エピローグ



「あら~。今回もダメだったの~?」

 いつも通りの間延びした声で、残念そうな顔で訊ねてくる紺野先生。

 そんな先生に対し、

「まあ、はい……」

 と、俺は目線を横に逸らしながら答えた。

 そこは、もはや定例となってしまったいつもの生徒相談室。

 その室内で、二組の机を境に、俺と紺野先生は正面に向かい合って座っていた。

「うーん。それって、やっぱり小日向さんとの一件をまだ引きづっているせい~? 気持ちはわかるけど、そろそろ未練を断ち切って、新しく友達を作ろうという気になれないかしら~?」

 そう言う先生に、俺は「いや、それは……」とさも気まずげな態を装って言葉を濁す。

「あら~。その様子だと、まだダメそうね~。まあ無理もないと思うけど~。友達だと思っていた女の子に恋愛感情を抱いてしまって、あまつさえクラスのみんなの前で振られちゃうんだもの~。ショックで気持ちを切り替えられないというのも、わからないでもないわ~」

 しめしめ。上手いこと俺の術中に嵌まってくれているぜ。ほんとはショックもなにも受けていないというのにな! がはは!

「でもあれから二週間以上も経つわけだし、先生としてはずっとこのままというのもね~。ただでさえ、あの告白騒ぎで一層浮いちゃってるし~」

「………………」

 そう──

 小日向を救うために、クラスメートの前で大芝居を打ったあの時から、すでに二週間あまりが過ぎようとしていた。

 この二週間、一体俺がどんな風に過ごしていたかというと、先生の言動からもだいたい察しが付くように、学校の奴らからずっと噂の的にされていた。

 なんてたって、今までクラスで一番目立たなかった奴が、学校一の美少女リア充に告ったわけだしな。しかも人前で告ったわけなのだから、話題にならないはずがない。

 さらに付け加えると、だ。そこまでのことをしてあえなく振られてしまったのだから、笑いのネタとしては──特にリア充グループにとっては、恰好のネタであろう。

 現に、小日向に振られてから今日に至るまで、喜界島や双葉といったクラスの中心人物からやたらとバカにされる、正直かなり煩わしい日々を送っている。ついでに言うと他クラスからもわざわざ俺を笑いに来やがる奴もいて、もはやウザいを通り越して去ねレベルまである。いやほんと去ね。いっそ穴掘ってブラジル行け。

「だから先生としては、前回以上に友達作りに専念してほしいのよね~。できれば夏休みに入っちゃう前に~」

 黙する俺に、先生は遠慮のない物言いで言葉を繋ぐ。

「ほら、友達もいない夏休みなんて地獄と変わらないでしょ~? もちろん勉強も大事だけど、やっぱり友達との思い出が一番だと思うし~。先生だったら友達のいない夏休みなんて死んだ方がマシかな~」

 ……ほんと、相変わらず言い方に一切の遠慮がないな、この先生。

 つーかその友達のいない夏休みを去年経験しているんですが、俺も死んだ方がマシなんですかねえ?

 俺的には、四六時中他人に振り回される夏休みの方が、よっぽど死んだ方がマシなんですけどねえ。

「まあ今の望月くんの状況を考えたら色々大変かもしれないけど、いつまでも続くものじゃないはずだし、諦めないで頑張ってほしいな~」

「はあ……。でもだいぶ時間が掛かるかもしれませんよ? それこそ夏休みまで間に合うかどうかもわからないんですが……」

「あら~。どうしても難しいかしら~?」

「なにぶん、こんな状況なんで……」

 なんせ、ほとんどの生徒から蔑視を向けられているか、もしくは以前と変わらず空気扱いのどちらかしかないしな。

 そんな状況で、友情(おっと。俺のことじゃないぜ?)なんて育めるはずもない。

 まあそもそも、友達を作る気なんてさらさら持ち合わせていないわけなのだが。

「先生としては夏休みまでに作ってほしいんだけど……難しいのなら仕方ないわね~。無理にとは言わないわ~」

「……そうなると、親への連絡はどうなるので?」

「とりあえずは様子見かしら~。しばらく経ってもまだ友達ができていないようなら、さすがに連絡しちゃうかもだけど~」

 よかった。また前回みたく二、三週間以内に友達を作れとか言われたらどうしようと危惧していたのだが、どうやら今回は長い目で見てくれるようだ。

「それにしても、本当に残念だわ~。小日向さんと距離ができてしまって~。まあ、あれだけ可愛い女の子だし、恋愛感情を持ってしまうのも無理はないけど、まさかこんなことになっちゃうなんて~。やっぱり男と女の友情ってうまくいかないものなのね~」

 ……なんつーか、まるで分不相応に高望みしてしまった俺に対する、遠回しの皮肉みたい言い方だな。前にも似たようなことを言われたことがあるけど、さすがの俺も少し傷付くぞ。

「あれね~。今度からできるだけ同性の友達を作った方がいいかもしれないわねー。望月くんにまた女の子の友達ができるかどうかは怪しいところだけど~」

 余計なお世話じゃ!





「は~。今回も疲れた~っ」

 駅へと続く道を一人歩きながら、俺は両腕を伸ばして軽くストレッチを行う。

 すっかり太陽が傾いているせいもあって、両腕を頭上に伸ばした俺の影が、いつもより濃く長く道路に映っていた。まるでミサイルみたいな形だ。

 ふと見ると、そばの電柱で野良猫が影の中に入って寝転んでいた。いつも見かける茶トラの猫だ。気持ち良さそうに仰向けに伸びちゃってまあ、お気楽で羨ましい限りである。

 しっかし、先生もつくづく諦めが悪いよなー。いい加減俺のことなんて放っておいてほしいところなのだが、あの先生のお節介な性格を鑑みるに、要望通り友達を作りまくるか、担任が変わるまでは当分続きそうである。どうしてこうなった。

「ほんと、先が思いやられるなあ……」

 茜色の空に遠い目線を送りながら、俺は溜め息混じりに呟く。

 とりあえず今回は前回と違ってあっさり見逃してもらえたが、それもいつまで続くかわからない。早いとこ嘘でもなんでもいいから友達を作らないと、また面倒なことを言い出しかねん。

 まったく、前回あれだけ苦労したのにまたふりだしに戻ってしまうとか、一体どんな罰ゲームなのだろう。いや、自業自得なのだが、今考えただけでも憂鬱で仕方ない。

 あー、タイムリープしてえわ~。まだ平和で平穏だった四月のあの頃にタイムリープしたいわ~。どっかに電話レンジ(仮)でも落ちてないもんかね~。

 などと、現実逃避をしながら駅まで向かっていたところで──


 近くのコンビニで、小日向が双葉や喜界島と言ったいつものメンバーとたむろしているのが偶然目に入った。


 小日向はこっちに気付いた様子はなく、終始コンビニで購入した物と思われるお菓子をつまみながら、双葉たちと駐車場で駄弁っていた。

 と、そこで、なにげなくこっちを振り向いた小日向と、ばっちり目が合ってしまった。

 一瞬驚いたように両目を開いた小日向ではあったが、俺を見て薄く微笑みかけてきた。

「? どうかした綺麗?」

「あ、ううん。なんでもない! それよりもジュリア、この間見せてもらったアクセなんだけど──」

 訝しげに訊ねる双葉に、小日向が慌てて気を逸らそうと話題を変える。きっと俺がそばにいると気付かれないよう、とっさに双葉の注意を逸らしてくれたのだろう。

 おっと。俺もここにいない方がいいな。今の内にさっさと退散してしまおう。

 そんなわけで、こそこそと小日向たちから距離を取りながら、足早にコンビニの横を通り過ぎて危険人物たちから逃れる。

「やれやれ。危ないところだったぜ……」

 完全に小日向たちの姿が見えなくなるまで離れたところで、俺は額の汗を拭いながら胸を撫で下ろした。

 それにしても──

「なんだかんだ、上手くやってんじゃん。小日向の奴」

 以前はどこか引きつった笑顔で双葉たちと接していた小日向であったが、今の様子を見る限り、ごく自然な笑みで楽しそうに談笑しているように思えた。

 俺との一件もあって、なにか吹っ切れたのしれないな。

 そう考えると、俺が決死の覚悟でやったあの一芝居も、ちゃんと小日向の助けになれたのだと実感できて、なんだか胸に込み上げてくるものがあった。

 結局、小日向とはこうして元の縁遠い間柄になってしまったが。

 今の関係が、俺たちにとって一番自然なのだと思う。

 なぜなら、小日向はだれかと触れ合うことに喜びを見い出せる人間で。

 俺は、一人でいることに安心感を覚える人間なのだから。

 むろん、今後も人間関係で悩むことがあるかもしれないが、今の小日向ならきっと大丈夫だろう。


 一人で立ち向かうことも、だれかに救いを求められる強さを持っている彼女なら、きっと──


「……そう、だな。俺は俺で、なんとかしなきゃな」

 小日向がああしてしっかり前を向いて歩いているんだ。

 その背中を押した俺が、いつまでも現状を憂いているわけにはいかないよな。

「さて、と。とりあえず家に帰って、もう一度よく対策を練ってみるとしますかね」

 苦笑を零しつつ、俺は再び家に向かって歩き出す。


 会社帰りや下校途中の学生などで賑わう夕暮れの街を、俺一人で。


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リア充なあいつをぼっちにさせる方法 戯 一樹 @1603

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