第二章 ドキドキ壁ドン編

第1話

 丁度、高校生たちが下校を始めようとする……そんな時刻のことだった。

 とある一軒家、その中の私室。

 可愛らしい家具が置かれた、女の子らしい部屋の中に……二人の男女がいた。


 一人は美しい金色の髪に、青い瞳の……妖精のように可憐な容姿の女の子だ。

 そしてもう一人は、そんな可愛らしい少女を壁際に追い込んでいる……整った顔立ちの少年だった。


 少年は両手を壁につけ、そして足を少女の足の間に割り込ませ……そして自分の体と壁で、少女を押し潰すかのように体を密着させていた。


 一方の少女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせ、顔を横に向けている。


「好きだ、愛梨」


 少年は少女の耳元で、そう囁いた。

 すると少女は顔を真っ赤にさせ、体を小さく震わせる。


 それから何度かやり取りをした後……

 少年は少女の顎に手を当て、自分の方へと向かせ、言った。


 ――キスしていいか?――







 時は遡ること……早朝。

 一颯と愛梨は今日も二人揃って登校していた。


 互いに並んで歩いている。

 しかし……二人の間に会話はない。

 もちろん、手を繋いでいるということもなく……むしろ一定の距離を置いているようにも見える。


 そしてそんな二人を遠巻きに見ながら、生徒たちは今日も噂話をする。


「ねぇ、聞いた? あの二人……放課後、教室でキスしてたんだって」

「いくら何でも……普通、学校でする?」

「噂で聞いたんだけど……神代さんの方から迫ったんだって!」

「えー、やだー」

「いくら幼馴染だからって……ちょっと調子に乗ってない?」

「風見君も大変だよねぇー」


 風に乗ってそんな声が聞こえてくる。

 一颯と愛梨が近くを通ると声を小さくするが、しかし噂話そのものを止める様子はない。


「……」

「……」


 一颯と愛梨の間に沈黙が流れる。

 そしてその静寂を先に破ったのは……愛梨だった。


「……ごめん」


 顔を俯かせ、ポツリと呟くように愛梨はそう言った。

 黄金の髪から覗く耳は、真っ赤に染まっていた。






 そして学校が終わった後のこと

 一颯と愛梨の二人は、愛梨の部屋にいた。


 特に用事がない場合、どちらかの家の部屋で、夕食の時間まで入り浸るのが二人の日常だった。

 二人でゲームをすることもあれば、ただ一緒に過ごすだけということもある。


「……もう少し、時と場所を選ぶべきだったな」


 漫画を読んでいる最中、ポツリと一颯はそう言った。

 時と場所とは、「キスをする時と場所」のことである。


 いくら何でも学校、それも放課後の教室は問題があった。

 実際、人に見られて、早速噂になってしまっている。


「そうね……今度からは気を付けましょう」


 携帯を弄りながら、愛梨はそう答えた。

 

「……今度もあるのか?」

「えっ、あぁ……」


 一颯の何気ない質問に愛梨は言葉を詰まらせた。

 ほんのりと耳が赤くなっている。

 一方の一颯も少し気まずい気持ちになり――特に深い意図はなかったのだ――、後悔した。


「い、言い間違えただけよ……」

「そ、そうか」


 先日のことを思い出し、二人はそわそわとした気持ちになった。

 今までに感じたことのない、不思議な気まずさがあった。


「そもそも、唇と唇をただ触れ合わせたってだけで……大騒ぎし過ぎなのよ」


 愛梨はそう言って眉を顰めた。

 一颯と愛梨の二人が教室でキスをしていたというのは、最近のクラス……否、学校に於ける注目のトピックスになっていた。


「その手の話はみんな好きらしいからな。……特に女子は」


 一颯はそう言って苦笑した。

 注目のトピックス……と言っても、男子と女子の間には僅かに温度差があるように思えた。


「そうね。……別に私と一颯君が、どこで何をしていようが、“他人”には関係ないはずなんだけれどね?」


 そう言って愛梨は小さく鼻で笑った。

 どうやらいろいろと鬱憤が溜まっているらしい。


 それから愛梨は小さくため息をついて、一颯の方を見て……


「あ、その漫画……」

「うん? 不味かったか?」


 一颯が読んでいたのは、愛梨の本棚の中に収められていた、いわゆる“少女漫画”であり、高校生の恋愛をメインテーマにしたような作品だった。

 

「いいえ。……それ、面白い?」

「お前のだろう? 読んでないのか?」

「私のじゃないわ。人から借りたというか、押し付けられたというか……」

「なるほど、通りで」


 愛梨はあまり少女漫画を読まない。

 どちらかと言えば、少年漫画の方が好きだったりする。

 

「そこそこ面白かったぞ」

「へぇ……」


 愛梨は少し驚いた様子で、目を僅かに見開いた。


「一颯君は男だけど、どういうところが面白かったの? 男の目から見ても、その女主人公のことを可愛いとか、付き合いたいとか思ったりするの? それとも、女主人公の方に感情移入して、ヒーローをカッコいいと思ったりする感じ?」

 

「ふむ、いや……別にそういうわけではないのだが」


 さすがに女性に向けた作品である以上、男である一颯が感情移入するのは難しい。


「どちらかと言えば、人間関係とか、感情の機微を楽しむイメージかな? 別に感情移入できなくとも、楽しみ方はある」


「なるほどねぇー」


 愛梨は納得の声を上げた。


「私は感情移入するタイプだから」

「それなら、俺よりも楽しめるんじゃないか?」

「恋したことないし、恋人を欲しいと思ったこともないから、感情移入できないの」

「それは……確かに俺もそうだな」


 一颯は恋愛物を読むことはあるが……感想として「俺もこんな恋がしたい」、「こんな女の子を恋人にしたい」と思うことはない。

 元々、一颯も愛梨も、恋愛をしたいと思わないし、恋人を作りたいと思ったこともないのだ。

  

 恋人を欲しがる人の気持ちがいまいち理解できない。


 ……もっとも、二人の共通の友人たち曰く、「そりゃあ、恋人が既にいるやつが恋人が欲しいと思うわけないだろ」「恋人は二人も要りませんからね」とのことだが。

 

「そもそも手を繋いだり、キスしたりする程度で、大騒ぎする人間には感情移入できないし」

「ふーん」


 「キスしたりする程度」の割には随分と恥ずかしがっていたし、照れていた。

 一颯には愛梨の言葉は強がりを言っているように聞こえた。


「そもそも、こんなことで好きになるの? って疑問に思ってしまうというか。私はこんなことで心を動かされたりしないなぁーって思ってしまうというか……」


「じゃあ、試してみるか?」


「えっ……?」


 困惑の声を上げた愛梨に対し、一颯は笑みを浮かべ、漫画を指さして言った。


「だから、ここに書いてあるやつ。実際にやってみようか? 実感が持てるかもしれないぞ?」


 冗談半分で一颯はそう言った。






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