雪女ちゃん、彼氏と旅行する。【アオハル・スノーガール】

『アオハル・スノーガール』より。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054947790329



 私、綾瀬千冬。

 4分の1だけ雪女の血が混ざった、人間と雪女のクォーターなの。


 正体を隠しながら東京で暮らしていたんだけど、高校一年生の夏、ある事情で田舎のおばあちゃんの家に預けられて、新しい生活をスタートさせたんだよね。


 最初は上手くやっていけるか心配だったけど、あれから1年。

 今私は夏休みを利用して、九州の小京都と言われる、熊本県人吉市に旅行に来ています。

 か、かか、彼氏と一緒に。


「綾瀬、顔が赤いけど、大丈夫か? 保冷剤、いる?」


 ここは温泉旅館の廊下。彼が火照っている私の顔を覗き込みながら、そんなことを言ってくる。

 さっきまで温泉に入っていたんだけど、ついつい長湯をしちゃってたんだよね。

 だって気持ちが良いんだもの。暑いのは苦手だけど、それでも長く入っていたくなっちゃう。

 けどそのせいで、心配かけちゃったみたい。彼は私が雪女だって知っているから。


 彼の名前は、岡留直人君。

 転校した先の高校で出会った男の子で、今はお付き合いをしています。

 クールで優しくて格好良い彼だけど、実は妖怪マニア。私が雪女だと知っても偏見を持たずに接してくれる男の子なの。


 そんな岡留君は暑さに弱い私のためにいつも保冷剤を用意してくれているけど、今は大丈夫。


「平気、これくらいなら大丈夫だよ」

「ならいいけど。もしも気分が悪くなったら、すぐに言ってくれ。夏は苦手だろ」

「ありがとう。でも、暑さ対策はちゃんとやってるから、きっと大丈夫。それより、花火大会行こう」

「ああ、そうだな」


 私達がここ、人吉市に旅行に来た理由の一つが、花火大会。

 毎年8月15日に行われるイベントで、近年では妖怪もののアニメとコラボしたポスターが作られていることから、アニメ好きの間でも注目を集めている。


 花火自体ももちろん楽しみだけど、好きな人と一緒に見られるんだもん。

 私は密かに、テンションが上がっていた。


 と言うわけで、私と岡留君はいったん別れて、レンタルした浴衣を着て、ロビーで再集合。

 こういう時は服もいつもと違うものを着て、雰囲気を味わいたいものね。


 私が着替えを済ませて、下駄を履いてロビーに来た時には、岡留君は既に来て待ってくれていた。


「岡留君、お待たせ……」


 声をかけたけど、途中で言葉が途切れてしまった。


 か、かかかか、格好良い!


 いつもとは違う、浴衣姿の岡留君。

 紺を基調としていて、木の葉の形をした白い模様が、所々にあるオシャレな浴衣。

 かなり……ううん、すごくイイ。


 私は今から、こんな岡留君と一緒に、町の中を歩くの? 素敵すぎるんだけど!

 あ、でも待って。一緒に行くのが私なんかじゃ、不釣り合いにならないかなあ?


 私じゃ絶対、絶対に見劣りするに決まってるもの。

 きっと「あの人格好良い。でも隣にいるあの子、地味じゃない? どうして一緒にいるんだろう」なんて思われるかも。

 いや、もしかしたら地味すぎて、存在を認知されないかも。だったらそっちの方が良いかなー。


「綾瀬、綾瀬」

「はっ! な、なに?」


 つい妄想を巡らせてしまっていて、岡留君が声をかけてきてることに気づいてなかった。


「ボーッとしてたけど、ひょっとして気分悪い?」

「ううん、違うの。ちょっと存在感を消す方法がないか、考えていただけだから」

「綾瀬は、ぬらりひょんにでもなるつもりなのか?」


 不思議そうに首をかしげるけど、そのちょっとした仕草さえも輝いて見える。

 見とれて思わず、ため息が出ちゃうよ。


「それよりその浴衣、よく似合ってる。可愛いよ」

「ふえっ?」


 予想外の言葉に、ドキンと心臓が鳴る。


 私が選んだ浴衣は、白い生地に淡い紫色のアサガオがデザインされたもの。

 そっか。可愛いって言うのは私じゃなくて、この浴衣のことだよね。


「あ、ありがとう。本当は、無地で白一色の浴衣はないか探したんだけどね。その方が雪女っぽいかなって思って」

「白一色の浴衣は、さすがにないだろ。いくら俺が妖怪マニアだからって、無理して雪女のコスプレをしなくてもいいから」


 コスプレって、本物なのになあ。

 けど雪女感を出した方が、岡留君が喜んでくれるかなーって思ったのは本当。

 結果的にそれは空回りしちゃったみたいだけど、可愛いって言ってもらえたし、まあいいか。


「それじゃあ、そろそろ行こうか」

「うん」


 二人して旅館を出て、薄暗くなってきた人吉の町を歩きながら、花火大会会場に向かう。

 町のいたる所には出店が並んでいて、お祭りみたい。


 下駄は履き慣れていないし、通りは花火を見に来た人で溢れていたから、歩みはゆっくり。

 するとそっと私の手に、岡留君の手が触れた。


「岡留君?」

「こうしておけばはぐれないと思って。それとも、嫌だった?」

「う、ううん、そんなことな……わわっ!」

「綾瀬!」


 返事をしようとしたら、足がもつれてよろめいた。

 けどすぐに岡留君が繋いでいた手をグイって引っ張って、抱き止めてくれた。

 彼の胸板に顔を埋めて身を預ける形になる。


「大丈夫だったか? 足、捻ってないよな?」

「う、うん。ありがとう」


 履き慣れていない下駄だと、やっぱりちょっと歩きにくい。けど答えている間も、実はドキドキしていた。

 だって彼の胸に顔を押し当てているけど、その間には薄い布一枚しかないものから、心臓の音がよく聞こえるんだもん。


 トクトク、トクトクと聞こえてくる鼓動は次第に強くなっていく。

 あれ、ひょっとして岡留君も、ドキドキしてるの?


「綾瀬……立てるか?」

「あっ、ご、ごめん!」


 慌てて飛び退くと、赤くなっているであろう顔を隠すため、慌ててそっぽを向く。

 あわわ、溶けちゃいそうなくらい、恥ずかしいよー!


 一方岡留君はというと、さっき聞こえたドキドキが嘘じゃないかって思うほど、冷静な態度。


「やっぱり、手を繋いでおこう。さっきみたいに、転ぶといけないしな」

「うん……」


 言われるがまま、彼の暖かな手を繋いで歩いて行く。

 私達の様子を見ていた人達が、「このリア充め」、「爆発しろ」と言っていたことに、気づきませんでした。



 ◇◆◇◆


 ドーン、ドーンと言う大きな音と友に、鮮やかな花火が夜空を彩る。

 花火大会会場は人でごった返していたけど、私達はその人混みの中、身を寄せあって花火を見ていた。


 綺麗だなあ。

 風邪を治して、来た甲斐があったよ。


 実は先週、夏風邪を引いてしまっていて、治らなかったら旅行は中止って言われ、焦っていたの。

 せっかく岡留君と初めての旅行なのに、中止だなんて嫌。何とか気合いで治して、やって来てのだ。


 そんな岡留君と二人で花火を眺めながら、屋台で買ったかき氷を食べていると。


「痛っ!」

「どうした?」

「あはは、かき氷を急いで食べちゃったから、頭いたくなっちゃった」


 たしかこれって、アイスクリーム頭痛って言うんだっけ。

 私これ、起きやすいんだよねえ。

 そしたら岡留君がそんな私を見て、クスリと笑う。


「何だか綾瀬を見てると、雪女のイメージが変わってくるよ」

「ええっ、どんな所が!?」

「だって綾瀬、温泉好きだし、風邪だって引くし、かき氷食べて頭いたくなるし」


 それは……返す言葉がありません。

 こうしてあげてみると、自分でも雪女っぽくないなーって思えてくる。


「な、なんかごめん。雪女のイメージ、壊しちゃって。雪女は岡留君の、推し妖怪なのに」


 前に岡留君は言っていた。好きな妖怪、雪女だって。

 なのにクォーターとは言え本物の雪女の私が困難じゃ、呆れられちゃうかも。

 だけど。


「何言ってるんだ。イメージを壊してるんじゃなくて、本当の雪女の姿を、教えてくれているんだよ」

「ふえ?」

「雪女……と言うか綾瀬の知らない部分を、もっと知っていきたい」


 胸がトクンと高鳴る。

 勝手にイメージ壊しちゃって申し訳ないなんて思っちゃったけど、岡留君はそんなこと気にしてなかったんだ。


 かき氷を食べて頭いたくなる姿を見られるのはちょっと恥ずかしいけど、笑わないでいてくれた。

 風邪を引いた時は、心配してお見舞いに来てくれた。

 温泉も、いつか一緒に入る時が来るのかも……う、うん。こ、これは今は考えないでおこう。


「それと、勘違いないよう言っておくけど、雪女だから綾瀬を好きになったんじゃないから。俺が好きなのは雪女じゃなくて、綾瀬千冬だから」


 岡留君はそう言うと、腰に手を回してグイと引き寄せてきて、そっと頬にキスをされた。


「────っ!?」


 大胆な行動に、顔が真っ赤になる。

 こんなの、誰かに見られたらどうするの!? 


 けど周りの人達はみんな花火を見ていて、私達に気づいた様子はない。

 でも、見られてないからといって恥ずかしさがなくなるわけじゃなかった。


「と、溶けちゃいそう」

「いいよ、溶けても」


 頭からプシュ~っと湯気を出す私を見て、岡留君は笑ってる。

 普段のクールな彼とは違う、イタズラっぽい笑み。

 もしかしたらいつもとは違う旅行というシチュエーションが、岡留君の隠れた一面を呼び出したのかもしれない。


 彼は腰に回した手を放してはくれなくて。

 私はドキドキとキュンキュンのジェットコースターに乗っているみたいで、とても花火を楽しむ余裕なんてなかった。


 けど花火は堪能できなかったけど溶けちゃいそうなくらい、幸せでこそばゆい時間でした。

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