第3話
「咥えろ」
一颯は愛梨の口の中にポッキーを入れながら、そう言った。
最初は嫌々と言う風に首を横に振り、拒絶しようとした愛梨だが……
「……後悔しても、知らないから」
最終的には観念したのか、ポッキーを口に咥え込んだ。
そしてこちらをキッと睨みつける。
……覚悟は十分のようだ。
「勝つのは俺だ」
一颯はそう言い返すと、愛梨と視線の高さを合わせ……
ポッキーを咥えた。
そして二人はほぼ同時に、勢いよく食べ始めた。
みるみるうちに二人の唇同士の距離が縮まっていく。
そして……
「……」
「……」
ピタっと、寸前で止まった。
唇同士の距離は一センチもない。
額と額を合わせながら、二人は睨み合った。
(……勝つのは俺だ!)
(一颯君が退くまで、絶対に退かない!)
しかしお互いに動かない。
これではいつまで経っても終わらない。
勝つことができない。
(……やるしかないか)
(こうなったら……!)
二人は覚悟を決めた。
そして……
ガチャッ
「愛梨、一颯君。勉強の方は進んで……」
男性の声と共に、ドアが開いた。
二人はほぼ同時に口を放し、そしてドアの方を向いた。
そこには愛梨の父親が立っていた。
「あー……えっと……」
愛梨の父親は気まずそうに頬を掻いた。
それから軽く咳払いをした。
「仲が良いのは、良いことだ。あー、勉強もしっかり、頑張りなさい」
そう言って立ち去った。
一方、一颯と愛梨は赤くなった顔を見合わせ……
「勉強、するか」
「……そうね」
勉強を再開した。
そして夕方。
「どう? 一颯君。美味しいかしら?」
「はい、美味しいです」
愛梨の母親の問いに一颯は笑みを浮かべて答えた。
一颯は神代家で夕食をご馳走してもらっていた。
大皿には唐揚げが山盛りになっている。
唐揚げは一颯の好物だ。
……厳密には大好きだったのは、小さい頃の話で、今は大好きというほどではない。
だが愛梨の母親にとっては、「一颯君の好物と言えば唐揚げ」になってるのだろう。
一颯が神代家で夕食をご馳走してもらう日は、大抵、唐揚げになる。
「ちなみに……どう? 愛梨ちゃんの唐揚げと、私の唐揚げ。どちらの方が好きかしら?」
「えっ、いや……」
一颯は思わず、隣で箸を進めている愛梨に視線を向けた。
愛梨は大きなため息をついた。
「お母さん。……一颯君にくだらない質問、しないで」
「あら、ごめんなさい。愚問だったわね。うふふふ……」
愛梨の母親は楽しそうに笑う。
愛梨はこの手の話題になると、冷たく親をあしらう傾向がある。
もっとも、あまり堪えた様子はないが。
「勉強の方は捗ったかな? 二人とも」
愛梨の父親は二人にそう尋ねた。
一瞬、二人の脳裏に昼頃のできごとが過る。
「え、ええ……それなりに進みました。なあ、愛梨?」
「うん……それなりに集中できたと思う」
二人は曖昧な笑みを浮かべながら頷いた。
愛梨の父親は満足そうに大きく頷いた。
「そうか、そうか。それは良かった……ところで、一颯君」
「はい」
「君の最近の成績とかは……その……合格判定とかは、どうかな? 差し障りがなければ教えて欲しいのだが……」
少し遠慮がちにそう聞いてきた。
愛梨経由で聞いていないのだろうか? と一颯は内心で首を傾げながらも答える。
「特に変わりはありませんが……」
「ほう、そうか。つまり……A判定か。ふむふむ……いや、良かった。良かった」
上機嫌な様子で愛梨の父親は頷いた。
そして……
「これからも頑張りなさい。……愛梨のことをよろしく頼むよ」
若干の圧を込めながら、彼はそう言った。
一颯は頷くしかなかった。
それから夕食後。
いっそのこと、泊っていく? という愛梨の母親の申し出を丁重に断り、一颯は帰路につくことにした。
「お父さんとお母さんがうるさくて……ごめんね?」
玄関先で見送りに来てくれた愛梨はそう言った。
珍しく申し訳なさそうな表情をしている。
「あぁー、いいよ。その辺りはお互い様だから」
一颯は苦笑しながらそう言った。
一颯の母親も、割と似たような物だったりする。
「全く……そんなに一颯君に継いで欲しいのかしらね? 他所の子供に変なプレッシャーを掛けるなんて、どうかと思うのだけれど……」
「ま、まあ……そう、だな……」
「お母さんも下らないことを聞くし……」
愛梨の愚痴は続く。
一颯と愛梨の関係と親について、日頃から鬱憤が溜まっている様子だった。
「大体、泊っていくって……私の部屋で一颯君を寝かせるつもりなの、どうかと思うのだけれど。小学生の時とは違うんだし……」
小学生の頃はお互いの家にお泊まりをすることは、度々あった。
中学生になってからはめっきり減り、そして高校生になった今は一度もない。
……さすがに男女が一つ屋根の下で過ごすのは、いくら幼馴染同士とはいえ、あまり良くないことだと二人は認識していた。
「……長くなっちゃったわね」
ブツブツと愚痴を言っていた愛梨だが、ハッとした表情で口を手で触れた。
つまらない長話を聞かせてしまった……と、そう後悔した。
「いや、気にしなくていい」
一颯は短くそう答えた。
そして……
「あー、そうだ。そう言えば、その……」
「……どうしたの?」
一颯は頬を掻きながら、つい先ほど思い出したことを口にする。
「……お前の味の方が、俺は好きだよ」
愛梨は大きく目を見開いた。
それから少し頬を赤らめ……
「当たり前じゃない。……愚問だわ」
恥ずかしそうにはにかみながら、笑った。
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