第2話



 神代家のリビングにて……


「うーん、まあ、風邪だね」

「……ですよね」


 一颯の喉の様子を簡単に診察してから、愛梨の父はそう言った。

 一颯は苦笑いを浮かべる。


「症状に合わせて薬を飲んで……後はしっかりと水分と睡眠を取ること……まあ、言うまでもないことだけれど」

 

 一颯君なら風邪の特効薬なんて存在しないこと、下手に抗生物質は出せないくらい分かるよね?

 とでも言うように愛梨の父は言った。


 一颯は素直に頷く。


「しかし二人揃って風邪を引くとはねぇ……」

「雨に濡れるからそうなるのよ」


 呆れた様子で愛梨の父と母は、一颯と愛梨に小言を言った。

 一颯と愛梨は揃って目を逸らした。


 普段ならば「少し体を濡らしたくらいで風邪を引いたりしない」と主張するところではあるが、実際に風邪を引いてしまった手前、反論できなかった。


「……もしかして、キスでもした?」


 揶揄うような愛梨の母の言葉に、一颯と愛梨の顔が一瞬で真っ赤に染まる。


「だ、だから何!? か、関係ないでしょ!!」

「お、おい、愛梨……」


 顔を真っ赤にして抗議の声を上げる愛梨を、一颯は慌てて諫める。

 

「う、うるさい……」


 墓穴を掘ったことを自覚した愛梨は、顔を真っ赤にさせて俯いた。

 そんな愛梨の様子に、愛梨の母は目を丸くさせた。


「あらあた……冗談だったのだけれど……ふふっ……」


 若いって良いわねぇ……

 などと、愛梨の母は笑った。


 愛梨はそんな自分の母親を無言で睨みつける。


「あー、こほん。……とりあえず、二人でなら留守番はできると考えていいかな?」


 愛梨の父は話を打ち切りようにそう言った。

 愛梨の母も続ける。


「二人でなら、大丈夫よね? もう、高校生だし。そう簡単に病院、空けられないから」


 愛梨の母は看護師であり、夫と共に働いている。

 自営業だからこそ、そう簡単に休むことはできない。


 愛梨の父と母の問いに対し、一颯と愛梨は揃って頷いた。


 二人とも高校生だ。

 風邪を引いているなら、一人で留守番をするなら少し心細く思うことはあるかもしれないが……

 しかし二人でならば、そのようなことはない。


「さて、とりあえず一颯君が寝るための布団を出そうかしら……」

「え、い、いや、そこまでしてもらう必要性は……」

「寝なきゃ治らないでしょ」


 遠慮しようとする一颯を、愛梨の母は一刀両断した。

 それからニヤっと笑みを浮かべる。


「……もしかして、愛梨と一緒に寝たかった?」

「なっ……」

「ダメよ、そんなのー」

 

 ケラケラと楽しそうに愛梨の母は笑った。

 一颯は反論しようとするが、しかし風邪を引いている脳味噌では上手い言葉が見つからなかった。

 何より、考えるだけ疲れる。


「……はい、もう、いいです。それで」

「そう。じゃあ、一颯君の意を汲んで布団は愛梨の部屋に敷こうかしら」

「ええ、もうご自由に……えっ?」

「ちょっと、ママ! 何考えてるの!!」


 一颯よりも先に愛梨が抗議の声を上げた。

 いくら幼馴染同士とはいえ、同じ部屋で寝かせられるのはさすがに嫌だということか。


「仕方がないじゃない。そこ以外に部屋がないし」

「リビングでも、ダイニングでもいいじゃない!」

「でもねー、一颯君には悪いけど……ほら、あまり病気の人をね? そういうところで寝かせたりするのは感染予防的には良くないから」


 愛梨の父と母は医療従事者だ。

 一番、病気に罹ってはいけない職業であり、その主張には一理あるように思われた。

 だが……


(……それを言ったらこうして話しているのもダメじゃないか?)


 一颯の目には、彼女は一颯と愛梨の関係を揶揄い、同時に推し進めようとしているようにしか見えなかった。

 ……もっとも、反論するほどの元気はなかったが。


「病人は同じ部屋にまとめて置いた方がいいのよ」

「で、でも……その、一颯君は男の子で……」

「大丈夫よ。一颯君なら……ねぇ?」

「……えぇ、まあ。僕の気が休まるかどうかは分かりませんが……」


 否定する元気もなかった一颯は脱力した表情でそう答えた。

 すると愛梨は一颯を軽く睨んだ。

 そんな愛梨に一颯は諦めろと言わんばかりに、軽く肩を竦めた。


「それにしても愛梨がそんなことを気にするなんてねぇ……」

「き、気にするに決まってるじゃん!」

「昔は一緒にお風呂に入ってたのに……これが成長なのかしら」

「そ、そんなことで成長を実感しないで! げほっ、げほっ……」

「風邪を引いているんだから、もうちょっと安静にしなさい」

「だ、誰のせいだと思っているの……」


 掠れた声で愛梨は自分の母親を睨んだ。

 一方で愛梨の母は小さく肩を竦める。


「……キスまでした仲なのに、今更じゃないかしらね?」

「し、してないし……」


 母親の言葉に愛梨はそう否定しつつ……

 顔を俯かせ、黙ってしまった。


 茹蛸のように顔が赤く染まっているのは、間違いなく風邪のせいだけではないだろう。


 さて、愛梨が黙ったことを良いことに愛梨の母はどこからともなく布団を持ってくると…… 

 愛梨の部屋に敷いてしまった。

 

「じゃあ、二人とも。安静にしているのよ。……さあ、行きましょう」

「ああ」


 今まで苦笑しながらも黙っていた愛梨の父は、大きく頷いた。

 そして一颯の肩を強く握りしめて……言った。


「では、一颯君。愛梨をよろしく頼むよ」

「はい」

「……私は君を心の底から信頼しているからね?」

「は、はい」



 圧を掛けられた一颯は何度も首を縦に振るしかなった。

 






______________________________________

途中で一人称が僕になっているのは、幼馴染の親が相手だから……というのはさすがに言わなくても分かりますよね?





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