(4)一抹の不安

 納得はしたものの、年長者の子供達も養い親であるルーファスとリーリアとの別れは辛いらしく、入れ代わり立ち代わり二人を囲んで別れを惜しんでいた。その様子を若干不憫に思いながらカイルが眺めていると、ディロスが歩み寄って声をかけてくる。


「すみませんでした。全員に納得させたつもりだったのですが、僕の言い聞かせ方が足りなかったようです」

 その率直な謝罪に、カイルは苦笑しながら首を振った。


「あの子が最年少だろう? 理解できなくても無理はないさ。他の子は思うところはあるにせよ、大人しくしてくれているし。君は十分、良くやってくれているよ」

「ありがとうございます。それで、先程の話は……」

 声を潜めながら、ディロスが確認を入れてくる。それにカイルは、子供達の方に顔を向けたまま小声で応じた。


「大叔父上は王都を離れる気はないようだが、情報収集は密にしておく。いざとなったら縛り上げてでも、大叔父上を領地にお迎えするつもりだ。君もそのつもりでいてくれ」

「それくらいは考えていた方が良いですよね。僕は子供ですし、全面的にお任せします」

「まだ子供なのだから、そんなに深刻な顔をするな。例の予知の加護、必ずそうなるというわけではないのだろう?」

 ルーファスから断片的な情報しか貰っていないカイルは、慎重に探りを入れてみた。対するディロスは一瞬ピクッと反応したものの、傍目には平然として言葉を返す。


「そうですね……。現実になる可能性は高いですが、本当に単なる夢だった場合もあります」

「なるほど。寝ている間に、夢の状態で視えるわけだ。確かにそれでは、普通の夢と区別がつきにくいよな……」

「本当に、微妙過ぎるし厄介で面倒な加護ですよね……」

 いかにもうんざりとしている口調で零された愚痴に、カイルは思わず失笑してしまった。

 

「そう言わずに。なるべく危険は回避するように尽力していく。私は頼りなく見えると思うが、幸い、優秀な部下に恵まれているんだ」

 そこでディロスが、呆れ気味に指摘してくる。


「そこで自分ではなく、部下の優秀さを誇るあたりが変わっていますよね」

「そうかな? まあ、王族としては、変わっている自覚はあったが」

「さっき僕の事を子供だと仰いましたが、伯爵だって俺と三歳しか違わないじゃないですか。年を誤魔化してませんか?」

「実年齢より老けて見えると、褒めてくれているのかな?」

 かなり失礼なのを承知の上で口にした台詞だったが、それを笑って返されたディロスは内心で苦笑した。


(本当にこの人は、王族としては人の良さが丸出しだよな。だから仕えてみろと、ルーファス様が僕に言ったんだろうけど)

 子供達の事やこれからの道中についての話をしながら、ディロスは今後自分が仕える主人の好感度が、更に増しているのを自覚していた。





 カイルが子供達との親睦を深めている間、リーンとダレンは、密かに別の仕事をしていた。

「リーン、どうだ?」

 年長者のダレンが、集中して黙り込んでいるリーンに声をかける。すると少しの間、周囲の人間の声を慎重に聞き分けていたリーンが、目を開けて報告した。

 

「確かに、不穏な連中が紛れ込んでいますね。『加護詐欺王子の分際でランドルフ殿下に恥をかかせるから、俺達がこんな面倒な事を』とか『どうして近衛騎士がガキの面倒をみなきゃいけないんだ』とか『さっさと片付けて帰ろうぜ』とか言っていました」

 長年ルーファスの下で働き、王族の人となりを熟知していたダレンは、苦々しげに舌打ちする。


「予想はしていたが、やっぱりランドルフの息がかかっていたか……。人数は?」

「今、俺が発言を確認した者は4人です」

「最低でも4人か。もう少しいるだろうな」

「アスランさんに聞いてきますか?」

 リーンの提案に、ダレンは真顔で首を振る。


「今聞いて、どうなるというものではない。お前だって正確な人数を聞いても、的確な対策は取れないだろう?」

「それはそうですが……」

「防御と対応策は、アスラン殿とサーディス殿に任せてある。私達は子供達に不測の事態が起こらないようにだけ、注意しておけばよい」

「はい。そちらに集中します。他の三人にも情報を共有しておきます」

「そうしてくれ。できるだけ子供達を危険に晒さず回避するよう、カイル様の指示が出ているからな」

 水面下での不安要素を抱えながら、刻一刻と出発の時が近付いていた。




「それではルーファス様、リーリア様。失礼いたします。子供達はお任せください」

「ああ、頼む」

「カイル様も、道中お気をつけて」

 出立の準備が整い、最後にカイルは大叔父夫妻に別れを告げた。それにルーファスは重々しい威厳を醸し出しながら、リーリアは涙ぐみながら応じる。


「ルーファス様、リーリア様! お元気で!」

「お手紙、書きますね!」

「あそびにきてねー!」

「おい、お前達! 乗り出し過ぎて、馬車から落ちるなよ!?」

 ゆっくりと馬車が動き出すと、乗り込んだ幌馬車から子供達が次々と身を乗り出しながら、別れの言葉を叫ぶ。一行が門を出て、王都の街路を進み始めると、カイルは少々感傷的になっていた。


(傍から見たら都落ちだが、いつかはこうなる予想はしていたからな)

 自らの境遇を多少は悲しむ気持ちはあったが、それよりも今後の困難の方に目を向けざるを得なかったカイルは、馬車の中で一人、気を引き締めていた。

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