拍手合切

果実Mk-2

第1話

 拍手をされて、最後に喜んだのは何時だろうか、お遊戯会?いや、合唱コンクール?

 うん、多分それくらいだ。

 拍手を貰っても何も感じなくなった、これは私が成長したからなのか、それとも何か諦めに近いものを感じたからだろうか。

「つまんないなぁ......」


 私、高畑 千里はアイドルとして稼いでいる。

 勝手に応募された大手事務所のオーディションに合格し、そのままデビューした、レッスンやライブにレコーディング、一般人として過ごしていた私には慣れないモノだったが、そつなくこなしていた。

 私が売れ出すと、同級生や親戚、更には教師までも私をチヤホヤし褒め称え、まるで自分の手柄かのように喜んだ。

 私はそれを見て吐き気がしたと同時に面白くないと感じた。

 自分が応募した事に感謝しろと言うブス、有名人を紹介しろと言うミーハーな女、グラビアが楽しみだと言うスケベな男、私が産まれた事を誇ろうとする伯父。

 こいつらは私が有名になる事、それに追随する価値にしか興味がない、金、性欲、自己顕示欲、欲......欲......欲!欲!欲!欲に塗れた薄汚い奴らにしか見えない。


 そんな大人や同級生を見て、私は疲れたのだろうか、金には困ってはいない、私が何もしなくともグッズの売り上げの一部は私に入ってくる、貯金もアイドルを始めた時からしている、十年は何もしなくても死にはしない額ある。

 このまま引退でもしてやろうかと思ったがスケジュール帳にはびっしりと予定が入っている、一年先まで仕事で埋まっている、せめてこの仕事共はしなければいけないと思っている、ここまで稼げるようになるまで多くの金を使っているだろうし、多少は回収させてやろう。


 スマホから着信音がした、可愛らしい音楽、まるでアイドルですよと主張の強いそんな曲、まぁ私が歌っているのだが。

「は~い、もしもしぃ~?」

 事務所では猫をかぶって、正統派アイドルとしてやっている会社の命令だが、なんでも今の時代こういうのは逆に目新しいと聞いた、私と真逆なキャラだがな。

『千里さん、もうすぐレッスンのお時間ですが、大丈夫でしょうか?』

 どうやら私は脳内自分語りを長い時間していた様だ。

「あ!すみません、家事とかしてたら時間が経っちゃったみたいで~」

『わかりました、自宅の方にタクシーを向かわせてますので、そちらに乗ってレッスン場に来てください』

「は~い、わかりました~」

 外用の服に着替え、メイク?メイクって必要なのだろうか、これから動いて汗をかけばメイクが崩れて、直すのにも時間がかかる、今日は不要だな。


 最低限の家具しか無い部屋に返ってくる訳がない返事を期待して

「それじゃぁ、行ってきます」

 エントランスに行くと既にタクシーが止まっていた、そのタクシーに乗り込み、行き先を伝え、車に揺られる。


「あ、お嬢さん確かぁアイドルの」

 40代と見える運転手から話しかけられた。

「あ!はい!」

「やー娘がファンでね、良く話をきかされるんだよ」

「ありがとうございます!」

「テレビで見るのとは、全然ちがうね」

「そうですか~?」

「やーなんていうか、雰囲気が違うというか」

「そ、そ~ですかねぇ?」

「これでも長年この仕事してると、見ただけでどんな人かって分かるんですよ」

 なるほど、長年の経験っていうやつか、これはバレるかもな......

「何というか無理をしてる様に見えるんですよ、私は」

「そんな事ないですよ~、お仕事楽しいですし」

「ま、おじさんの独り言ですから、お気になさらず、着きましたよ」

「カード使えますか?」

「うちは現金だけで、すみませんねぇ」

「大丈夫で~す、いくらですか?」

「2800円になります」

「は~い」

「はい、丁度」

「ありがとうございましたー」


 過ぎ去ったタクシーを見つめ、運転手の言った事は事実だ、無理なキャラ作りにデビューしてから殆ど休めていない、実家に帰ったのも四年ほど前になる、私は引退してもいいと思っているが、一種のブームになっている以上、今引退するのは事務所が許さないだろうし、休止期間を設けても良いか相談してみよう。


「本日のレッスンお願いします!」

「じゃ、アップは済んでるか、ならとりあえずステップから始めてそっから流しやろうか」

「はい!」


 簡単なステップに曲を流しながらの通し、ライブを意識した歌いながらのダンスを何度かやり、ストレッチで今日のレッスンは終わった。


「ありがとうございました!」

「はい、気になった所があるから、次からは注意するように」

「はい!」

 レッスン自体別に苦労はしていない、元々ダンスや歌う事は好きだったし、別にキツイとか思った事は一度もないし、ただ今日はあまり集中して出来なかった、疲れているのか?

 いや、疲れてるよな、見ず知らずの人間に言い当てられたんだから、自分の中では完璧にキャラを作っていたけど、分かる人には分かるのか、次から気を付けよう。


「あの、どうかされましたか?」

「あ、マネージャーさん!レッスンで注意されたので気をつけなくちゃっと思って」

「珍しい事もあるんですね、大抵の事はすぐに覚えられてしまうので、トレーナーさんも気になっただけではないでしょうか?」

「そうですかね?」

「はい」


 私のマネージャーは優秀だスケジュール管理に私の睡眠時間の確保も完璧だ、だがこの人も所詮は事務所に雇われている、社長や上司の取ってきた仕事は強制的にさせられる、地方の営業の次に都内の仕事を放り込む人たちだ、この人がどんなに頑張って調整をしても無駄になる、さっさと転職でもすればいいのに、弱みでも握られてるのか?


「それで、一つ相談あるんですけど」

「珍しいですね、余程の事でなければ可能です」

「多分、余程の事なんですけど......」

「要望としては聞き入れる事は可能かと」

「三ヶ月後の年末ライブが終わったら、長期間のおやすみが欲しくって......」

「一応社長にお願いしてみます」

「あの、代わりなんですが、年末ライブまでお休みが無くても良いので......」

「分かりました」


 実際通る訳の無い要望だ、うちの社長は本来の私を知っているし、もしかしたら分かってくれるかもしれない、あんまり期待できないけど。



 疲れて当然だよ、外ではファンや週刊誌の記者が見ているかもしれないし、気は抜けない、今もそうだ帰宅している時に本性がばれたら、マーケティングとして失敗するかもしれない、私が私で居れるのは自宅だけだ。


「ただいまって誰も居ねぇか、飯はウーバーでいいか」


 今日の気分はジャンクフードだな、マックかケンタどっちでもいいな、メニュー見ながら考えよ。

 スマホでメニューを見ながらどっちにしようか悩んでいたら、スマホの画面が切り替わった、社長からの電話だ。


「タイミング考えろよ、はい、もしもし」

『マネージャーから話は聞いたよ』

「そうですか、それでどうなんですか」

『うん、勿論いいよ』

「意外ですね、無かった事にするのかと思いました」

『うん、初めはそうしようかと思ったけど、君がライブまで休みがいらないって言ったからね』

「経営者の鏡ですね」

『褒められてしまったよ』

「それでは」


 通話を切り、何を頼むか考える為にメニュー表を見直した。


「ビックマックだな」



 それから、本当に休みなく三ヶ月を過ごした、そのお陰か知らないがファンが予想よりも増え、ライブのチケットは即日完売グッズも飛ぶように売れたんだとか、社長は大喜びだった。

 そして、年末ライブも後一曲、これが終われば、1年の休暇その後の事は知らないが、聞かされたのは今までの人気はないだろうとの事、そんな事別にどうでもいい、最悪YouTubeに参入してネームパワーで押しだす事も考えてそうだな、大穴としてはVtuber事務所に売り込むとかもあり得そうだな。


「みんな!!今日は来てくれてありがとう!今日ラストの曲いっくよー!」


 大きな歓声が沸き上がった、壊れたスピーカーみたいに音割れした様にも聞こえる、正直言ってうるさい、これを歌い切れば休み、これを歌い切れば休み......あれ?

 なんで私こんな事してるんだろ、取り敢えず歌いながら考えよう、私が考えてた人生と全く違う、本当なら大学に行ってそれなりの企業に就職して、結婚はしなくてもいいけど、それなりの幸せを求めてたのに、これは私が求めてた幸せとは違う。

 誰だ?私の人生を変えたのは?あぁ......あのブスか、どうせ今日のライブにも来てないだろ、あの社長もか時代錯誤なキャラ売りに、いやそもそも合格させた事か。

 私の思考を引き戻したのは多いな拍手と歓声だった。


「私に拍手をするな!!拍手は頑張った奴にするものだろ!!私は何も頑張っていない......なんでも出来た!今の曲だってライブの事なんて一ミリも考えてなかった!」


 観客、スタッフに動揺が走る、一番動揺しているのは私だ、こんな事を言えば週刊誌やニュースに取り上げられ炎上するだろう、そんな事もうどうでもいい。

 止めにきたスタッフを付き飛ばしたり、逃げながら話をつづけた。


「嫌いな奴の事を考えてた、私の人生を狂わした奴らに頭の中で恨みつらみを吐きながら歌った、そんな心のこもって、いや、私は一度も心を込めて歌った事なんてない、サラリーマンが嫌々会社で仕事をするようにやってた、ファンサだってそうだ」


 結局スタッフに囲まれて、捕まりそのまま私の大立ち回りは幕を閉じた、ライブが終わった後、事務所の人間にしこたま怒られたが後悔はしていない、私は真実を言ったまでだ。

 その後、ワイドショーで大きく取り上げられた、事務所は一つのライブパフォーマンスと見苦しい言い訳を各局に送った、世間では炎上したが、ファンは予想より減らなかった、なんでも別の一面や見苦しい言い訳を真に受け演技力の高さを褒めたりなどしていた、ここまでくると信者だ。


 それを見た私は質素な部屋で拍手をしながらファンを褒め称えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拍手合切 果実Mk-2 @kaji2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る