ハーレムラブコメのモブ(だった)

戯 一樹

第1話 モブキャラの日常


 世界は不平等で成り立っている。

 美形と不細工。富裕と貧困。天才と凡人。有能と無能。

 どちらも片方がいるから成り立つ関係であって、逆説的に言えば、片方だけではその価値の判断はできない。

 畢竟、世界が不平等でないと社会は成立しないと言っても過言ではないだろう。

 不利益を被る側としては、面白くない話ではあるが。

 まあそれを言い出したら、そもそもこの世に生まれた時点で性別や年齢という明確な立場の違いができてしまうわけだけど、でもそれは神様でもなければ解決できない問題だ。つまり人間は生まれながらにして、そういった不平等な世界で生きていくことを強いられているのである。

 だが、僕はあえて言いたい。

 こんな世界にした神様に物申したい。

「だからって、モテる人間とそうでない人間を分ける必要なんてなかったじゃないかああああああ! 神様のアホおおおおおおおおおおおっ!」

「……急に一人で語り出したと思えば、結局言いたかったのがそれ?」

 と。

 隣を歩く幼なじみ──緋室ひむろてるが、呆れた顔で僕に言った。

「輝はいいよ。小さい頃からモテていたんだから。非モテの僕と違って。非モテの僕と違ってな!」

「なんで二回も言うんだよ? しかも通学中に言うことか?」

「言うね。二回も三回も言うね。通学中でも下校中でも言うね」

 実際、輝は本当にモテやがるのだ。

 身長は僕と同じで男子の平均くらい。剣道部に入っているのもあって、それなりに筋肉はあるが、それでも全体的には華奢というイメージが強い。なによりそのイメージを強めているのは、その顔だ。

 童顔でイケメンなのである。

 しかもスクールカーストで言えば上位の陽キャ。これだけでもいかに輝がモテる男なのか、十分にわかってもらえたことだろう。

 翻って、僕こと茂木もぎ太助たすけの紹介は簡単に済む。

 フツメンで陰キャ。以上。

 冗談抜きで、本当にこれだけしか特徴がない。いや、特徴と言えるかどうかも怪しいくらいだ。いっそ、クラスの中で一番陰が薄い奴だと思われているかもしれない。

「いいよなあ、イケメンは。イケメンというだけでモテちゃうんだもんなあ。人生勝ち組だよなあ。負け組の僕と違ってさあ!」

「別におれ、イケメンだなんて思ったことないんだけどなあ。ていうか、そもそも太助だって見た目は全然悪くないじゃん。目付きは昔から悪かったけどさ」

「顔は悪くなくても、陰キャというだけで非モテ確定なんだよ!」

「そう思うなら、今からでも陽キャになればいいのに」

「簡単に陽キャになれたら苦労はせんわい!」

 世の中の陰キャをなめんなよ! 元々コミュ障で人付き合いが苦手だから陰キャなんじゃい!

「でもおれと話す時は普通に明るいじゃん。その調子でクラスの奴らと話してみればいいのに」

「だからそれが難しいんだって。輝とは幼稚園の頃からの付き合いだから普通に話せるけどさ、他の奴……特に陽キャの前だと緊張しちゃうんだよ。昔からだれにでも気さくでモテ男だったお前にはわからないと思うがな!」

「別にモテ男じゃないって。ていうか、モテるからって必ずしも良いことばかりとは限らないぞ? 特におれみたいな体質だと、トラブルばかり起こって大変だし」

「いや、それは──」

 と、僕が言い終わる前に。

 突如背後から来た女の子が、輝の片腕に抱き付いた。

「おはよっ。輝ちゃん☆」

「そ、そら!?」

 笑顔で挨拶してきた少女──宮永みやながそらさんに、輝は顔を真っ赤にして声を上げた。

「……そら、いつも言ってるだろ? 急に抱き付くのはやめろって」

「ダ~メ。だってこれをやらないと調子が出ないだもん♪」

 輝の苦言に、上目遣いで反論する宮永さん。

 やや茶色が混じった黒髪のツーサイドアップ。顔はとても整っている方で、綺麗というよりは可愛い系。しかも僕たちの学年のトップ3に入るくらいの美少女で、性格は天真爛漫で人当たりも良く、クラスでも人気者。そんな彼女にこんな好意的に接してもらえたら、だれだってイチコロだろう。

 輝みたいに、女の子が苦手でもなければ。

 イケメンで陽キャなのに、である。

 まさに宝の持ち腐れもいいところではあるのだが、とはいえ、輝が女の子に苦手意識を持つようになったのはちゃんとした理由があるのだ。それは決して異性に興味がないとか性的嗜好からくるものではなく、どちらかというとトラウマに近いのだが、まあ当人ではない僕がとやかく言うことじゃない。苦手なものは苦手なんだから仕方がないと思う。

 けど、これだけは言わせてほしい。

 羨ましい!

 あんな美少女に毎日抱き付かれるなんて、心底羨ましい!

 しかも巨乳! 推定Eカップはある巨乳! そんなブルンブルンのおっぱいに腕を挟ませてもらえるなんて、もはやご褒美も同然じゃないか! 最高過ぎる!

 正直、輝が嫌がるくらいなら僕と代わってほしいところなのだが、そういうわけにもいかない事情もありまして……。

「ほら、そら。太助もいるんだからちゃんと挨拶しないと」

「え。あ、うん。茂木くん、おはよう……」

「お、おはよう……」

 これである。

 この微妙に他人行儀な挨拶……輝の時とは大違いである。僕も二人と同じ、幼稚園の頃からの幼なじみだというのに。

 しかも、昔はお互いに下の名前で呼び合う仲だったのに。

 原因はよくわからない。気付いた時にはよそよそしい感じになっていて、いつしかこんな関係になってしまっていたのだ。

 ただ唯一わかっているのは、僕の方から距離を取ったわけではないという点だ。

 先に距離を取るようになったのは宮永さんの方からなのだが、別段、彼女を怒らせるような言動をした覚えはない。いや、もしかしたら無意識に失礼な真似をしたかもしれないけど、ただ宮永さんの性格から言って、ここまで根を持つタイプではないはずなのだ。

 そんな彼女が僕から離れた理由はなにかと推察するならば、たぶんそれは、輝という好きな人ができたからだと、僕はそう思っている。

 好きな人の前で他の異性と馴れ馴れしく接するのは勇気がいるし、下手をすれば悪い印象を持たれかねない。だから宮永さんは、僕によそよそしい態度を取るようになったのではないだろうか。

 幼稚園の頃の話ではあるが、輝と結婚したいと言っていたこともあったし。

 だとするならば、なにも文句は言えない。

 僕が口を挟むことではない。

 人の恋路を邪魔する気なんて微塵たりともないし、そもそも僕は宮永さんに恋愛感情を抱いてすらいないのだから。

 そんな僕にできることなんて、せいぜい宮永さんの恋を密かに応援することくらいだ。僕みたいな女友達もろくにいない奴に応援されたところで、嬉しくもなんともないだろうけども。

 「それより輝ちゃん!」と僕への挨拶も早々に済ませたあと、宮永さんは満面の笑みで輝の腕にじゃれ付いた。

「あたし、今日のお弁当はいつもより気合いを入れて作ってきたんだ~! 特に唐揚げは自信作だよ!」

「へー。唐揚げかあ。楽しみだなあ」

「輝ちゃん、唐揚げ好きだもんね~」

 輝のリアクションに、心底嬉しそうに破顔する宮永さん。まだ付き合っていないはずなのに、まるで恋人同士の会話みたいである。爆ぜればいいのに。

「いっぱい作ってきたから、お昼になったら屋上で食べようね~。二人きりで♪」

 と。

 宮永さんのこの言葉に、輝は急に顔を強張らせて「うっ」と声を詰まらせた。

 これが他の男なら小躍りして喜びそうなものだけど、輝が渋面になったのはわけがある。

 そのわけとは──


「ちょっと宮永さん! 抜け駆けは禁止だって前に約束したじゃないですか!」

「裏切り行為は万死に値する」


 僕たちが通う高校の校門が見え始めた頃、その手前にある交差点の歩道で、二人の女の子が待ち構えていた。

 一人は腰まである艶やかな黒髪が特徴の美少女、藤堂とうどうりんさん。

 僕と輝、そして宮永さんと同じクラスの委員長。しかもその委員長という肩書きがまるで具現化したかのようなお堅い人で、制服もちゃんと校則通り(例を挙げるならスカートを膝下まで伸ばしている点など)に着衣している。唯一オシャレと言えるものがあるとすれば、普段から手首に付けている白いシュシュだけ。

それでも野暮ったく見えないのは、ひとえに藤堂さんが綺麗な顔立ちをしているからだ。モデルみたいにスレンダーな体型をしているのも相俟って、なにを着ても様になりそうな雰囲気がある。

 ただ、やや吊り目なせいか、性格がキツそうだと誤解されることも多いらしく、実際僕も初対面の時は引け腰になってしまった経験がある。

 しかしながら、それはあくまでも初対面の時だけで、彼女と同じ時間を過ごしていれば、すぐに面倒見のいい人だと言うことがわかる。規律には厳しい人ではあるけれど、そのかわり困っている人がいたらすぐに手を差し伸べてくれるのだ。むろん、だれでもどんな状況でも助けてくれるというわけではないが、品行方正で成績優秀というのもあって、とても頼りになる人なのである。まあ、僕は未だに苦手意識の方が強いけど。

 そしてその藤堂さんの隣に立つ少女──彼女もまた僕たちのクラスメートで、宮永さんや藤堂さんと引けを取らないくらい、とても可愛いらしい顔をしていた。

 名前は御園みその小冬こふゆさん。肩口まで切り揃えられた、おかっぱ風の白髪が一番の特徴で、目は猫のように真ん丸としており、それ以外のパーツは小さくも無駄なく整っている。輝よりも幼く見える童顔で、身長が他の女子よりも低いせいもあるのだろうが、人によっては小学生だと勘違いされそうな外見だ。もっとも、いつも人形みたいに無表情なので、無邪気やあどけなさといった子供らしい部分は皆無に等しいが。

 皆無に等しくはあるのだが、決して可愛げがないわけではなく、小さくデフォルメされた刀っぽい形のヘアピンがどことなく男の子っぽい趣味を窺わせて、なんだか見ていて微笑ましい。もしかしたら時代劇とかチャンバラめいたものが好きなのかもしれない。

「凛ちゃん、小冬ちゃん、二人共おはよう! 今日も朝からあたしたちを待ち伏せしているなんて、相変わらずストーカーみたいだね~」

「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ宮永さん! わ、私はたまたま同じ時間帯にここへ到着するのが多いだけなんですから!」

「右に同じ。小冬もたまたま登校時間が被っただけ」

 妙に威圧感のある笑顔で毒のある言葉を放った宮永さんに、揃って意を唱える藤堂さんと御園さん。

「それよりも宮永さん。あなたこそ幼なじみだからといって、ちょっとくっ付き過ぎじゃないですか? 前にも言いましたが、まだ学生なんですから不純異性交遊と見られかねない行為は控えるべきです。ほら、緋室くんも困った顔をしているじゃないですか」

「え~。別にいつも通り接しているだけだよ? ていうか、単に凛ちゃんが独り占めしたいだけなんじゃないの?」

「なっ!? ち、違います! 私はただ、緋室くんに迷惑をかけるのはどうかと思っただけです! もちろん緋室くんと二人きりになれるのは、それはそれですごく嬉しいですけれど……」

「小冬は別にそんなことは気にしない。輝、おはよう。小冬と二人で教室まで行こ?」

「ずるいですよ御園さん! あ、遅くなりましたが緋室くん、おはようございます。私と一緒に登校しながら今度の期末試験の話をしましょう!」

「あー! 凛ちゃんも小冬ちゃんも、勝手に輝ちゃんを連れて行かないでよっ」

「いや、おれの意思は? それより三人共、他の通行人の邪魔になるから、なるべく離れて歩こうか……?」

 おわかりいただけただろうか。

 というより一目瞭然だと思うが、宮永さんだけでなく、藤堂さんや御園さんまで輝に好意を抱いているのである。

 もうこのやり取りも何度見たことか。三人がこうして輝を取り合うようになったのは、僕たちが二年生に進級してからではあるけれど、そこから六月が過ぎた今でもずっとこんな応酬を繰り返しているのである。宮永さんに二人きりでお昼を過ごそうと誘われて、輝が一瞬渋い顔になったのもこのためだ。

 そのことを知った藤堂さんと御園さんが、絶対黙ったままでいるはずがないのだから。

 そんな毎度の光景に、周りのいる他の生徒の目もどこか冷ややかというか、いっそ見飽きたとばかりに眼中にすら入っていない者までいる。もっとも、中には忌々しげに睨みを利かせている奴もいるが。

 ちなみにこの時点で僕に対する挨拶が一言もないままなのだが、これもいつものことだ。僕がいかに陰の薄いキャラとして扱われているか、よくわかってもらえたと思う。まあ、今さら気にすることでもないが。

それよりも気になるのが輝の様子だ。宮永さんたちに絡まれて困惑しているのはいつも通りではあるが、状況的にそろそろ輝の特異体質が発動する頃合いのはず──

「うわっ!?」

 と。

 輝が小石にでも躓いたのか、突然バランスを崩して前のめりに倒れた。

 今一度、ここで思い返してほしい。

 輝とそのそばにいた宮永さんたちが、どんな状態でいたか。

 宮永さんは依然として輝の腕に抱き付いたまま、そんな宮永さんを引き離そうと藤堂さんは前に立ち、一方の小冬さんは輝の空いた片腕に寄り添っていた。

 そうなれば当然、輝だけでなく宮永さんたちまで巻き込まれる形になるわけで──

「ひゃん!?」

「きゃ!?」

「っ!」

 輝と一緒に、声を上げながらアスファルトの上に倒れ込む女子三人。

 ここで注目してもらいたいのは、ただ倒れたわけではないという点にある。

 では、一体どういう状態なのかと言うと──

「輝ちゃん重い~! 私の胸からどいて~! そんで鼻息がくすぐったい~っ」

「ちょっと緋室くん! いつまで私のパ、パンツに触っているんですか⁉」

「輝のエッチ。そんなに小冬のお尻に触れたかった?」

「ごごご、ごめん三人共! わざとじゃないんだ!」

 こんな感じである。

 まるでハーレムラブコメの主人公のようなこの有り様──これが輝の特異体質、ラッキースケベだ。

 とは言っても、実は昔からラッキースケベだったわけではなく、輝が中学生になった頃から突如覚醒したかのようにエッチなトラブルが起きるようになったのである。

 ここで注意したいのが、いくらラッキースケベだからと言って、宮永さんたちみたいになんだかんだで許してくれるわけではないという点だ。過去に痴漢と間違われて警察に通報されかけた経緯もあり、それ以降、輝は女性に対して苦手意識を持つようになってしまったのだ。

 だから積極的にアプローチしてくる宮永さんたちに対していつも戸惑ってばかりいる輝ではあるのだが、傍目にはめちゃくちゃ羨ましく思えて仕方がない。いっそ妬ましくもある。代われるのなら僕に代わってほしいくらいだ。

 しかしながら、それは現実的に無理なわけで。

 所詮、ハーレムラブコメのモブキャラでしかない僕にできることはと言えば、こうして輝のラッキースケベのおこぼれをもらう形で、女子三人のパンツを遠くから眺めることくらいである。

 ちなみに、純白と水玉と苺柄でした。だれがどの柄とはまでは言わないけどね!

 ……あれ? これはこれでいいんじゃね? モブキャラのままでもいいんじゃね?



「でも、やっぱ主人公の方がいいなあ」

「突然なにを言っているのですかな茂木氏? もしかして、同人誌のネタでも考えておられるので? そうであるなら、夏コミの参加経験があるわたくしに相談してもらっても構いませんぞ」

「いや、おそらく我と同じ、この世ならざる者の声を聞き届けたのであろう。我が盟友もこちらの世界に誘われてしまったか。魑魅魍魎が跋扈する闇の世界へと……!」

「どっちも違うから。全然そういうのじゃないから」

 と、的外れなことを言う友人二人に、僕は首を振って否定した。

 所変わって二年三組の教室。昼食を食べ終わり、僕は友人二人と教室の隅で雑談に興じていた。

 ちなんでおくと、ちょっと肥満気味でいかにもオタクっぽいのが厚守あつもりくんで、ガリガリで厨二病くさいことを口にしていたのが薄井うすいくんである。

 言うまでもないがどちらも陰キャで、僕がこの高校に入学して以来の付き合いになる。ぶっちゃけ輝以外にこの二人しか友人がいないので、休み時間は大抵一緒に行動することが多い。二人共オタクで、僕と同じ人前に立つことを忌避するタイプなので、とても気が合うのだ。もしもこの二人がいなかったら、今頃僕は一人寂しく休み時間を過ごしていたことだろう。幸運なことに去年今年と同じクラスになれたが、来年まではわからない。願わくば来年も同じクラスになれることを切に祈るばかりだ。今さら他の友人を作る勇気も根性もコミュ力もないしな!

「では茂木氏。一体なにを指して主人公がいいと?」

「我も明確な回答を望む」

「あー、それは……」

 二人には気付かれないよう、さりげなく教室の奥──窓際にたむろしている陽キャグループをこっそり見やる。

 そこには輝がいて、数人の男女と楽しげに会話していた。女子が苦手な輝ではあるが、宮永さんみたいに過剰なスキンシップさえなければ普通に話すことくらいはできるのだ。迂闊に近寄りさえしなければ、ラッキースケベが発動することもないし。

 とはいえ会話程度しかできないし、グループ内の女子も宮永さんたち三人の気持ちを知っているせいもあって、積極的に触れるような真似はしない。

 もっとも輝への好意は見え見えなので、本当はアプローチしたいところなのだろうが、宮永さんたちはこの高校でもトップレベルに入る美少女で人気者──負け戦に挑むほど彼女らも無謀ではないというわけだ。

 まったく、イケメンというのは本当に罪な存在だね。女子にとっても、僕みたいな日陰者にとっても。

 そんな輝のそばに、宮永さんや藤堂さん、御園さんの姿はない。三人共、それぞれの友人たちと会話に華を咲かせている。輝にベタ惚れな三人ではあるが、いつでもどこでも付きまとうほどではない。自分たちには自分の付き合いがあるように、輝には輝の付き合いがあると弁えているのだ。なかなかよくできた娘さん方である。

 それは輝も同じで、休み時間などに宮永さんたちのところや僕の元に来ることはあまりない。前者の方は単純に苦手意識が先立って声をかけないだけなのだろうが、後者に関しては違う。僕に気を遣ってくれているのだ。

 陽キャが陰キャに話しかけると、否応にも目立ってしまうから。

 僕みたいな陰キャは、基本悪目立ちするような真似は極力したくないのだ。変に目立つと、陽キャグループの陰口の的になってしまうからである。

 むろん、輝はそんな矮小なことをするような奴じゃないし、むしろそういう流れになったらさりげなく方向転換するくらいには陰口嫌いだ。でもそんな輝だからこそ、僕が標的にされないよう、用事がある以外は積極的に絡まないようにしてくれているのである。

 見た目がイケメンで内面すらイケメンだなんて、もはや僕に勝てる要素なんてなに一つとしてない。挙げるとするならせいぜいオタク知識くらいである。

 だからか、宮永さんみたいな可愛い子たちに想われて、友人やそれ以外にも恵まれている輝を見て、やっぱり羨ましいと思ってしまうのだ。

 いや、輝だってなんの努力もしないので今のような良好な関係を築いたわけじゃないだろうし、あいつにしかわからない苦労もあるのだろうけど、それでも自分の気持ちに嘘はつけない。たとえそれがくだらない嫉妬だとわかっていても。

 なんて、少しの間沈思黙考していたからか、厚守くんと薄井くんが揃って訝しげにこっちを見つめていた。

 いけね、ちょっと黙り過ぎたか。変に心配される前に誤魔化しておこう。

「……ごめん。なんかお腹痛くなってきた。トイレに行ってきていい?」

「あー。それで妙に静かだったんですな。どうぞどうぞ。我慢は体に毒ですからな」

「我らのことは気にせず、ゆっくり穢れを排出してくるといい」

 と笑顔で言ってくれた厚守くんと薄井くんに、僕は少しだけ胸を痛めつつ「じゃ、ちょっと行ってくるよ」と足早に廊下へと向かった。

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