ラーメン・不思木さん・嫌な予感

 



「いらっしゃいませー」


 マズいマズい。


「よっしゃー! ん? さっさと中入ろうよーよっしー」

「そっ、そうだね」


 本当に来てしまった信楽ラーメンっ!

 人気店ともあって、昼過ぎだというのに結構な混み具合。そして壁にデカデカと書かれた名物信楽ラーメンの注意書き。

 それもそうだ、ここに食べに来る人は9割がノーマルでもピリ辛な信楽ラーメンを注文する。そして最悪な事に、俺は不思木さんにこう言った……辛い物が好きだと。


「流石に混んでるなー。よっしー? カウンター席でも大丈夫?」

「うっ、うん」


 徐にカウンター席に座る俺達。その合間に、俺の頭の中はフル回転だった。

 辛い物好きから、激辛好きへと変換された事実。それをどう回避するべきか。

 とりあえず、信楽ラーメン以外の注文は流石に空気読めてないよな? なら、ノーマルの注文は…… 


「すいませーん! 信楽ラーメンの10辛大盛り、煮卵トッピングでお願いしまーす」


 はっ、早いっ! 席に座り、メニューを見る事無く速攻の注文。これはまさしく常連のなしえる技。

 つまり、不思木さんが言ってたことは……マジモンだ。


「よっしーは? 決まった?」

「ん? うーん……」


 どどっ、どうする? 俺だって辛い物が嫌いな訳じゃない。人並みな方だ。ただ、美味しく食べられるレベルは2辛までと理解はしている。


 けど、ここで注文しようものなら……


『そういえばさ? よっしー激辛好きって言ってた割に、2辛でヒーヒー言ってたよ?』

『マジ? 自分で言っておいてダサくない?』

『自称ってやつぅー? ウケルー』

『まぁ、そんな事言わないと、アリスと話できないと思ったんじゃないー?』


 ニヤニヤニヤ


 ……一連の光景が安易に想像できるんですけどぉ!?

 それだけは嫌だな。それに他のギャル達に馬鹿にされるのも癪だ。


 ふぅ……覚悟を決めるか俺。幸い、明日明後日と休みだ。何かあっても大丈夫。ならば……


「じゃあ、信楽ラーメン5辛大盛り、煮卵とほうれん草トッピングでっ!」


 さすがに10辛は無理だけど、5辛で行ってしまえ!


「おぉー! 流石激辛好きぃ」

「いっ、いやいや。不思木さんには負けるよ」

「そうかな? けど嬉しいなぁ。信楽ラーメン好きな知り合いは結構いるんだけど、10辛って言うとひいちゃてさ? 一緒に来てもなかなか頼めなくて1辛とかにしちゃうんだよね。1人でしょっちゅう来るのもあれだし……こうして話しながら、遠慮なく10辛食べれるのはホント嬉しいよぉ」


 なっ、いつものにんまり顔じゃないだと!? くそっ、普通に可愛いじゃないか……っ!! バカ、今はそんな感情に浸ってる場合じゃない。

 5辛なんて未体験ゾーンだ。ほうれん草と煮卵で辛さを軽減しようとする目論見だけど、どこまで通用するかは分からない。


 集中だ……不思木さんに悟られないように……集中だっ!!


「本当? だったら……良かったよ」




 ★




「ありがとうございましたー」


 あぁ……俺は、元気だろうか?

 ちゃんと立てているだろうか。

 それすら曖昧な意識の中、止まる事を知らない滝のような汗を……俺はロボットの様に拭き取る。


 唇はヒリヒリ。

 体はマヒしてどうにかなりそうだ。


 そんな中、


「う~ん! 久しぶりの信楽ラーメン美味しかったぁぁ!」


 不思木さんの満足げな声だけが、妙にハッキリ耳を通った。

 ははっ。不思木さん喜んでくれてるな……良かった良かった。


 正直、ラーメンの味は覚えていない。一口食べた瞬間汗が吹き出し、唇はヒリヒリ。何も感じない状態へと変化していた。

 勿論、辛さの許容範囲を超えた故の現象だろうけど……俺はそんな中、逆にマヒした状態を利用しようと考えた。


 辛くて、それ以上の辛さを感じない内に食べ切るっ!


 その結果、こんな状態ではあるものの……俺は何とか5辛を平らげることに成功したわけだ。

 これでからかわれる事も……ないだろう。


「それにしても、よっしーすごいねぇ。5辛食べ切れる人なんて、初めて見たよー」


 10辛の大盛りを完食してるあなたに言われても、嬉しくないのですがぁ?


「そっ、そうかな? 久しぶりだったから、食べ切れるか不安だったよ」

「そうなの~? 久しぶりなら、言ってくれれば良かったのにぃ。食べ慣れてないと5辛とかキツイでしょー?」


 久しぶりに10辛を食べて平然としているあなたに言われても、フォローとして受け止められないのですがぁ?


「はははっ。そうかも……」

「でしょー? さてとっ………………トウネ……」


 ん? あっち向いた瞬間、なんか言ったか? 気のせいかな。ヤバい、辛さで幻聴でも聞こえてるもしれない。


「ねぇ、よっしー。私無性にパフェ食べたくなってきたぁー」

「パッ、パフェ?」

「辛い物の後は甘い物でしょー? めちゃくちゃ食べたいんだけど……付いてきてくれない?」


 ……さっ、最高かよっ!! パフェとか好物の1つだし、この辛みだらけの体にあの甘さが染み込むのを想像しただけで、天国だ!


 天使かよ不思木さん。女神かよ不思木さんっ! 甘い物も食べれる人でありがとうっ!

 もちろん……


「パフェ? えっと……俺で良ければ……」

「じゃあ決まりねぇ? 店は任せとけー! じゃあ……レッツゴーぉ!」


 付いて行かせてもらいますっ!!






 ★






「そういえばさー? この前よっしー……」


 チラチラッ


 ……3日前の俺、前後撤回だ。


「信楽ラーメンの5辛食べて瀕死になってたんだよぉ」


 あの人はやっぱり……


 にんまり。




 生粋のギャルですっ!



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