We Only See, We Want to See.

百合の友

第1話

「間宮さん、絵うまいね、すごいね」

「そんなことないよ、宮本さんも、描き始めたらコレくらいすぐ描けるようになるよ」

「本当……?」

「うん、だから、一緒に美術部入らない?」

もちろん、嘘だった。陰の付け方、構図、全体の調和、何もかも、「すぐ」描けるようになんてならない。物心ついた頃からずっと描いてきた私だから、できることなんだ。でも、そんなことはおくびにも出さない。

女子中学生というのは、どんな草食動物より空気に敏感で、そしてアマゾンの肉食獣のように狂暴であるということを、女子小学生を6年間やってきた私には痛い程わかっていた。

だから、明るい人が比較的多いクラスで宮本さやかという私と同じくらい暗い子に話しかけて、「安全な群れ」を作ることも、同じように自然なことだった。


「1位は宮本さんです。皆さん、宮本さんに拍手!」

美術の先生が、柄にもなく興奮した様子で大きな声を上げている。名前を呼ばれた私の親友、宮本さやかとの3年間を思い出す。

「今まで絵なんて描いたこと無いよ」

「これでいいのかな、あってるかな」

「間宮さん凄い!私もそんな風に描けるようになりたいな」

「おはよ……うん、昨日は2時間も寝れたよ」

「授業?そんなの何の役に立つの?いいから、部活いこ」

「もうさ、なんか、分かったの。何をすればいいのか」

3年間でのさやかの変わりようは、筆舌に尽くし難く、またその開花した才能は、田舎の公立中学校ごときで収まるものではなかった。

さやかの家に入り、さやかの部屋の前でノックする。返事は無い。

「さやか、いるんでしょ……?」

不意にドアが開いたと思ったら、ツンとした臭いの漂う私の親友が、真っ黒な隈を作った顔で一言、

「できた、もうすぐ、ねる」

そうして、ドアも閉めずにベッドに倒れ込んだ。すぐに寝息を立てるさやかの顔は、やはりただの女子中学生だった。

荒れ果てた部屋の真ん中には、ひとつのキャンバスが立てかけられていた。その絵は、私が今まで見たどんな絵よりも雄大で、美しかった。

夕陽が沈む海の風景。ただそれだけの絵なのに、どうしてこんなにも心を惹かれるのだろう。不意に涙が溢れてきた。この真っ暗な部屋でひとり描いた、さやかの軌跡を眺めて、涙が止まらなかった。

そっとキャンバスに近づいて、絵を手に取った。やるなら、早いうちが良い。この絵に取りつかれてしまう前に。そして、私は絵を真っ二つに割いた。床に落とし、私は早々に部屋から立ち去る。

「さよなら、さやか」

全寮制の他県の高校に進む私のことを彼女は知らない。あなたの中で私がどれだけの存在か分からないけど、誰よりも近くにいた人間に、自分の作品を壊される絶望を、私のこれまで積み上げてきた時間を、才能ひとつで踏みにじった苦しみを、その1%でもいいから味わってほしかった。


翌朝、天才の部屋には真ん中から破られた1枚の絵があった。

目が覚めた天才は、ひとりごちた。

「これで、やっと完成した。ありがとう、私の大好きだった人」


返事をする人は、どこにもいなかった。

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