身を切る寒さ

アイアンたらばがに

友人

 全身の毛が逆立ちそうなほどの寒さの中、コツリと音を立てながら石畳の上を歩く。

 私の友人が遊ぼうと言ったので、普段は来ない町の方までわざわざやってきたのだ。

 今は冬に入って間もないというのに、呼吸をするだけで喉が凍り付いてしまいそうなほどの寒さだ。

 空を見上げれば、灰色の雲が重たそうに低空を漂っている。

 夜ごろには雪が降るかもしれない。

 待ち合わせの場所だと言っていた銅像前に来てみれば、友人は既に到着していたようだ。

 もこもことした服に包まれて、頬を真っ赤にして立っている。

 私の姿を見つけると、友人は目をきらきらと輝かせながら私の元へと駆け寄ってきた。

 

「すまない、待たせてしまったようだ」


 私が頭を下げながらそう言うと、友人は首を大げさに振って否定する。

 ころころと変わる表情が、とてもおかしく感じるものだ。

 友人が歩き出すのに合わせて後ろを着いて行く。

 町は色とりどりの装飾で飾られていて、どちらに目を向けても楽しませてくれる。


「もしかして……うるさいの嫌だった?」


 不安げな友人の声が聞こえてそちらを振り向くと、友人は眉尻を下げてこちらを見ている。

 落ち着きのない私の行動を、不快に感じていると受け取られたようだ。

 もちろん誤解だ。

 友人と共に居られるのなら、例え地獄であろうとも居心地のいい場所になるだろう。

 もとより友人が地獄に行くなどありえないのだが。


「いいや、見たことが無い物が多くて新鮮でね、ついつい気が散ってしまった」


 そう私が答えると友人は安心しきったように蕩けた笑顔で返す。

 ころころと変わる友人の表情は、町の彩りよりも私の目を楽しませた。


「今日は君と楽しむために来たのだから、私が退屈することなどないよ」


 急かすように友人の背中を押しながら、私はそう言った。

 友人のくすくす笑いと共に、寒風の吹く町を歩く。

 道を行けばそこかしこに出店が立ち並び、鼻をくすぐる良い香りが歩く足を鈍らせる。

 友人の買ったスープを一口貰うと、それだけで体の底まで暑くなるような辛さだった。

 驚く私を見て、友人が堰を切ったように笑いだす。

 

「辛いって言ったのに……おっかしいなぁ!」


 楽し気に笑う友人の顔を見れたので、そういった意味では満足だ。

 人が集まっている広場では、大道芸人が火を噴いている。

 観衆に驚きと熱を与える芸は好評だったようで、芸人の帽子は硬貨で重たげだ。

 友人と共に装飾を楽しみ、食事を楽しんで。

 気が付けば雪がちらつき始めるような時間になっていた。


「あぁ、もうこんな時間かぁ」


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、行き交う人々もまばらになった。

 私たちの歩みも自然と遅くなる。

 

「ねぇ、もう遅いしさ……私の家で休んでいきなよ」


 友人は俯いて顔を私に見せぬようにして、そんなことを口走る。


「そうだね、もう時間は無いみたいだから、誘いを受けよう」


 普段は断っている申し出だからこそ、今日ばかりは受け入れる。

 素早く顔を上げた友人の表情は、寒気に負けない太陽のような笑顔だった。

 この顔をずっと眺めていたいと思えるほどに素敵な笑顔だった。


「嬉しいなぁ、君ってば誘ってもすぐに帰ってしまうんだから」


 家の扉を開けながら、友人はふわふわとした声で話し続ける。

 私は扉を潜って、重たい服を片付ける友人を黙って見つめていた。

 

「普段と違う日には、普段と違う行動をするものだろう」


 そんなことを言うと、友人は目を丸くして動きを止める。

 そしてへらへらと笑いながら、私を窘めた。


「急に何?びっくりしちゃうなぁ」


 これから私の言う言葉が、どれだけ友人を傷つけてしまうとしても。

 言わなくては。


「今日は私の寿命が来る日だから、最後の時間は君と一緒に居たかったのだよ」


 そう言って、私は床に倒れ伏す。

 青ざめた顔の友人が、私に駆け寄ってきた。

 そんなに心配そうな顔をさせるつもりではなかったのに、酷いことをしてしまった。


「あぁ、そんな顔をしないで、どこか具合が悪いとかではないのだから」


 顔を上げて、友人を心配させまいと言葉を紡ぐ。

 けれども友人の顔に血の毛が戻る様子はなかった。


「違うよ!どうして……そんな急に」


 今にも泣きだしてしまいそうな顔で、友人が私を見つめている。

 涙を溜めて、自分に何かできることは無いかと必死で瞳を動かしている。


「私は君がまだご両親と暮らしていたころからの付き合いだ、もう充分長生きした部類なのだよ」


 友人がしなやかで美しいと誉めてくれた四つ足を投げ出して、私は横たわっている。

 呼吸が苦しいわけでもないのに、視界がぼやけ始めた。


「君と過ごした時間は私にとっても宝物だった、だから必死に現世にしがみついてみたのだけれど、どうやら限界がきたようでね」


 暖かい場所なのに、友人の顔は未だに真っ赤なままだ。

 こんな泣き顔は、昔他の友人と喧嘩をして帰ってきた時以来だろうか。


「すこし、わがままを言ってもいいかな」


 そんなことを私が言うと、友人は私の鬣に手を添えて。


「何だって聞く!何でも聞くから……!」


 こんな風に安請け合いをしてしまうのだ。

 そのやさしさに、今は身を委ねてしまいたかった。


「私が死んだら、私の体は君の好きなように扱ってほしい」


 友人は呆けたような顔で私を見ている。


「毛皮は手入れをしてきたつもりだ、幾らの値が付くかは分からないけれど……角は仲間内でも評判だったのだ、きっといい値が付くと思う、それに……」


 そこまで話すと、友人は真珠のように大きな涙を流し始める。

 私のことで、これほど悲しませたくはなかったのだけれど。


「やだ!いらないそんなの!君がいてくれる方が良い……」


 友人はとても怒っている。

 私がいなくなると言われて、心の中が色々な感情で暴風雨のように荒れているのだろう。

 

「それはできない、もう限界なんだって言っただろう」


 優しく諭すように、友人に囁く。

 私が君にできることはもうこれぐらいしかないのだから、受け取ってほしい。

 床に座り込んで涙を流して頭を振って、必死に否定しようとする友人を鼻先でぐいと押す。


「泣かないで、怒らないで、せめて笑顔で見送ってほしいんだ、わがままでごめん」


 友人は顔を真っ赤にして、ボロボロと流れる涙を必死に指で堰き止めて。

 震える口角を何とか上にあげて、不格好な笑顔を作ってくれた。

 思わず私は笑ってしまうほどに、酷い顔だった。


「も、ぉっ……なん、で、わら、う、かなっ……!」


 口角を上げたまま泣きながら、友人が抗議する。

 しばらく私の笑いと友人の泣き笑いが続いた。

 そうしているうちに限界が来たようで、私の体から段々と力が抜けていく。


「うん、楽しかった……これからの君の未来が幸福で満たされるよう、祈っているよ」


 捨て台詞のようなものを一言吐いて、私の意識は途切れた。

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