実況系恋愛の神様

くにすらのに

第1話

「モテたい。地頭じとう良平りょうへいは男子高校生らしい願いを神に祈り届ける。具体的に好きな相手がいるわけではない。ただ漠然と女子と仲良くなりたい。そんな煩悩のような願いを高校一年生の冬にしているのである」

 

 俺はハッと気付いて辺りを見回した。明らかに頭の中で考えていたことが耳からセリフのように聞こえてたよな?

 それも自分の声じゃない。アニメから聞こえるような甘くて脳がとろけるような高い声で俺の脳内を朗読された。だけどこの寂れた神社、しかも一月下旬なんていう初詣シーズンも終わり節分でもない時期に人なんて居ない。

 あまりにも女子との交流がなさすぎて俺の精神世界に女の子が誕生してしまったのだろうか。

 もしそうならきっとその子は俺の理想の女の子だ。


「声が可愛くて、背はキスをしやすい身長差でおっぱいは大きい。髪はやはり黒髪ロングでポニーテールやお団子など様々なヘアアレンジで魅了してくれる」

 

 やっぱりだ。俺の煩悩が大きすぎて勝手に口から漏れてしまっている。

 もしこれが初詣だったら見知らぬ参拝客だけでなく家族にも聞かれていたのかと想像するとゾッとする。両親だって正月から息子の妄想を聞きたくはないだろう。

 ちょっと理性で煩悩を押さえられていないがギリギリセーフ。男子高校生ならモテたいと願うのは当然だし、それを恥じてはいけない。


「これは完全に童貞ですねえ。きっと黒髪ロングは処女と信じて疑わいピュアな童貞です。全員というわけではありませんが、黒髪は男ウケがいいと理解しているビッチはこの世にたくさんいます。こっちが必死になって恋を成就させてやったら何股も掛けていた。そんな経験がみなさんにもあるのではないでしょうか?」


「おかしい! なんだこの声は」

 

 俺は反射的にツッコミを入れてしまった。童貞なのは事実だが、黒髪ロングがビッチなんて思っていない。これはむしろ清楚な女の子を貶めるためのビッチの策略だと考えている。

 だから今聞こえた声は俺の思考ではない。見えないところに誰かが居る。それも俺の考えを読み取ることができる危険な人物だ。


「どこだ。どこに隠れゲホッゲホッ」

 

 久しぶりに大声を出したせいでむせてしまった。これだからゲームが趣味の帰宅部はいざという時に弱いんだ。中学までは足が速いやつがモテるけど高校に入ったら勉強できるやつがモテる。その噂を信じて帰宅後は毎日しっかり勉強してからゲームしてるのに一向にモテる気配がなかった。

 それに気付いたのが二学期の終わりで、冬休みはゆっくりゲームと実況動画を見て楽しんだ。

 

 最近はゲーム実況をする女性配信者も増えている。

 だが、声が可愛い配信者にはすでに彼氏がいるらしいという情報を見掛けて俺は泣いた。

だから俺は高校時代に彼女を作るには神頼みしかないという結論に至ったわけだ。

 そんな純粋な男子高校生の神頼みをからかうなんて趣味が悪すぎる。見つけ出しても絶対にボコボコにはできないので顔写真を撮ってネットに晒される恐怖に苦しめられるがいい


「おい。いい加減に出てこいよ」

 

 少し声のトーンを落として犯人に呼び掛ける。冷たい北風が吹くとざわざわと木々が揺らめ

き神聖な空間だったはずの神社が一気にホラースポットに変わった。

 ぶるっと身震いしたのは寒さのせいだと自分に言い聞かせる。犯人の声は可愛かった。つまり女性だ。もしバトル展開に突入しても逃げるくらいはできる。


「だから俺はモテないんだよな。そんな表情をしていますね。それがわかっているだけまだマシというところでしょうか。それにしても相手がゴリゴリのマッチョだったらどうするつもり

なんでしょう」


「だから隠れて実況するのをやめろ!」

 

 無常にも事実を語るその可愛いらしい声は鳥居の方から聞こえる。だけど鳥居の辺りには人

の気配はしない。


「……もういい。俺は帰る。せいぜい悪趣味を楽しむんだな」

 

 帰宅するにはどのみち鳥居をくぐらなければならない。帰る素振りを見せればもしかしたら

犯人が姿を現すかもしれない。賭けだがいつまでも犯人の悪趣味に付き合うつもりはない。


「ま、待って」


「え?」


 さっきまで鳥居から聞こえていた声が今度は背後。本殿の方から聞こえた。若干の恐怖を抱

えつつも好奇心が勝って思わず振り向いてしまった。

 罰当たりなことに賽銭箱の上に一人の小さな女の子が腕を組んでドヤ顔で立っていた。

 見る角度によっては銀髪にも見える長く美しい白髪が風になびく。

この神社の娘さんだろうか。巫女装束がよく似合っている。


「ちょっとからかっただけで拗ねるとは情けない。そんなだからモテないんだぞ」


「こらこら。高校生をからかっちゃいけないよ。この神社の娘さん? 小学生かな? 早くそこから降りるんだ。今なら誰も見てないし俺も黙っておいてあげるから」


「誰が小学生か! わたしは白兎しらと出雲いずも。恋愛の神様だぞ」


「……はは。そうか。神様のお仕事頑張ってね。それじゃ」


「待ってってば!」


 くるりと鳥居の方に振り替えると同時にカタンッと下駄が石畳にぶつかる音がした。そしてこの感触はなんだろうか。まるで誰かに腕を引っ張られているみたいだ。


「ぐぬぬ……っ! 無視するな」


「あー、やっぱり幻じゃないのか」


「ふんっ! 神が直々に人間の前に姿を現すなんて貴重なんだぞ。もっと感謝しろ」


「ありがたやありがたや。神様に出会えて俺は幸せです。それじゃ」


 態度だけは神様らしく太々しい女の子を振り切り俺は帰宅の意志を固めた。神頼みをしに来て神様を信じないなんておかしな話だとは思うけど、目の前に現れた女の子を神様として崇めるような趣味はない。

 このご時世、小学生と遊んでいるだけで通報されかねない。親御さんに見つかっても面倒だからさっさと立ち去る。そう決めたはずなのに足取りは重くなった。


「……本当に神様なのか?」


「何度も言っているだろう。姿を隠し良平の思考を読み、そして突然現れた。こんなの神でなければできない芸当だぞ」


「っていうか呼び捨てなんだ」


「当たり前だ。わたしは神でお前はモテない哀れな男。序列は明確だからな」

 もっと威厳に溢れる姿なら素直に信じてもいいんだけど、見た目が小学生だからなあ。って、この考えももしかして読まれてる?


「なあ、今俺が考えてることは読めたのか?」


「いーや。わたしが聞こえるのは賽銭箱の前で願っていることだけ。こうしている間の考えは全く読めん。ま、人間ごときが考えることなんてお見通しだがな。良平、わたしのことを小学生って思ってたろ?」


「お、正解。本当に神様なんですね!」


「絶対バカにしてるだろ!」


 ばすっと自称神様の小さな平手が背中に当たる。ダメージはほぼゼロ。むしろ女子の手が俺の体に触れるのが久しぶり過ぎて嬉しいまである。いや、俺はロリコンじゃなくてお姉さんの方が好きだけどね?


 こんな小学生にときめくほど女の子に餓えてるわけじゃないことをここに表明しておく。


「わたしは力を消耗しているのでこんな姿だが、本来はもっと大人っぽいんだぞ」


「そうかそうか。将来が楽しみだ。それで神様。本当に神様だっていうなら俺の願いを叶えてくれるんだよな?」


「もちろん! ただし条件が一つある」


「条件? お賽銭が足りなかったか?」


 会員登録に十万円とかこのツボを買えとか言い出さないだろうな。いつでも逃げられる体勢にして一応話だけでも聞いておこうと思ったけどだいぶ怪しいよりじゃないか。


 だけどもし怪しい犯罪だった場合、この子も誰かにそそのかされている可能性がある。その時は通報した方がいいのだろうか。

 ああ、やっぱりさっさと逃げておけばよかった。確実に面倒な方向に進んでる。


「良平。お前の恋愛をわたしに実況させろ。神界かみかいでは良平みたいなモテない男が恋人を作るまでのドキュメンタリーが人気なんだ」


「テ〇ハ的な?」


「その略称のものは好かん。わたしは神社派だからな」


「そういう意味じゃないと思うんだが」


 若い男女が一つ屋根の下で共同生活を送り、その中で恋愛に発展する模様を観察する番組。リアリティ番組とは名ばかりで実際にはかなりの演出が入っていると聞く。

 そこにこの子の実況が付いたらそれこそヤラセっぽい雰囲気になりそうだ。


「実況って具体的にはどうするんだ? まさかずっと俺のあとに付いてくるとか言わないよな」


「なかなか察しがいいじゃないか。その通りだぞ」


「お断りだわ!」


 心の底から拒否したいと思ったからか自分でも驚くくらい通りの良い声が喉から出た。ご近所にまで声が届いて誰かにこの場を目撃されないか心配になるレベルだ。


「まあまあそう言わずに。わたしは実況するだけでなくきちんとアドバイスもしてあげるぞ。なんたって恋愛の神様だからな」


「仮にキミが恋愛の神様だとして俺を実況するのと何の関係があるんだ?」


「さっきも言った通り神界では恋愛ドキュメントが人気なんだぞ。たくさんのイイネを貰えればわたしの神としての評価が上がって出世できる」


「……つまりキミはまだ未熟な神だと?」


「ふふ。そこに気が付くとやるじゃないか。わたしがターゲットにしただけのことはある」


「未熟な神に目を付けられて俺は不安しかないけどな!」


 自称・恋愛の神様(未熟)はまるで弟子が師匠を超えた時のようなノリで腕を組んで頷いている。見た目は小学生のくせになぜか貫禄だけはしっかりとあるのがちょっとムカついた。


「ちっちっち。甘いぞ良平。上位の恋愛の神は圧倒的な神パワーで何の接点もなかった二人を結び付けられる。だがそんな恋愛楽しいか? いや、楽しくない」


「まあ、そうかもしれないな」


「その点わたしは神パワーが弱いからちゃんと段階を踏んで仲良くならないと結ばれない」


「神頼みの意味がないってことだな。いつか立派な神様になれるように陰ながら応援してる。それじゃ」


「ままままま待って!」


 さすがに今度こそ帰ろうとした時、自称・恋愛の神様は俺の腰をギュッと抱きしめた。単身赴任で父親と離れて暮らすのを嫌がる娘のようだ。外見のせいでちょっとだけ庇護ひごよくが湧いてくるのがこの子のズルいところだと思う。


「わたし神パワーは弱いけど実況には自信があるんだぞ。絶対に恋を盛り上げるから」


「そう言われても生活を実況されるのもなあ……。それに神界? ってところに見せるんだよね? それもちょっとなあ」


「名立たる神達に評価されたら良平にも何か恩恵がある……かもしれない」


 恐ろしく小さなかもしれない。俺じゃなかったら聞き逃しちゃうね。


「ごめんごめん。やっぱり怪しすぎる。それに俺は恋愛どころか女の子との接点もないんだ。実況するものがないからキミも困ると思う。他の人と当たって。ちょっとだけ楽しかったよ」


 やっぱり神様なんてのは嘘でただの小学生相手だったとしたら、ちょっと冷たくあしらってしまったかな。そんな後悔の念に駆られながら俺は鳥居をくぐった。

 もしもう一度引き止められたら、俺の何もない高校生活を適当に実況させて諦めさせようと思った。だけどその思いとは裏腹に、あれだけしつこく俺を引き止めた彼女は何もしてこない。

 風がさっきよりも冷たいのは寒波のせいだろうか。

 振り返りたい気持ちをグッと堪えて、俺はまた何もない高校生活へと戻っていった。

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