キャプテン桃子

春雨らら

桃子伝説の始まり

 2007年7月7日。


 日本のとある片田舎に川上夫妻という夫婦が暮らしていた。夫は山へ山菜を、妻は自宅で洗濯を始めた時のこと。


「ん?」


 妻が、雲一つない晴天の空に赤い火の玉を、真っ直ぐに落下して来ている1つを見つける。


「な、なに、あれ……」


 凄まじい速度で落下していた火の玉は空中で突然停止。そしてまるで妻を見つけたかのように、吸い込まれるようにふわふわと、重力を感じさせない動きに変わる。球体はすぐ目の前の庭に、妻は恐る恐る歩みを進める。


 明らかに自然物ではない、艶のある光沢の桃色。


 突如、球体が真っ二つに割れる。


「オギャー!!」


 中から赤子の声がして、妻はいよいよ腰を抜かしそうになった。しかし放ってはおけないと考えるよりも先に体が動いた。


「よしよし」


 おぼつかない手つきで抱え、泣き止んでいく声に微笑んだ妻は、そっと自宅へ連れ帰った。


 側にあった黄金色に輝くペンダントも一緒に。


 異変に気が付き急いで帰宅した夫へ妻は事情を説明する。次に話し合ったのは赤子の今後について。


「この子を育てたい」


 夫は赤子を我が子のように抱く妻を見て深く考え口を開く。


「本当に良いのか」


 問いに間髪入れずに頷く妻に夫もまた、決意を固める。その後赤子は『川上桃子』と新たに名付けられ正式に養子となり、妻は母へ、夫は父となる。


「おかあっ、おとうっ」


 両親の望み通りすくすくと成長していく桃子。


「みてみてーっ。すごいでしょ!」


 しかし桃子は特別だった。


 4歳にして米袋を軽々持ち上げ、6歳では遂に大木を根ごと引き抜き一本丸々家に持ち帰った。氾濫する川を難なく泳ぎ、リビングで飛び跳ねれば床には穴が空く。食事は大人の何倍もの量を「腹八分目かな」と平らげて、深夜には隠れてつまみ食いをしていた。


「桃ちゃん。1つ約束して欲しいの」


 そうして小学校に入学する前日。両親はランドセルを背負ってはしゃぐ桃子を呼び出し、告げた。


「やくそく?」


「皆の前では力を使わないで、ね?」


「どーして?」


「お前は特別だ。しかしそれは、学校のお友達を傷付けてしまうかもしれないんだよ」


「そんなことしないよ!!」


「いつか必ず、必要な時が来るわ。だから誰かを守るために、困っている人を助ける為のとっておきにするの。ね?」


「まもる、たすける、ため、とっておき?」


 釈然としない様子の桃子だったが、一応納得したらしい。母と父に頭を撫でられると目を細めて、またランドセルを背にはしゃぎ、床に穴を開けた。


 こうして小学校に入ってからも、桃子は真っ直ぐに大きくなっていく。


「おい男子ども!! また和子ちゃんをいじめてんのか!」


「うわやべえ怪力女だ、にげろー!」


「か、怪力女……って待てコラああ!」


 最初は周囲との違いに苦労したが、両親との約束をほぼ忠実に守り、正義感に溢れた彼女はクラスでも人気者だった。


「川上さん、また赤点ね」


「す、すいません先生。いや違うんですよ。最近ドラマが面白くて」


「違くないじゃん」


 中学に上がってからも多くの友達に囲まれ、勉強は不得意ながらも毎日を笑って過ごし、家に帰れば両親がいる幸せな日々。


 だが悩みがないわけではなかった。


 体と心の成長につれ、桃子は思うようになった。


「どうしてアタシはみんなと違うんだろう」


 そんなある日のこと。


『聞け。地球人』


 日常は、唐突に終わりを迎える。

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