第22話

髪形ですか?その、…お着物の時の、ですよね?

ええ、私、中学当時から、この髪の長さはありましたから、そうですね、…中高生のうちは、新派の『婦系図』の妙子みたいに、ハーフアップにしてリボン結んだり、暑い季節は、ぐるぐるまとめてお団子にしたりして。祖母のお芝居見物のお供の時なんかは、そこにヘッドドレス…っていう程大したものじゃありませんけれど、…よく、造花にクリップが付いているヘアアクセサリー、ありますね。あれ付けたりしていました。

本当はね、簪、挿したかったんです。憧れていました。でも、祖母がね、「堅気の家の娘が、あんまり粋な真似するんじゃない」って。だから簪は、最終的には大学院卒業までお預けってことになっていました。

ずっと憧れていた簪があったんです。玉簪なんですけれど、二又で、その簪の玉が紫水晶なんです。…伍代さん、私の誕生日、先程も申し上げましたけれど、…そうなんです、二月の誕生石なんですよ。

あの、その簪の話、させてもらって良いですか?…いえ、物凄く長い話になるんです。本当に構いませんか?

…ありがとうございます。できるだけ掻い摘んでお話させて頂きますから。


その話をするには、一旦話を、あの、私が大学院一年目の建国記念日、祖母の具合が決定に悪くなった日に、私と祖母が救急車に乗せられて、病院に着いたところから始めなくちゃいけません。…よろしいですか?

では。…病院に着くや否や、祖母はストレッチャーに載せられたまま、検査室の扉の向こうに運ばれていきました。私は、無意識のまま、ふらふらその後を付いていこうとしたところを、看護師さんに呼び止められて、改めて今日の夕方四時過ぎに起こったことを簡単に訊かれて、書類に必要事項を記入するよう言われました。幸い、祖母の基本情報は、完全に私の頭の中に入っていましたし、祖母はそれまでは特に既往症も、処方されている薬もありませんでしたから、記入は割合に簡単に済みました。

記入を終えて、書類を看護師さんにお渡ししたところに、ストレッチャーではなく、車椅子に乗せられた、ざんばら髪の祖母が、検査室から出てきました。私の顔を見るなり、涙声で「葵ーっ!!」って、まるでこちらに飛び付いて来かねない勢いで身を乗り出そうとして、看護師さんだか、検査技師さんだか、とにかく病院のスタッフさんに止められていました。

祖母の車椅子を押してこられたスタッフさんは、車椅子を私の座っている長椅子の端に停めました。私は、祖母に付き添ってこられた別のスタッフさんから、祖母の半纏と私のダウンコート、それに、透明なジッパー付きの小袋に入ったものを手渡されました。袋に入っていたのは、先程まで祖母の髪を止めていた髪留めと、何本ものヘアピンでした。その時、私の目の前にいたざんばら髪の祖母は、私の知っているはずの祖母より、確実に十歳以上は老けて見えました。

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