(34)可能性は無限大


「ロベルトさん、すみません。伯爵様がお呼びなので、執務室に出向いて貰えませんか?」

「分かった、今行く」 

 城内警備部隊の詰所にリーンが顔を出し、ロベルトに声をかけた。同僚達と雑談をしていたロベルトは、それを受けて立ち上がる。


「じゃあ、ちょっと行って来る」

 周囲に断りを入れて歩き出したロベルトは、廊下を進みながら何気なく尋ねた。


「伯爵様が、俺に一体何の用だ?」

「さあ……。正確には執務室で、ダレンさんからあなたを呼ぶように言いつけられたもので」

「ふぅん? そうか。まあ、行けば分かるな」

「それより、昨夜はお疲れさまでした」

 妙にしみじみとした口調でいたわりの言葉をかけられたロベルトは、苦笑しながら問い返した。


「ディロスか? あの後、あいつの部屋に問答無用で連れ帰ったが、しばらく喚いて酷かったな。でもすぐに自分のしたことに気がついて真っ青になって、別の意味で五月蠅くなって困ったぜ。叱りつけてなんとか寝させたが、あいつが申し出たように地下牢送りになったか?」

「まさか。自室で一週間謹慎です」

「それが妥当だろうな。ディロスも少しは懲りただろう」

 そこでリーンが、沈鬱な表情で独り言のように呟く。


「さっき、ディロスの部屋に書類を山ほど運びました。ダレンさんが『謹慎中にダラダラ過ごせると思うな。これらの処理を全て終わらせるまでは、謹慎期間が延びると思え』と彼に厳命していたんですが……。あれ、絶対一週間では終わらないよな?」

「ダレンのおっさん……、やっぱり厳しいよな。目を付けられたくないぞ……」

(俺から見ると、ロベルトさんも『おっさん』の括りに入るんだけどな……)

 うんざりした様子でロベルトが本音を漏らしたが、そんな彼を見上げながら、リーンは内心で結構失礼な事を考えていた。勿論そんな事は顔にも口にも出さず、リーンは辿り着いた執務室のドアをノックする。


「失礼します。ロベルトさんをお連れしました」

「ご苦労、リーンは下がって構わない。ロベルト、仕事中に呼び立ててすまないな」

 そこでリーンは一礼して隣接する部屋に下がり、ロベルトは不思議そうにカイルに尋ねた。


「それは構いませんが……、どういったご用件ですか? なにか騎士団の運営に関してなら、他の者でも良いかと思いますが」

「それが……、ロベルトが適任というか、『この検証にはどうしてもロベルトに立ち会ってもらう必要がある』と、ダレンが主張したものだから……」

「あの……、『検証』って、なんの検証でしょうか?」

 カイルの口から、前日、散々耳にした言葉が出てきたことで、ロベルトは無意識に警戒する表情になった。するとここでダレンが口を挟んでくる。


「もう少し待っていてくれ。そろそろ来る頃だ」

「え? 来るって、何がです?」

 ロベルトが怪訝に思っていると、ドアがノックされた。


「失礼します。ご所望の物をお持ちしました」

「ご苦労。こちらに持って来てくれ」

 入室してきたメリアは、裁縫道具一式と白い布と糸をダレンの方に差し出しながら、不思議そうに尋ねる。


「木綿の布と白い糸なんて、執務室で何に使うんですか?」

「ちょっとした検証だな。メリア。悪いが針に糸を通して、その布をなみ縫いで縫い合わせてくれ」

 その指示に、ロベルトは勿論、言われた彼女の目も丸くなった。


「はい? これを、ですか?」

「そうだ」

「はぁ……、分かりました」

(ダレンのおっさんは、何を考えているんだ? カイル様が黙って見ているということは、予め話を聞いているとは思うが……)

 どうして執務室でなみ縫いをする必要があるのかと、ロベルトは内心で呆れた。その間にメリアは糸を適当な長さに切り、それを針に通して準備する。


「それでは始めますよ? 普通に縁を真っ直ぐ縫えば良いんですね?」

「ああ、そうしてくれ」

「ええと……。なんだか分からないけど、取り敢えずこうやって……。え? えぇ? ちょっと、なんか、この布が変!? どうしてこんな、変な光沢がでてきたの!?」

「これは、まさか……。おい、ちょっと待て!?」

 重ねた布を細かく縫い始めたメリアだったが、たいして縫い進めないうちに驚愕の表情になって手の動きを止めた。彼女の手の中にある物を覗き込んだロベルトも、見覚えのあり過ぎる物を目の当たりにして、激しく動揺する。

 ここで動揺著しい二人とは対照的に、ダレンが冷静に確認を入れてきた。


「ロベルト。君の元許嫁いいなずけの女性は、《なんでも美しく輝かせる》加護持ちだったと聞いたが、こんな感じに布が光っていたのか?」

「ええ、正にこんな感じでした。現物を何度も見たことがありますから、間違いありません」

「そうか。なるほどな……」

 ロベルトが微妙に顔を強張らせながら断言し、それを見たダレンが考え込みながら頷く。そこでロベルトは、メリアに向き直った。


「メリアさんが、リリアナと同じ加護を二つ目の加護として授かっ」

「あり得ません!!」

「だよなぁ……。そうなると、やっぱりカイル様が?」

 メリアに力一杯否定されたロベルトは、残る可能性としてカイルに視線を向けた。

するとカイルが、微妙に視線を逸らしながら応じる。


「ダレンが、『実際に加護を見聞きした内容しか行使できないのか、こういう加護があるとの伝聞でもその加護を行使できるのか、確認してみましょう』と言い出して……。今、ロベルトに聞いた内容を思い返しながら、そういう加護をメリアが使えるように考えていた」

「なるほど。カイル様は直接リリアナと接した事はないから、加護の内容も俺からのまた聞きに過ぎない。それで完璧に、加護を再現できるかどうか試してみたのですね。それにしても、どうしてこんなことを確認する必要があるんですか?」

 ここでロベルトは、素朴な疑問を口にした。これに机の上にあった冊子を持ち上げながら、ダレンが答える。


「ここに、過去から現在に至るまで、国内でどんな加護持ちが認定されたかの記録がある。ルーファス様の特殊な加護で、加護持ちを周囲に集めるようになったことから、どんな加護の人間を発見しても適切に対処できるように調べ上げておいた物だ」

 それを聞いて、カイルは少々驚きながら尋ねた。


「知らなかったな。そんな物が公式記録としてあるのか?」

「いえ、ルーファス様が私的にまとめていた物で、これは複製です。原本はルーファス様がお持ちです」

「そうだったのか」

 カイルが感心しながら頷くと、ダレンは真顔で話を続ける。


「それで実際に見聞きしたことがなくても、過去に存在したり現在存在する加護について考えれば、他の者にその加護を行使できる加護をカイル様がお持ちなら、できるだけ有効に使っていただければと思いました。取り敢えず、その布は高く売れそうではありませんか?」

「え?」

「国境沿いで軍備にかなりの予算を割く必要がある上に、従来の施政者の放漫財政で、領内運営が滞っております。手早く特産品を開発し、経済活動を回していかなければ」

「ええと……、それは確かにそうだが……」

 思わぬ話の流れに、カイルは困惑した。しかしダレンは手にした冊子をパラパラと捲りながら、独り言のように自分の見解を口にする。


「《なんでも美しく輝かせる》加護もなかなか有効だが、《水脈や鉱脈を探し当てる》加護も掘れば出てくるようになるのだから、費用対効果が段違いだな。《鳥を操る》加護は害虫発生時に役に立つし、《距離や高さが分かる加護》なら測量の手間が省ける上、危険な場所での測量も瞬時に可能だ。これはなかなか面白いな。改めてじっくり読み込まなくては」

「…………」

 冊子に目を落としながら満足げに微笑むダレンを見て、カイルは無表情で黙り込む。そんな対照的な二人を眺めながら、ロベルトとメリアは囁き合った。


「そういう事か。凄いな、可能性は無限大か」

「でもダレンさん、カイル様を利用する気満々みたいですが……」

「まあ、悪事に使うわけじゃないし、それくらい大目に見ても良いんじゃないか?」

「それもそうですね。私利私欲に使うわけではなくて、領地運営のためですし。使えるものは使いましょう」

「とても本当の事は言えないがな。他の奴らに妬まれそうだ」

「当然ですよ。妬まれるだけならまだしも、自分の加護を奪われるかもとか、その加護で王位簒奪を企む筈だとか、邪推されたら堪りません」

「そういった馬鹿な言動をしそうなろくでなしが、この国には多いよぁ……」

「本当にそうですよね……」

 そこでうんざりした顔を見合わせたロベルトとメリアは、主君の気苦労を思い、揃って重い溜め息を吐いたのだった。









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