第2話

 ポッキーゲームとは。

 二人の人間がポッキー(棒状の細長いお菓子ならば何でもよい)の両端を口で咥え、少しずつ食べ進めていくというゲームである。


 そして先に口を離した方が負けとなる。


「……ふむ」

「まあ、怖いならやらなくてもいいけど?」

「いいや、やろう。受けて立つ」


 一颯はこう見えても負けず嫌いな方だ。

 それにここで引いたら、一生愛梨から「照れ屋なムッツリスケベ」と揶揄されることになる。


「そ、そう……じゃあ、やりましょうか」

「その前に一つ、ルール確認をいいか?」

「……なに?」

「どちらも口を離さなかったら、どうする?」

「……え?」


 つまり互いに譲らず、接吻をすることになってしまった場合、勝敗はどう決めるのか?

 それとも引き分けなのか?

 と一颯は問いかける。


「それは……えっと、考えてなかったわね」

「そうか。じゃあ、たくさん食べた方が勝ちにしよう。同時に口を離した時も同様で」


 一颯はそんなルールを付け加えつつ……

 内心で勝ちを確信した。


 愛梨は互いがキスをすることを考慮に入れていなかった。

 もちろん、負けることも考えていなかった。

 つまり……一颯が耐えきれずに、途中で離れてくれることを期待しているのだ。


 そして一颯は絶対に引く気はない。

 不退転の覚悟を決めている。


(……愛梨の方が絶対に先に折れるだろうしな)


 一颯は一颯で愛梨が勝手に負けてくれることを期待しているのだが……

 “お互い様”であることに、一颯は気付いていなかった。


「……まあ、いいわ。それで行きましょう」


 愛梨は由弦の提案を承諾し、ポッキーを口に咥え、そして一颯の方へと差し出した。

 一颯は慎重にポッキーの反対側を咥える。


 互いに向き合い、目と目が合う形になる。


(こ、これは、思っていたよりも……)


 一颯は普段、愛梨と正面から目と目を合わせることは少ない。

 というのも二人の間には二十センチ以上の身長差があるからだ。

 目線の高さを合わせるという経験は、一颯が愛梨の身長を追い越して以来かもしれない。


 それ故か、何となく気恥しい気持ちになってしまう。


(しかし照れてる場合では……)


 食べ始めなければ。

 と、そう思った途端のことだった。


 愛梨がギュッと目を瞑り、勢いよく食べ始めたのだ。

 一颯も慌てて食べ始める。


 そして二人は寸前のところで、互いに唇を離した。


「はぁ、はぁ……」

「ふぅ……」


 二人は顔を赤くしたまま、息を荒げた。

 そして笑みを浮かべたのは、愛梨だった。


「私の勝ちだね」


 唇を離したのは同時だった。

 しかし愛梨の方が食べた量は多かったのだ。


「待て、異議がある。今のはフライングだ」

「何それ。咥えた時が始まりに決まってるじゃない」

「それに目を瞑っているのも反則だろ」

「後付けじゃん、言い訳しないでよ」


 確かに後付けなのは事実だ。

 しかし一颯としてはこのままでは納得が行かないのも事実。


「……ルールが変わったら、勝てないと思っているのか?」

「はぁ? そんなわけないじゃない」

「なら良いじゃないか。……三回勝負にしよう。今のは愛梨の勝ちにしてやるから」

「えー……」

「まあ、自信がないならいいけど」


 一颯の言葉に愛梨はムッとした表情を浮かべた。

 

「いいよ。三回勝負にしてあげる。……まあ、次で勝てば、三回目をする必要もないけどね」

「勝負の開始は何を目安にする?」

「互いに咥えて三秒は?」

「いいね、そうしよう」


 再び愛梨と一颯はポッキーを咥えた。

 そして一颯は指で、三、二、一と示し……


 同時に二人は食べ始めた。


 始めは勢いよく、しかし途中からゆっくりと……

 二人の顔が近づく。


 そして……


「っ……!」


 耐えきれず、離れたのは愛梨だった。

 顔を真っ赤にし、体を両手で抱きしめる。


「俺の勝ちだな」


 残りのポッキーを食べながら、一颯はニヤっと笑みを浮かべて言った。

 互いに目を逸らさず、そしてフライングさえなければ……やはり勝つのは自分だと、一颯は確信した。


「い、今のは……」

「反則だと思うなら、好きにルールを付け加えてもいいぞ? ただし……公正であることが前提だが」

「……そう、ね」


 一颯の言葉に愛梨はしばらく考え込む様子を見せた。

 そして……


「あ、あのさ……」

「うん?」

「……もう、やめない?」


 唐突に愛梨はそんなことを言い出した。 

 どうやら弱気になったらしい。

 引き分けのうちに、勝負を取りやめようという魂胆だろう。


「いいや、ダメだ」


 しかし一颯は次で勝てると思っているのだ。

 了承するはずもない。


「で、でも……」

「最初にやろうと言い出したのは、お前だ」


 一颯はそう言うと、愛梨の肩をギュッと力強く、掴んだ。

 愛梨は僅かに表情を歪める。


「口を開けろ」

「い、いや、で、でも……」


 一颯は愛梨を真っ直ぐ見つめ、低い声でそう言った。

 一方、愛梨は恥ずかしそうに一颯から視線を逸らそうとする。


「早く開け」


 一颯は愛梨を急かす。

 そしてポッキーを手に持ち、命令するように言った。



「咥えろ」


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