アフター64 「デキる女」

「え。でも、そういうのって結構重要なことじゃないの?」



 ――好きかどうかなんて割とどうでもいい

 

 創司が言った言葉はあたしの酔いを吹き飛ばすには十分だった。


「好きじゃなきゃ付き合わないでしょ」

「そうかもしんねえけど、その感情を誰かと比べる必要はねえ、って話だよ。雫も霞も好きとか言ってるか?」


 そう言われて考えてみる。あれ?言ってる?いや、あたしがいないところで――。と頭の中を過ったのも一瞬。


「言っとくけど、穂波が見てるそのまんまだからな。あいつら」

 

 と創司にあっさり否定されてしまった。


「そりゃあ、言わなきゃ伝わんねえことの方が多いけど、言葉にできない感情をムリに言葉に当てはめようってする必要はないだろ。好きなら好き、それ以上もそれ以下でもないってんなら、そのままにしておくってのも悪くねえんじゃね?なんだっけ?行間?」

「でも――」

「穂波だったら、そうだな。これとか好きだろ?」


 と、否定しようとするあたしを遮って創司はお酒を指した。あたしは一瞬躊躇いつつももちろん、と頷く。


 そのあともいくつか指しては、好きかどうか聞いてくる。それにあたしは全部「好き」と頷くだけ。


「なんで?」

「え?」


 いきなり聞かれた問いにあたしは急ブレーキを踏まれたみたいに止まった。


「なんで?ってなにが?」

「好きなんだろ?理由だよ。理由」

「理由……」


 と、視線を創司が指したモノたちに向ける。


「好きな理由なんてなんだっていいだろ。美味いから好き、食感が好き、酒に合うから好き、ってここにある好きだって全部違うのと一緒」

「え〜」

「もっと言えば、なくたっていいだろ。理由があるならそれでいいけど、案外理由なんかない方がいいんじゃねえのって思うけどな」


 そんなもの?


「好きなものに理由があったら、その理由がそうでもなくなったときどうすんだよ」


 そうでもなくなったら……。


「別れるしか選択肢がなくなるんじゃね?」

「じゃあ、創司は好きとかそういうのないわけ?」

「あるかないかで言えばあるんじゃねえの?あんまり考えたことないけど。けど、そこまで重要視してない。たぶんアイツらもな」


 麻衣なんか特にそうじゃね?と創司は言った。


「麻衣が?」

「アイツも似たようなモンだろ。理由とかやってたことはともかく、とっかえひっかえしてたところは」

「一緒にしないで」


 お互い柄にもない話をしたせいか、これ以上は気分じゃなくなったあたしたちは店を出た。


 時間は見てないけど、お店があった通りは人がまだ結構歩いてる。


「さってと。どうすっかな。雫に使い切るまで帰ってくるな、って言われてるんだけど」

「帰ってくるな?」


 伸びをした創司の言葉に耳を疑った。雫のヤツ、そんなこと言ったの?1晩で万券5枚も飛ばすって相当なんだけど。


「使い切ってこないと玄関は通さない、って言われてんの。どうすんだよ。まだ2人も使ってねえぞ」

「いや、そんなこと言われても」


 あたしにどうしろと?


 正直もう飲む気分でも食べる気分でもない。日付も変わってるから時間を潰すお店もない。いや、ないこともないけど、あんな人生相談みたいな話をしておいてベッドイン、さらにその先もなんて当たり前だけど気分じゃない。


 え?今まで散々ヤッてただろって?うるさい黙れ。


 どうしようかな、なんて考えてると、遠くの方から声をかけられた。


「あれ?穂波?穂波じゃね!?」

「え?」


 と顔を上げると、スーツを着た男の人が近寄ってきた。


「わ!マジで穂波じゃん!久しぶり!元気してた!?」


 あたしの肩をバシバシ叩いてくる男の人。着てるのはスーツだけど、雰囲気が昼間に働いてる人のそれとは明らかに違う。


 けど、どこかで見たような雰囲気もある……ような。ないような。


「知り合い?」

「……いや」


 創司に聞かれたけど、あたしは首を振った。だってマジで知らないし。


「え~!?マジ!?覚えてない?あんなに毎日楽しんだのに」


 毎日……?


 なんて考えてる間に人が集まってきた。


「急に走んじゃねえって言って――あれ。マジで穂波じゃん。その節はありがとう。おかげで上手くいったよ」

「俺も。あのあとうまいこといってさぁ」


 揃いも揃ってみんな感謝の言葉を並べてくる。


 ヤバい。何これ。まったく身に覚えがないんだけど。いや、人数は心当たりがある。あるけど、誰が誰かなんてマジで覚えてない。


「身に覚えがなさそうっすけど」

 

 と、あたしと男の間に創司が割って入った。


「え……っと?どちらさん?って、ああ。答えなくていい。興味ないから」

「知ってっか?コイツ、大学んとき、なんて呼ばれてたか」


 あとからやってきた連れと思しき男の人があたしを指した。


「いや」


 首を振った創司越しにあたしの顔を見てニヤっと男が笑みを浮かべた。


 え~……マジ?ここで言うの?


「そんな顔したところで意味ないってわかってんでしょ。どうせいつかバレるし」

「いや、そうだけど。だからってここで言わなくても」

「いやいや。彼氏?かどうか知らんけど、穂波のことを知るならこれも知っとかないと、な」


 ポン、と創司の肩を叩いた。


 マジで大きなお世話なんだけど。

 

「で?なんて呼ばれてたわけ?」


 創司が男たちに続きを促した。


「デキる女」

「デキる女」


 いや、復唱しないでほしいんだけど。


「こっからもうちょっと行った先んとこで、たまにうろついてたんだよ。で、運よく見つけて手持ち全部出して頼みまくると……な」

「初めてとかそういうのお構いなしでヤッてくれるってな。いや、もうマジで女神」

「へえ。女神」


 どこが?って言わんばかりの視線にあたしは必死で目をそらす。


「一応聞いとくけど」


 と、創司があたしに小声でボソッと一言。


「反応が楽しかったってだけの理由の割合はどんくらい?」

「……に、2割……かな?」


 反応が楽しかったってことなら、うん。そのくらい。そのくらいなはず。


 間違いない、と頷いてると、創司は納得したように頷いて言った。

 

「8割か。いや、9割?」

「いやちょっと待って!?」


 なんで逆になっちゃうの!?


「顔がそう言ってんだよ。諦めろ」

「い、いやでもさ?困って頼み込んできたのを助けたわけだから全体で見ればセーフ――」

「どこがだよ。助けるだけならデキる女なんて称号付かねえだろ。どんだけヤッてんだよ」

「ぐぅ……」


 ごもっとも過ぎてなにも言い返せない。


「トモヤ~?なにやってんの?」


 それでもなんとか言い訳にすらならない言い訳を考えてると、女性の声が聞こえてきた。


「ってん?あれ?穂波?」


 久しぶりに聞こえた声に顔を上げる。


「由香……?」

「え。マジで穂波?ヤバ。久しぶりじゃん」


 声をかけてきたのは、大学のときの友達だった由香。出るところとかまったく出てないけど、話しやすいとかなんとかであたしと同じくらいとっかえひっかえしてた子だ。金髪にカラコン、ゴリッゴリのメイクをしてたのにずいぶん落ち着いて大人っぽくなった気がする。


「彼氏?」


 と、由香が創司を指した。


「一応」

「一応ってなにそれ」


 クスっと笑った顔が懐かしい。雰囲気は変わったけど、滲み出てくるモノは変わらないっぽい。


「ふうん。大学んときの彼氏は別れたってことだよね?」

「見ればわかるでしょ」

「そうだけど。一応ちゃんと聞いとこうと思って。紹介したのわたしだし」


 いや、創司の前でそんな話しないでほしいんだけど。


「もしかしてみんな彼氏ってヤツっすか?」

「や、ん~違うけど違わないっていうか……」


 あたしの険悪な雰囲気を察したのか、創司が割って入ってきて聞くと、なんとも歯切れの悪い答えが返ってきた。


 まあ、そこはあたし。一瞬で事態を把握。


「一晩おいくら?」

「え?え~っと――に……って!ちょっ!アンタ!なに言わせようとしてんの!?貸さないからね!?」

「借りないよ。あ、もしかして取られるって思ってる?」

「はあ!?んなわけないでしょ!?ガバガバなアンタと一緒にしないで!」


 コイツ……。相変わらずキレたときは口が悪いなぁ。


「ガバガバねえ。そんなことないけどな」

「穂波しか知らないでしょ」

「じゃあ、自分はガバガバじゃないって?」


 挑発したあたしに乗っかって創司も煽りはじめた。


「ったりめーじゃん!いいよ。じゃあ、証拠見せてあげるから行こうよ!」

「じゃあ、俺らは穂波――」


 男たちがあたしの肩に手を伸ばしてきた。が、創司はその手を払った。


「いやいや。そうじゃないでしょ。ちゃんとお互いで比べて納得してもらわないと。ね?」

「ってことで、行きますか。1名様ごあんない~」


 創司とあたしは逃げられないように両側で由香の腕をつかんで、夜の街へと歩き出した。

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