アフター62 「期待なんかしてません」
はた迷惑な2人が帰ったのは、花火が見えなくなって1時間が経った夜11時。
2人を駅まであたしと創司で見送って、今はその帰り道。
「や~。まさかほのかもこっちと同じになるとはね」
「しかも従姉だろ?なんで食われてんだよ」
「おもちゃにされてたって言ってたじゃん」
「ガキのとき、だろ?その延長線って言ってもなぁ」
と創司は言うけど、ぶっちゃけあたしも他人のことは言えなかったり。言わないけど。あたしの場合は襲ったとか反応が面白かったとかじゃなくて頼まれたからだけど、ここで言えるほど図太くない。
ちなみにその子は自信がついた、とかなんとか言ってあたしよりも先に結婚して子どもを作りやがった。おかげで毎年お年玉でお金が飛ぶこと飛ぶこと。ボーナスはあるけど、所詮教師。そこら辺の会社とは比べるのも悲しくなるくらいしかない。
「なんかあると気まずくね?」
「なんかって?」
「ん〜別れた、とか?いや、あのドヘンタイどもにはあり得ないけどさ」
「あ~……どうだろ?あの性格だとシレっとしてそうじゃない?」
いや、むしろヤンの方に振れて抱きついてる腕に紛れて光次の脇腹に夏海の指が刺さってる方があり得そう。
「え、なにそれコワ……」
雰囲気でそう伝えたら、創司がドン引きしたけど、ぶっちゃけ雫だってどっちかと言えばそっち側なんだけどな。無表情で行動にも感情がほぼ表に出てこないからそう感じないだろうけどさ。
「こう、ってことだろ?」
と、創司があたしの腕に抱きついてきた。で、脇腹にツン、と指が刺さる。
「――ふっ!?」
出そうになった声をギリギリ手で抑え込んだ。
あっぶな!?あっぶな!?もうちょっとで声が出るところだったじゃん!!
「ん?どうかした?」
「い、いや、別に……ぃふっ!?」
刺さったままの指をグリッと動かされてまた声が出そうになる。
こ、コイツ……!面白がってる……!
「弱点は雫から聞いてる」
「……」
お、おのれ〜!あのアマ!なにサラッっとバラしてんだよ!!
行き場のない怒りというか不満を創司の肩にぶつけてると、ふと創司の足が止まった。
「どうしたの」
「いや、美味そうだな、って」
そういって指を差したのは、居酒屋の看板。
「北海道直送海の親子丼……ってさっき食べたばっかじゃん」
「違う。その下。俺より食い意地張ってんじゃねえか。ああ、だからコレか」
「持つな、摘むな。現実を感じさせるな」
くっそ。今年の夏は海に行かないって聞いてたから油断してた……。
「いや、これはこれでいいと思うけどなぁ」
「そうは言っても限度ってのがあるでしょ」
「そりゃあ、な。横幅が見た目で俺1.5人分はさすがにムリだわ」
そんなのあたしもムリだわ。
そういえば、澪先輩はずっと体型変わんないんだよなぁ……。あたしと同じくらい食べて飲んでるのに。明後日学校で会うから聞いてみようかな。
「で、どうする?」
と、創司くんが看板に近づいてメニューを指した。
失礼な。今度は間違えないっての。
「鮎の塩焼き、かぁ」
「目の前で炭火で焼いてくれるんだと」
なにそれ。最高かよ。絶対お酒が美味くなるヤツじゃん。
「入ろ――」
反射で言い切る前にあたしの頭にブレーキがかかった。
「どうした?」
「や、さっきめっちゃガッツリ食ったような気がして」
「なに言ってんの?んなのいつものことだろ?」
ヤバい。そういえば最近、忙し過ぎて体重計に乗ってない。顔とかそこら辺は習慣になってるから無意識でもやってると思うけど、体重計だけは乗るのが怖くてここのところ乗ってなかったのすっかり忘れてた。
ちょうどいいところに反射したガラスが目に入った。胸のせいでって誤魔化してたけど、そういえばベルトの穴の位置が一つ広がったのはいつだったっけ?そのあとって戻った?あれ?戻せたっけ?
背中に冷たい何かが走った気がした。
ここまで来るともうあの2人なんてどうでも良くなってしまった。というか、あの2人は大丈夫そうだし、なんなら光次にはこれまた最後まで責任を取ってもらえば全部が丸く収まる。要はほのかレベルのドヘンタイを世に解き放つなんて暴挙に出なければいいのだ。あんなのが世に解き放たれるなんて正直そこら辺のホラーより恐ろしい。って言っても、まだほのかレベルにはまだほど遠いけど。ただ、ヤンの部分はウチらの中でも比較できる人がいない。いないということは、つまりはそういうことだ。
ただでさえ夏海はヤンツンデレってすでにアブナイ属性も持ってるんだから、これ以上属性を盛り込まない方がいいと思う。
「で、どうする?」
そんなどうでもいいような重要なような
と、指を差した先は居酒屋の入口。創司という悪魔がニヤニヤして手ぐすねを巻いてやがる。
「あ~……」
ちなみにまっすぐ家に帰る、なんて選択肢はない。
そもそも今日はあたしのターン。花火を見た後のことは流れに任せればいいかぁ、くらいの予定だったけど、それでもあたしのターンである。
雫は「今日はこのまま帰ってこなくていい」みたいなこと言ってたけど、あの言い振りは「ん。穂波のことだから浴衣でヤるだけヤってその後コスプレ退会してたら朝になるよね」ってのが混じってた。
しかも目の前には居酒屋。完全にホテルへご案内のコースなのが見え見えすぎる。
「食うもん食ってホテルでカロリーゼロってか?」
まったくふざけた話じゃないの。
とりあえず、そんなルートが用意されてるのかは確認しておく必要はあるかな。
「ホテル?いや、んなの聞いてないし、俺もなんもしてないけど。もしかして行きたいとか?」
「や、そういう意味じゃないんだけど一応ね、一応」
「ふうん?」
ホテルはとってないらしい。
おかしい。澪先輩もホテルでしっぽりって話を聞いてたのに、なんなのこの扱いの差は。
雫さん、「お前は食いもんとアルコールとエッチで十分だろ」ってか?バカにしてんだろ。事実だけど。
澪先輩の初めてんときだって食って飲んでシまくったからぐうの音も出ないくらいその通りだけども。
「そうじゃねえんだよなぁ」
少なくとも今は。
なんていうかさ、こう、見せ場、というかさ。大人として〜みたいなとこじゃん。いつもと違うところを見せてやるときはやる、ってのを見せるときじゃん。
ん?「ヤるときはヤる」の間違いじゃないか?って?やかましいわ。
なんて考えてる間も創司の目は看板に貼りついたまま。よっぽど気になるらしい。
「そんなに気になるなら入る?あんま手持ちないけど」
「雫から詫び代もらってるからいけるんじゃね?」
「マジ?どんくらい?」
「こんくらい」
と創司は手を広げてみせた。
「……マジ?」
「マジ。ほら、ついこの前大暴落しただろ?なんかその前にピキーンって来て全部売り払って、売りに全ツッパしたらめっちゃ儲けたんだと。光次の口座、普通の人なら白目剥くくらい入ってるってよ。あ、そういや光次に言い忘れた」
「なにを?」
「来年の確定申告と税金、震えて待ってろ。バーイ雫」
「……」
なんていうか、雫さん。どっか別の人種じゃないですかね?どうしたらそんなふうになれるのかな。
「ってなわけで使いきれない泡銭だからさっさと使って、ってことで貰った。小遣いにしても多すぎるけどな」
ちなみに最初の原資は高校時代のお小遣いだとか。元々創司があまりお金に興味がないのと物欲もなかったのもあって、生活費を含めて全部雫に管理を丸投げしたのがはじまりらしい。あとは雫曰く、テキトーにやって半年で倍ドン、1年経って倍プッシュ、と続いて、そこにほのかから「これも〜」と光次の給料も回されての今。複利ってスゴいね。よくわからないけど。
「取り敢えず使っていいヤツなのね?」
「ああ。むしろ使ってって頼まれたレベル」
「じゃあ、入ろっか」
なんだか大人としての何かを完全に打ちのめされた気がするけど、あたしはその事実から目を逸らしてお店の中に入っていった。
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