第44話

私は、…それこそ身内の恥を晒すという言葉そのものでしたけれど、自分と母と母の再婚相手について、それに、私が小学二年の冬、文字通りの着の身着のままで、辛うじて祖母の家まで行く分のバス代の入った小銭入れを入れた巾着袋だけを手に、それまで住んでいたマンションの一室を飛びだして、暗い夜道を空腹を抱えながら、やっとの思いで祖母の家に駆け込んだ顛末と、それ以来、祖母の家で暮らしており、祖母に親代わりになってもらっているということ、そして、その、マンションを飛び出す直前に見た母の再婚相手の顔が、先程見せ付けられる羽目になった押谷教職員の顔…表情にそっくりだったことを説明しました。…もちろん、紅麗さんや青司君のようなテンポの良い話し振りとは全然違う、覚束ないような、小さな子供が話すようなたどたどしい調子でしたけれど、意外にも…って言うか、紅麗さんは最後まで「うん、うん…」って聴いてくれましたし、キッチンでお茶とお茶菓子の仕度をしていたはずの青司君は、いつの間にか、大振りの透明切り子のグラスに入った冷水と、同じ冷水で冷やしたらしい、専用の卓に乗せた冷たいおしぼりとを、私の前に出してくれて、そのままソファーセットの端のスツールに腰掛けて、賢い大型犬のように、私の話に耳を傾けている様子でした。

当時、祖母がよく言っていた言葉なのですけれど、「傾聴は愛の同義」って…。「愛」って言っても、「アガペー」的な「博愛」だってありますよね。…今の伍代さんもそうですよね?……え、本当にご商売のためだけ、なんですか…?…もう、慌てて私のご機嫌取りに回るくらいなら、最初からそんな憎まれ口叩かなくても…。私だって、こんな風に私の話を聴いてくださるのは、それこそご商売の種にしたいからだって、そんなことちゃんと解ってますから。

…って、私、延々こんな、ご商売の種にもならない脱線話しちゃってますけれど、大丈夫ですか?……え、ええ、そうです。その通りです。もう、随分前の話になりますけれど、私の母校、富士見台女子学園の、…ああ、やっぱりご存じですよね。その時の…内幕、って言って良いのでしょうか?学校の中ではこういうことが起こってたっていう…。

え、…「結構な特ダネ」ですか?「瓢箪から駒」?…私の、今話していることがですか…?……そう言われれば、あの時は、翌週の週明け一番の、月曜朝の朝礼と、あと、教室でのホームルームでも『雑誌の記者さんを名乗るような人に何か訊かれるかも知れないけれど、不用意なことは一切喋らないように』ってお達しが、例に拠って例の如く、「何故なのか」の説明無しに、生活指導の先生と、あと学級担任の先生から…。

いえ、…だって、あの学校に関しては、祖母も…もう、この世には居ませんし、私は単なる一OBに過ぎませんし、それに、この話を、仮に記事にするにしても、伍代さんは記事に関わる情報の出所…情報提供者の私の身元は伏せてくださるんでしょうし、よしんばこの件で私が不利益を被ったとして、私がそれを言い立てに、肝心の「あの事件の話」の、記事なり、書籍なりの差し止めを請求したりしたら、…そして、その差し止め請求を世の中に向けて公表したりしたら、伍代さん、きっとお困りですよね…?

……うふふ、私も「あの」祖母の孫娘ですし、これくらいの交渉術は心得ておりますよ?それに…いざとなれば、それを実行に移すだけの胆力も、一緒に祖母から受け継いでいるつもりでおります。

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