第61話 魔王降臨

 電話越しに、女神は声のトーンを落とす。


『友人である、吉備きび 桃矢とうやの蘇生ですね。そういう依頼が来ると思っていました、クニミツさん。ですが、ムリです』


「だよな。ムリを言ってすまなかった」



『ていうかな、クニミツ。その願いはもう叶ってるんだ』


 また急に、女神の話し方が変わった。


「桃矢は、どこかで転生してるのか?」


『転生もなにもない。彼はとっくに転生して、お前たちをずっと見守っていたんだ』


「どこで?」


『モモコのカバンの中で』


 マジか。だとしたらアイツの正体は……。


 オレは、モモコのアイテムボックスを漁る。


「お前、ウニボーは?」


 いつもならアイツがいるはずなのに、今はいない。


「あれ、いつの間に?」


 ようやくモモコも、異変に気がついた。


 ここにいない、てことは……。


「ぐお!」


 ウニボーが、鬼龍の首に巻き付いていた。


「久しぶりモジャ……鬼龍」


 その声は、桃矢のものになっている。


「吉備、貴様!?」

「オイラは吉備ではないモジャ……魔王っていうモジャ」

「なん、だと?」 

「単体ではしゃべれないから、この精霊の体を借りているモジャ。あんまり同化しすぎて、口調まで移っちゃったモジャが」


 ウニボーが巨大化し、鬼龍を無理やり立たせた。


「お前が来るのを、魔王として待っていたモジャ。魔王の力を利用したいお前なら、必ずオイラに接触してくると思ったモジャ」

「バカな。ただのエネルギー体に、転生するなんて!」


 魔王に転生して、反撃の機会を伺っていたとは。なんて奴だ。


「やめろ。貴様まで道連れになるぞ」

「いいモジャ。そのために蘇生してもらったモジャ。今更死ぬのは怖くないモジャよ」


 たくましかった鬼龍の身体が、みるみるしぼんでいく。


 ウニボーが、生気を奪っているのだろう。


「離れてくれ、吉備! 過去のことはすべて謝るから。命だけは!」


 あれだけ気丈に振る舞っていた鬼龍が、泣きながら懇願した。気力や魂すら削り落とされたのか。


「妻の仇モジャ」


 ノドに、ウニボーの体毛が大量に突き刺さる。内側から、破壊しているのか。


「あ、が」


 人間の出せるはずがないおぞましい声を発しながら、鬼龍は骨となって絶命した。

 足元にできた【世界の裏側】に、飲み込まれていく。


「これで、やつも冥府に落ちたモジャ」


 ウニボーの身体が、縮んでいった。よく見ると、彼の足元にも世界の裏側への渦が広がっている。


「オイラの役割は、終わりモジャ」

「父さん」

「モモコ、やっと父親らしいことができたモジャ。お前の手を汚したくなかったモジャよ」

「ありがとう、父さん。ちゃんと話をするのは、初めてだね」

「モジャ。赤ん坊だったお前を抱けなくて、寂しかったモジャ。自分の一部をこの精霊にうつしたモジャ。バレないように、本当に影響の出ない一部分だけだったモジャが」


 例の、ピエラの祖先であるノームの仕業だったらしい。


 まさか、オレたちが魔王を連れて歩いていたなんて。


「ほんの少しだけ一緒にいられて、うれしかったモジャ」

「もう行っちゃうの?」

「魔王がいると、世界に影響が出るモジャ。クニミツと仲良くするモジャ」


 最後に魔王ウニボーは、オレに目を向けた。その姿は、もう元のウニボーに近い。


「クニミツ、さよならモジャ」

「桃矢、今度会うときは、酒でも付き合うよ」

「何を言ってるモジャ。お前、飲めないモジャ」


 久しぶりに、二人で笑いあった。


「こっちで元気に暮らすモジャ」

「ああ。桃矢、お前も達者で」

「魔王になっちゃったから元気でいられるかは不安モジャが、鬼龍には悪用されないからいいモジャ」


 彼にとっては、鬼龍殺害こそ本懐だったのだろう。


「モモコを幸せにしてくれて、ありがとうモジャ。お前がいたら、モモコは絶対にずっと幸せモジャ」

「そうかな?」

「そうモジャ」


 最後に、大きな影が渦へと飲み込まれていった。


 ウニボーから、魔王の姿が抜け落ちたのだろう。


 今度こそ、桃矢との別れだ。

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