アナザー2-6 「巣窟にて」

 シャキシャキと小気味よく切られては落ちていく髪を眺めてるだけの俺に対して、由香は店員さんと楽しそう(?)に会話中。


「あ〜……アイツのね。短いわ〜早いわ〜すぐバテるわっていいとこ、どこもないよね」

「いやいや。そこから先がスゴいんだってば。限界のその先。ムリムリ言ってんのをケツで黙らせてずっと手で遊んでやんの。そっからが本番なんだって。みんなアイツがガチガチのドMなの知らないからスタートする前で辞めちゃってんの。勿体無いよ」


 ……いや、どんな会話だよ。


 ちなみに店内にいる男は俺だけ。というか、観葉植物が隣の様子を見えなくさせる半個室になるように置かれていて鏡の向こう側の様子がわからないようにされてる。


 まあ、だからって話していい内容じゃないとは思うけども。


「あ。そういえば」


 と、由香の視線が鏡越しに店員さんに向いた。


「行くの辞めるからプレゼントあげるわ。忘れてたらあとで言って」

「なになに?」

「開発ツール」


 聞こえてくる言葉はどれもこれも不穏な気配が漂っててしょうがない。


「なんの?」

「タイヨウとヨルと、カゲツ」


 話の流れでわかる。きっとおそらくホストの源氏名だ。


「あの俺様を黙らせられるの?」

「黙らせる?甘い甘い。平伏しちゃうよ。わんわん、って」

「最高じゃん」

「この前もそれで透明になって空撃ちになるまで使ったから効果はお墨付き」


 何この人たち。怖すぎんだけど。


 っていうか、こんなのとマジで一緒に住むって?冗談だろ。


 こうしてる間も髪は切られていく。


「でもさぁ〜。いきなり行くの辞める、って大丈夫なの?結構積まれてるでしょ?それも8人分。ヤバくない?」

「積まれてる?」


 俺が鏡越しに店員さんに聞くと、ざっくり説明してくれた。詳しいことは言えないが、要は借金の話だった。


「大丈夫かどうかで言うなら大丈夫だよ?ってか、その20倍くらいこられてもまだ平気」

「マジかよ……潤ってんねぇ。こっちは干からびそうなのに」


 そう言ったのは由香のトリートメントをしてる店員さん。この方ももれなくホス狂。


「パチに突っ込むのやめれば?」

「生きがいだからムリ。あたしがパチ辞めるときは恋をしたときか死ぬときだわ」

「そりゃ、一生ムリだわ」


 ギャハハハ!!と笑う3人。


 ダメだ……。どいつもこいつもぶっ壊れてやがる。まともなヤツはここにいないのかよ。


 ツッコミどころを探してると、店員さんが肩を叩いた。


「ね。ワックスとか使うか聞いたっけ?」

「さあ?使わないってか習慣がないっすけど」

「おけおけ」


 それだけ聞いて店員さんは話に戻っていった。


 切ったあとの髪を洗い流してもらい、俺たちは美容院を出た。


「じゃ。また来るね」

「ほいほい。ってか、行かなくなるならメシ行こうよ。メシ。その子も連れてさ」

「あ〜……」


 と、由香が「どうする?」俺に目を向けてきた。


「バチクソ旨いって自信を持って言えるところなら」

「ラーメンでも?」

「良いっすよ」

「ふ。任せろ」


 頼もしいサムズアップを見せた店員さんに手を振って俺たちは来た道を戻る。


 時間は20時。気づかないうちに4時間もあそこにいたらしい。


「お腹すいたね」

「たしかに」


 商業エリアの飲食店は22時の閉店を超えて23時までやってる。ピークは超えてるだろうけど、どうせならもう少し時間をずらしたいところ。


「そういやこの時間はいいの?」

「逆方向でしょ。だから大丈夫。っと、そうだ。もう1軒寄っていい?」

「いいけど」


 俺が頷くと、十字路で左へ。


 5分ほど進んだところの建物で由香の足が止まった。


「まだ準備中か。まあ、いいや。入っちゃえ」

「え……」


 と、俺が止める前に由香はドアを開けた。


 中はカウンターに椅子だけ。酒瓶が並んでいて、どこか中世のバーの雰囲気を感じる。


「ヤッホー!」


 店の奥に向かって由香が叫ぶと、奥からこれまた女の人が出てきた。


「由香じゃん。どうしたの?男も連れてきちゃって」

「買い物のついで。これから入り浸るから」

「入り浸る、ってアンタ……」


 と、由香がカバンから何かを出した。


 ――リモコン?


 小さくて四角いそれにはボタンとスライダーがついてるけど、なんのものかはさっぱりわからない。


「代わりと言ってはアレだけど。リュウの」

「例の開発ツールってヤツ?」

「そうそう」


 ふうん、と彼女は手に取った。


「クセになってるから、店内にいるときでも押せば反応するよ」

「マジ?」

「マジ。びっくんびっくん」


 なるほど。この人も「同類」か。


「……わかった。入り浸る券出しとく。いつまで?」

「ん〜……わかんない。ほとぼりが覚めるまで、かな」

「おっけ」


 それだけ言って奥に引っ込んでいった。


「ここ、注文のないお店なの」

「注文のない?」

「なんていうのかな。その人の顔を見て必要そうな料理とかドリンクを出してくれる、って言えばわかる?」

「へえ。あとで食われる、なんてないよね?」


 話がアレなら、と危惧したけど、由香は首を振った。


「キミは平気。わたしといるからね」

「俺じゃないと?」

「保証はできないかな」


 言葉に現実味がありそうで背筋に冷たいものが走った。


「ちなみに元AV女優さん。おじさんな年代の人はみんなお世話になったんじゃないかなぁ」

「へ、へえ……」


 あんな美人な人が……。人は見かけには寄らないな。と思う。


「あ。そうそう。これ」


 と、見せてきたのはパッケージ写真。


 いや、見せてくんなよ。ってか、マジでそっくりじゃねえか。


「前と後ろの間んとこにほくろがあってさ。そこが弱点なの」

「弱点」

「ちょっと?なに人の弱いとこ教えてんの?」


 と、女の人が戻ってきた。


 手にはオムライスとチャーハン。


 オムライスを俺の前に置いて、チャーハンを由香の前に。


「スープもあるから」


 と、言って奥に引っ込むとすぐに戻ってきた。


「合わせて2000で」

「ほい」


 由香が1000円札を2枚出すと、受け取って谷間に差し込んだ。


「アヤから聞いた。辞めるって?」

「アヤ?」

「さっきの美容室の子。髪切ってくれた方ね」

「ああ」


 早すぎない?まだ30分も経ってないんだけど。


「この辺、狭いから一瞬だよ」


 そういって由香はチャーハンにスプーンを差した。


「うっま!ほら、それも早く食べな。ぶっ飛ぶくらいウマいから」

「はあ」


 オムレツの真ん中をナイフで一筋入れると、とろりと流れ出た。


 一口。


「うっま……なんだこれ……」

「よかった」


 と、言った顔がさっきのパッケージの顔と重なった。


「マジで本人……」

「だから言ってるじゃん。ちなみに絶倫。限界のその先のさらに先までぶっ飛ばされるよ。穂波も師匠って呼んで崇めまくってたからガチのガチ」

「穂波……?」


 と彼女は首を傾げたけど、すぐに手を叩いた。


「ああ!あの子!?わ、懐かしい!」

「さっき久しぶりに会ったの」

「元気してた?」

「してたしてた。ってか、聞いてよ。元気すぎて男子食いまくって女子も――」


 そこからは完全に女子トーク。シモの話ばっかりでここでは書けないものばかりの話題を延々聞かされた。


「そっか〜。学校!それは思いつかなかったなぁ」


 話がひと段落し、彼女はどこか悔しげに言った。


「今はダメっしょ」

「ね。知られすぎちゃったからねぇ。惜しいことしたな」


 そう言って彼女はグラスを傾けた。中身は薄いハイボール。料理をするからってことらしい。


「にしても、辞めるの?」

「譲ってあげるのもいいかな、って」

「ふうん」


 カラン、とグラスの中で氷が揺れた。


「わかった。あとは任せて。あと帰るときは一言声をかけるように」


 そう言って彼女は奥に消えた。

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