、ウラランが思っているより、影山くんって面白い方だと思うよ~? ツッコミもしっかりしてるし~」
「だからこっちは漫才をしているわけじゃないっつーの」
俺が憮然として言葉を挟むと、なにが面白いのか姫奈はニコニコ顔で「けど~」と続ける。
「なんだかんだ言っても、ちゃんと反応を返してくれるよね~。本当に嫌なら無視すればいいだけの話なのに~」
「相手にもよるが、無視するのは性に合わないだけだ。バカにしてきた奴をそのまま放っておくなんて我慢ならないからな」
「……だからあんた、ウチがなにか言うたびに噛み付いてくるの? 男なら、少しは笑って許すだけの心の広さを見せなさいよね……」
呆れた顔で言う光守。つーか、お前が言うな。
「ていうか姫奈ちゃん、こんな奴が面白いって本気なの? 紹介しておいてなんだけど、こいつほど性根が腐っている男はなかなかいないわよ?」
「ん~。確かにストレートに物を言うタイプだと思うけど、それって裏表のない人とも言えるじゃないかな~? 少なくとも、ヒメはウラランが思っているほど悪いイメージは持ってないよ~」
へえ。ただの頭の軽そうなギャルかと思えば、案外柔軟な思考をしているじゃないか。
今の話を聞いて「えー……」と顔をしかめている光守や水連寺に爪を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
「あのー、姫奈ちゃん。さっき影山くんに『付き合ってみる?』って訊いていたけれど、もしかして本気だった……?」
「さあ~? みんなはどう思う~?」
と、わざとらしいほどのニコニコ顔ではぐらかす姫奈。
そんな小悪魔めいた笑みを浮かべる姫奈に対し、光守と水連寺は慌てた様子でテーブル越しに顔を寄せ合って、
「ど、どうしよう麗華ちゃん。姫奈ちゃんがもし影山くんに本気だったら……」
「どうしようって言われても……。ウチたちにしてみればありがたいっていうか、恋愛研究部のことを考えるなら応援すべきなんでしょうけれど……」
「でも、相手は影山くんだよ……?」
「そこなのよね~。廃棄物を押し付けるみたいで、良心が痛むっていうか……」
「うん。なんだか申しわけない気持ちになっちゃうよね……」
「お前ら、そういう陰口はせめて俺のいないところで言えよ」
しかも会話が丸聞こえなんだよ。今までもそうだったが、少しは隠す気持ちを持て。
「あ、そうだ~。せっかくだし、みんなでLINEを交換しようよ~」
もっとみんなと仲良くなりたいし~、とおもむろに制服のポケットからスマホを取り出した姫奈を見て、光守と水連寺がうんうんと明々として頷く。
「それ、いいわね! ウチは大賛成!」
「私も。姫奈ちゃんとはもっと話してみたいって思っていたから」
「ほんと~? すごく嬉しい~!」
そう言ってはにかむ姫奈に、光守と水連寺も揃って相好を崩す。
「けど、紗雪と鳴はどうする? たぶんウチたちの話なんて全然聞いてないわよ? さっきから鳴はばくばく食べてばかりだし、サユはそれを見てうっとりとしたままだし」
「サユと鳴くんはあとで交換すればいいんじゃないかな~。で、今はヒメたちだけで交換っていうのは~?」
「そうね。そうしましょうか」
言いながら、そばに置いてあった鞄からスマホを取り出す光守。
「ほら、影山もぼーっとしてないで、さっさとスマホを取り出しなさいよ」
「は? なぜ?」
「いや、なぜもなにも、スマホがないとLINEの交換ができないでしょうが」
「そういう意味じゃなくて、なんで俺がLINEの交換なんてやらなきゃいけないんだって話だよ。ていうか前にも言ったが、LINEはアプリすら入れていないままだぞ」
「はあ!? あんた、まだ入れてなかったの!? ほんと呆れた……」
なんでLINEを入れていないくらいで呆れられなきゃならんのだ。わけがわからん。
「え~? 影山くん、LINEやってないの~? どうして~?」
「影山くん、友達のいない寂しい人だから……」
おいこら水連寺。お前もお前で勝手に人を憐れむな。失礼だろうが。
「それなら影山くん、今日からLINEを始めようよ~。すごく簡単だし~」
「連絡事項は電話で十分」
「影山くん、そういう意味じゃないから。姫奈ちゃんはみんなと楽しくメッセージのやり取りをしたいって言っているんだよ」
「だったらメールでも十分だろ。わざわざ不要なアプリを入れる必要なんてないな」
「ああもう! あんたって奴は、つくづくありえないほど面倒くさい男ね! うだうだ言ってないで、さっさとアプリをインストールしなさい! じゃないと、佐伯先生にこのことをチクるわよ!?」
「好きにしろよ。それくらいのことで佐伯先生が動くとは思えないけどな」
「それはどうかしら。こうして姫奈ちゃんが好意で連絡先を交換しようって言ってくれているのに、それを無碍にしているのよ? これって先生との約束に反するじゃないの?」
「はあ? 反するってどこが?」
「だって、基本的にはウチたちに協力しなきゃいけないはずでしょ? LINEの交換だって姫奈ちゃんたちと仲良くするのに必要なものだし、もしかしたら恋人同士になれる可能性だってあるかもしれないのよ? それなのにLINEの交換を断るなんて、先生にしてみたら約束を破ったようなものなんじゃないの?」
「それは……」
くっそ。めちゃくちゃ腹立たしいが、反論の言葉が思い浮かばない。実際、光守たちとの勝負を反故にしたと思われかねないだけに。
「ま、どうしてもって言うのなら無理には止めないけれど。あー、楽しみだわ~。あんたの恥ずかしい過去を先生から聞ける日が~」
「くう……っ。わ、わかった。交換すればいいんだろ、交換すれば」
断腸の思いで、渋々ズボンのポケットからスマホを取り出す。
そんな俺を横目で見ていた光守が、勝ち誇ったように「ふふん」と鼻を鳴らした。うんこでも漏らせばいいのに。それで次の日から「うんこウーマン」って呼ばれて晒し者になればいいのに。
「まったく、最初からそうやって素直に従えばいいのに。さてと、じゃあさっそく交換しましょうか」
「そうだね。あ、ついでにグループも作っちゃうのはどうかな?」
「モエモエ、ナイスアイデア~」
などと、スマホを片手にキャッキャと姦しくはしゃぐ女子どもに挟まれながら、俺は今日何度目になるかわからない溜め息を吐いた。
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