第3話

「えー、あー、うーん……とりあえず、始めようか?」

「そ、そうだな」


 二人はカメラを極力意識せず、ゆっくりとしたペースで演奏を始めた。

 一颯の速度に愛梨が合わせる形だ。


「あっ……すまん」

「気にしないで」


 一颯が幾度がミスをすることはあったが……

 しかし何とか、最後まで演奏することができた。


「じゃあ、次行こうか。……これとかどう?」

「いや、さすがに難易度が……」

「でも、一颯君、好きだったじゃん。この曲」

「そうだっけ? どちらにせよ、昔の話だよ」


 一颯の意見を無視し、愛梨は伴奏を始めてしまった。

 一颯も仕方がなく、弾き始める。


 途中から愛梨がメロディーに合わせて歌を口ずさみ始めた。

 一颯もそれに釣られて歌う。


「ふぅ……」

「……はぁ」


 演奏を終え、二人は大きく深呼吸をした。

 意外と体力を使った。

 しかし二人とも表情は柔らかい。


「久しぶりに弾くのも……悪くないな」

「それは良かったわ。それにしても懐かしい……ふふ」


 愛梨は小さく笑う。


「一颯君、昔、ピアノ行くのが嫌だっていつも大泣きしてたよね」

「昔の話を掘り返すのはやめろ」

「それであーちゃんと一緒なら行くって言って……それで私も始めたんだよね。……覚えてるでしょ?」

「覚えてない。嘘をつくな」

「しらばっくてちゃって」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら愛梨は肘で一颯を軽く突いた。

 一颯はほんのりと頬を赤らめる。

 ……幼稚園児の時、そんな駄々を捏ねた記憶が蘇ってきたからだ。


 とはいえ、言われっぱなしというのも癪だ。


「そう言えば俺が空手を始めた時……お前、一緒に受けたいって駄々を捏ねたよな?」

「……何それ」

「いーくんと一緒がいい!! って、親御さんに半泣きで頼んでたじゃないか」


 一颯が空手を始めたのは小学生の頃だ。

 愛梨の家で遊んでいる時、空手が始まる時間だからと一颯が帰ろうとすると、愛梨がまだ遊び足りないと駄々を捏ねたのだ。

 そして一颯と一緒に受けたいと、両親に駄々を捏ねた。

 結局、少し遅れて愛梨も始めたのだ。


「嘘つかないでよ。そんなこと、言ってないし」


 そういいつつも愛梨の耳は少し赤らんでいる。

 思い出したらしい。


「いつも俺の後追いしてるよな。……そんなにいーくんと一緒がいいのか?」

「あーちゃんと一緒じゃないと嫌だって、大泣きするから仕方がなく……ね?」


 一颯と愛梨は互いに挑発し……

 そして互いにカチンとなり、睨み合う。


「今日もピアノを一緒に弾こうと言い出したのは、お前だったはずだが?」

「一緒じゃないと弾かないくせに。……そういうこと言うなら、今度から一緒に学校行ってあげないわよ?」

「勘違いするな。俺は一緒に行ってやってるんだ。登下校、どちらもな」

「バーカ!」

「アホ!」


 二人は口喧嘩を続けるが……しかし途中で顔を赤くして黙り込む。

 一颯の母親がニコニコしながら、カメラを回していることに気付いたからだ。


「あら……? やめてしまうの? 一颯? 愛梨ちゃん?」


 残念そうな表情を浮かべる母に対し、一颯は手を伸ばし、カメラを遮る。


「やめろ、母さん! 撮るな!!」

「ええー、いいじゃない。こういうのもいつかは思い出になる物よ?」

「思い出にしたくないので、消してください!」

「いやよ、いや! せっかく、撮影したんだもの」


 一颯と愛梨は抗議の声を上げるが、しかし一颯の母は意に返さない。

 絶対に消したりしないと言わんばかりに、カメラを胸に抱えてしまう。


「もういい……」

「……いいです」


 一颯と愛梨は揃ってため息をついた。

 そんな二人に対し、一颯の母は笑みを浮かべて……提案する。


「そう言えば……さっきの習い事の話だけど。もしかしたら、残っているかもしれないわよ? 確認してみる? ……どちらが正しいか」


「むっ……」

「それは……」


 途中で話が逸れてしまったが、元々は「言った」「言ってない」で争っていたのだ。

 映像があればどちらが嘘をついているか、はっきりする。


「そうだな。確認してみるか」

「そうね。白黒はっきりつけましょうか」


 こうして二人は過去のビデオを確認することになり……


 

『ほら、もう時間よ? このままだと遅刻しちゃうわよ? ほら、行きましょう? 後でアイス買ってあげるから……』

『いやいやいや!! いぎだぐな゛いぃ!!! ぜっだい、いがな゛い゛ー!! びやのぎらい!!』

『は、離れなさい……一颯! ……いい加減にしなさい!』

『いやーっ!!』

『こ、この……どこからこんな力が……ほら、あなた! 笑って撮ってないで、説得して!!』

『一颯、どうして行きたくないんだ?』

『だっで……あーぢゃんはいっでないもん!!』

『あーちゃん……愛梨ちゃんが?』

『あーちゃんはいがな゛くていいのに、なんでぼぐだけ、いがな゛いど、いけないの? づるい、づるい!! いやだー!!』

『それはあーちゃんは習ってないし……そ、そうだ! じゃあ……あーちゃんと一緒なら、行く?』

『……ぐずぅ、いぐっ……』

『そうと決まれば神代さんに連絡だな……』




『いやーぁ!! もっと遊びたい!! もっと、いー君と遊ぶの!!』

『こらこら……いー君はこれから習い事なのよ? 我儘言わないの。ほら、いー君も困ってるでしょ?』

『いやっ! もっと、もっと遊びたい!!』

『愛梨! 我儘言わないの!!』

『ぐずぅ……だって……』

『これからいー君は空手に行くの。……ほら、一緒にお見送りに行きましょう?』

『いやぁ……』

『だから……!』

『わだじもいぐっ!』

『……えぇ?』

『わだじもからて……? 行く! ねぇ、いいでしょ? ママ! いー君が行ってるんだもん、わたしも行っていいよね?』

『そ、それは……でも愛梨は女の子だし、空手なんて、そんないきなり……』

『いく、いくもん!! ねぇ、パパ。いいでしょう?』

『……どうしましょう?』

『いいんじゃないか? 珍しく、愛梨が行きたいって行ってるんだし』

『そ、そう? ……そうね。とりあえず、風見さんに連絡かしらね』




 二人で大恥掻いたとさ。





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