第19話
ええ、歌舞伎にも、寄席にも、私、子供の頃から祖母に連れられて行ってたんです。
そういう時にはね、祖母は、着物を余所行きに着替えるんです。当たり前ですけれど。でも、襲名披露なんかのお目出度い公演の時にならばともかく、常の公演に行く時には、訪問着は手にも取りません。せいぜいが地味な付け下げです。大抵は、祖母の定番の縞御召か江戸小紋、肩の凝らない演目や、あと寄席なんかだと紬…。ええとごめんなさい、伍代さん、私の言ってることの意味、お分かりになります…?
そう、そうなんです!…仰る通り、「必要以上に着飾るような人じゃなかった」ってことなんです。良かった…。
祖母の身なりは、何と言えば良いか、…関西で言うところの、「こうと」が基本なんです。本当に何て言ったら良いんでしょうね?地味カッコいいと言うか、…そうです、「手堅い」んです。外さないと言うか…。それなりに贔屓の役者さんはいましたけれど、そのためにわざわざ、着物や羽織に役者さんの紋を入れるなんてことは、間違ってもしませんでした。まあ、そんなことにお金を使う余裕なんて、元々我が家にはありませんでしたけれど。
当然のように、私も着物でした。小学生の時分はそれほど煩いことも言われなかったんですけれど、中学に上がる前後くらいに、私の身体の寸法が決まって、本裁ちの着物、…すみません、お分かりに?…ええ、そうです。大人の寸法で着物を作っても差し支えないようになると、着物でのお供を命じられるようになりました。
流石に思春期の女の子でしたから、反抗、って言っても返答返し…口答えが精々でしたけれど、祖母に反発した覚えもあります。でもそうすると、祖母に
「葵、お前、こないだ作ってやった大島、一向におろさないじゃないか、こんな時に着ないでいつ着るんだい。…勿体ない?何言ってんだい。宝の持ち腐れの方がよっぽど勿体ないじゃないか。第一、私が余所行きの支度してるのに、横にいるあんたがそんななりじゃ、他人様に笑われるよ。そんななりのあんたが笑われる分には、私ゃ一向に構わないけれど、ちゃんと支度したこっちまで笑われるんじゃ、間尺に合わないじゃないか」
とまあ、大体こんな感じで、逆にやり込められるんです。ぎりぎりですが戦前生まれ、五月二十五日の空襲も生き延びた人の言うことです。お説ごもっとも…で、こちらはぐうの音も出ません。
…あ、そちらはやはり、三月の大空襲なんですね。大変失礼しました。…あ、いえいえ、そちらこそお気になさらず。
あの、伍代さん、…ご出身、亀戸の天神様なんかの、割合お近くでしたよね?
いえ、あの、…種を明かしますと、ネット検索で、…どちらのサイトだったかまでは、ちょっと記憶にないんですけれど、東京の、どちらのご出身、ってことまで書いてあるところがあったんです。うちとは山手線挟んだ、ほぼ反対側だなあ、って思ったもので…。
亀戸の天神様、藤が綺麗なんですってね。祖母と毎年、テレビのニュース見ては「行ってみたいねえ」って、……すみません、…ええ、…本当に、…本当に何度も…。……ええ、もう、…本当にもう大丈夫です…。ごめんなさい、また話が脱線しましたね。
ええと、…祖母に着物で歌舞伎座にお供した時の話でしたよね?…あの、うちの祖母も、別に年がら年中、歌舞伎座やら演舞場やらに入り浸っていた、なんて訳じゃありませんよ?むしろ逆です。三ヶ月に一遍、半年に一遍、場合によっては一年に一遍くらいの、「自分へのご褒美」だったんです。だからこそ、自分の気の済むようにしたかったんでしょう。
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