第2話

「やってみようって、一颯君が? 私に?」

「そうだよ。何か、掴めるかもしれないだろう?」

「何かって?」

「それは……登場人物の気持ち、とか?」


 一颯は少し言い淀んだ。

 一颯の行動によって、愛梨が一颯のことを好きになるかもしれない……そういう意味になってしまうことに気付いたからだ。


「いやぁ、ないでしょ」


 案の定、愛梨はそう言って笑った。


「確かにさ、絵本の中から出てきたような、白馬の王子様にやられたら、私ももしかしたら……って思わないでもないよ? でも、一颯君でしょ? そりゃあ、一颯君も顔がいいのは否定しないけどさ。私にとって一颯君は幼馴染で、慣れ親しんだ、見知った顔だし……」


 一颯君相手にときめくなんてあり得ない。

 と否定する愛梨。


「試してみないと分からないだろう?」


 冗談半分の提案であったが、そこまで否定されると逆に引っ込みが付かなくなる。


「えぇー、無駄だと思うけどなぁ。まあ、いいけど。で、何をするの? ……もしかして、また、キス?」

「そうだとしたら、何か、不味いのか?」

「いや……前回と同じことをしてもなぁーって。結果は見えてるでしょ」


 二番煎じかと、残念がっているのか。

 それとも照れ隠しなのか。

 案外、しても良いと思っているのか。


 どれが愛梨の本音かは分からなかったし。

 もしかしたらどれでもないのかもしれないし、全てかもしれない。


 とはいえ……


「同じことをするつもりはない」

「ふーん。まあ、いいけど。面白そうだし」


 愛梨の方は冗談と受け止めつつも、少し興味がある様子だ。

 一方の一颯はすでに本気になっている。


「じゃあ、そこに立ってくれ」

「別にいいけど、何をするの?」

「それはすぐに分かる」


 一颯は愛梨を立たせ、そして“それ”をやるのに都合が良さそうな位置に調節する。

 そしてきょとんとしている愛梨の前に立ち……


「一応、断っておくが……これからやるのは全部、冗談だからな?」

「はいはい、冗談ね。冗談……」


 ドン!

 と、強い音が愛梨の言葉を掻き消した。


 一颯が右手で壁を強く叩いたからだ。

 愛梨の顔を中心として、丁度右手側の壁に手を突く。


「あ、あぁ……なるほど、そういう……」

「愛梨!」


 一颯は愛梨の名前を強く叫びながら、じっと距離を詰めた。

 すると愛梨はそれに押されるように、自然と後退り……背中を壁に付けた。

 一方で一颯は愛梨の青色の瞳を見つめながら、ゆっくりと距離を詰めていく。

 

「ちょ、ちょっと、ち、近すぎ……」


 ぐっと、両手で胸板を押してくる。

 が、一颯はそれを強引に押し返す。


 男の力に叶うはずもなく、あっさりと愛梨は押し負けてしまう。

 そのままさらに距離を詰め……


 互いの吐息が感じられるほどの距離まで詰め寄る。


 愛梨は視線を泳がせ、それから左へと逃げるように視線を向け……

 さらに溜まらず顔を左側へと背けた。


 ドン!


「ひぅ……」


 それと同時に一颯は強く、左側の壁を叩くように、手を突いた。

 

「い、いや……そ、その、も、もう……わ、分かったから……」

「愛梨」


 一颯は彼女の名前を囁くように口にする。

 それと同時に彼女の足と足の間に、膝を割り込ませる。


 体と体がぴったりと、密着する。


「愛梨……」


 亜麻色の髪から覗く、白い耳に向かって、息を吹き込むようにしながら、一颯はその名前を読んだ。

 ビクっと、愛梨の体が僅かに動くのを感じる。


「好きだ、愛梨」


 囁く。

 気付くと耳がほんのりと赤らみ始めていた。


「じょ、冗談でしょ? わ、分かってるんだから……」

「冗談でこんなことは言わない」


 真剣な声で、一切の淀みなく一颯はそう言った。


「い、いや……さっき、冗談って……そ、そもそも、前、私のことが好きじゃないって……」

「あの時は気付いてなかった。……気付かせてくれたのは、お前だ」

「え、えっと……」

「あの時……キスして以来、ずっとお前のことばかり考えている」


 愛梨。

 そしてもう一度、彼女の名前を呼ぶ。


「お前は、どうなんだ?」

「い、いや、その……別に好きじゃないって……キスも大したことないって……」

「愛梨」


 一颯はそっと、左手で愛梨の顎に触れた。

 ビクっと、愛梨は再び体を震わせる。


「俺の目を、見てくれ」


 そう言いながらゆっくりと優しく、しかし愛梨が抵抗できないような力加減で……

 愛梨の顔を自分の方へと向けた。


「愛梨は、どうだった?」


 こつん、と額と額を合わせる。


「ど、どうって……」

「キスした時、本当に何ともなかった?」


 ひゅっと愛梨が息を飲む音が聞こえた。

 

「わ、私は、別に……」

「俺はもっとしたいと思った」


 目を大きく見開き、視線を右往左往させる。

 しかし一颯は愛梨を逃がすつもりはなかった。


「愛梨。……しても、いいか?」

「な、何を……」

「キス……していいか? ……何ともないなら、いいよな?」

「そ、それは……」

「愛梨。答えてくれ」

「そ、そんなこと、い、言われても……」

「ダメじゃないなら、するぞ?」


 一颯はそう言いながら愛梨の顎を軽く持ち上げ、ゆっくりと彼女の唇へと自分の唇を近づける。

 一方の愛梨はぎゅっと目を瞑り、そして……


「だ、だめぇ……」


 気の抜けたような声で、「ダメ」と言った。

 と、ここで一颯は愛梨から顔を離した。


 そして思わず笑みを浮かべる。


「俺の勝ちだな……」

「あぅ……」

「おっと……」


 ガクっと力が抜けた様子で愛梨が倒れそうになるのを、一颯は慌てて抱き留めた。

 そしてそのままゆっくりと、床の上に座らせた。

 

 愛梨は女の子座りで顔を俯かせ、ぷるぷると体を震わせている。

 その顔は真っ赤だった。


 そんな愛梨の姿を見て、一颯は思わず髪を掻いた。


(や、やり過ぎたか……な?)


 照れ隠して怒ってくるかと思っていた一颯だったが、黙ってしまった愛梨に少し慌てる。

 一方の愛梨は自分の胸を抑えている。

 荒くなった呼吸を必死に整えようとしているように見える。

 

「あー、その、愛梨。さっきのは冗談というか……だ、大丈夫か?」


 そっと愛梨に近寄り――もちろん、先ほどとは異なり一定の距離を保ちつつ――、一颯はそんなフォローを入れる。

 一方の愛梨は体を両手で抱きかかえながら、小さく震えている。


「こ、怖かったか……? す、すまない。調子に乗った……えっと、愛梨?」


 一颯が謝ると、突然愛梨は顔を上げた。

 その瞳は潤み、頬は薔薇色に染まっている。


「一颯君……」

「えっ、いや……その、あ、愛梨……さん?」


 突然、愛梨は一颯の肩を掴んだ。

 そしてそのまま、体重を掛けるように一颯を押し倒した。


「……一颯君」


 トンっと、音を立て、愛梨は床に手を突いた。 

 丁度、愛梨の手と手の間に一颯の頭がある……そんな位置関係だ。


 先ほどのこともあり、下手に愛梨に触れられない、振り解けない一颯はされるがままになるしかない。


「ど、どうした……?」

「……なっちゃった」

「……え?」


 一颯は思わず聞き返す。

 すると愛梨はどこか熱を帯びた表情で……言った。


「一颯君のこと……好きになっちゃった」





______________________________________


キュイーン(何かが上がる音)





べ、別にフォロー・レビュー(☆☆☆を★★★に)してくれたって、うれしくなんか、ないんだからね!

やる気が上がることで更新速度が早くなったり、ネタが増えて連載が長続きしたりなんて、しないんだから!

勘違いしないでよね!!


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