弾雨に踊れ、エンターテイナー!

岩井喬

第1話【第一章】

【第一章】


 ある年の六月。関東地方某所。

 山岳地帯の曲がりくねった道路を、一台の軽自動車が夜霧を切って爆走していた。

 豪雨で滝のようになった下り坂を、勢いよく下りていく。


 見た目はただの、よくある軽自動車。だが、その後部座席にはたんまりと『ブツ』が積載されていた。


『ブツ』――その正体は、相当量の爆薬だ。破壊力は抜群である。だが、そんなものを積んでいることを気負う様子もなく、前席の二人はさもどうでもよさそうに会話を始めた。


「だからさ、最近の若いのは数字に踊らされてんだよ」


 咥え煙草を窓の外に吹き出す年嵩の男、権田を見ながら、運転席の安野は何とはなしに呟いた。


「数字、ですか」

「TwitterだのFacebookだの、誰に何回見られたかなんてチマチマ確認せにゃならん性分、俺には理解できんな」

「まあ、権田さんも人生折り返しですし」

「あ?」


 煙草を車外に放りながら、権田は安野を睨む。元・暴力団幹部という異色の経歴を持つ権田宗次郎の睨みには、得も言われぬ迫力というか、心の底から恐怖を覚えさせる力がある。額から鼻先にかけて走った斬り傷がそれに拍車をかけていた。


 一方の運転手、安野立己は、その外見はひょろっとしていて、眼鏡をかけていることもあって気迫に乏しく見える。現在都内某大学の大学院生という肩書を持っていて、専攻は理工学部・素粒子研究科。博士課程だ。

 

 これほど外見にギャップのある二人組は珍しいだろう。安野が権田に恐怖を覚えないのは、安野が権田を見慣れているからだ。


 権田が無精髭でざらざらした顎を撫でていると、二人がそれぞれ装備しているヘッドセットに通信が入った。


《ゴンちゃん、タっちゃん、聞こえる?》

「あー、聞こえるぜ、姐さん」


 妙に色っぽい女性の声に、権田はさもつまらなそうに応答する。


《ミっちゃんの仕掛けが終わったわ。もう車に乗っている必要はありません。適当なところで降りて頂戴。あとは、ミっちゃんが衛星経由で車を操縦するから」

「了解です、姐さん」


 言うが早いか、安田は後部座席に置いたバックパックを引き寄せ、背負う。隣では、足元から同様のバックパックを出した権田が同じようにそれを背負っていた。柔軟性と頑強さを兼ね備えた、軍事用の装備だ。もちろんその中身も。


「さて、準備完了っすよ、姐さん――いや、『エンターテイナー』殿」

《ちょっと待って。『エンターテイナー』は私たちのチーム名! ミっちゃんのことも忘れないでくださいよ?》

「へいへい、仲間思いなこって」


 そう呟きながら、権田は慣れた手つきで格納していた狙撃銃を展開。手早くスコープを取り付け、ストックを畳んで一旦小回りが利くようにしておく。

 

 一方の安野。得物は自動小銃だ。弾倉に弾丸がフルに詰まっていることを確認し、ばちんと小銃本体に叩き込む。初弾を装填し、こちらも一旦セーフティをかける。

 と、その時。


《あ、権田さん、安野さん、聞こえますか?》


 姐さんと呼ばれたのとは異なる、若い女性の声がヘッドセットから入ってきた。


「うん、大丈夫だよ、瑞樹さん」

「どこでも降りられるぜ」

《このペースだと次のカーブで減速しますので、そこで降りてください。敵の警戒もかなり厳しいですから、停車はできないですけど》

「構いやしねえ。どうせこの車に乗ってたところで、特攻と変わらねえからな」

《まあ、そういうことです。では、減速までのカウントダウンをしますね。……五、四、三、二、一!》


 ミっちゃんこと帆山瑞樹が、零! と叫んだところで、権田と安野はドアをぶち破らん勢いで開き、その身を山道のアスファルトに転がらせた。


「さてと、ショータイムだな」


 巧みに受け身を取った権田が呟く。道路の反対側では、既に安野が臨戦態勢だ。

 二人の視界から、遠隔操縦された軽自動車が遠ざかっていく。そのままカーブを曲がり切らず、ガードレールを破って崖下に落下。


 盛大な爆炎が轟音と共に立ち昇ったのは、それからさらに数秒後のことだった。


「行くぞ、安野」

「無理はしないでくださいよ、権田さん」

「へっ、てめえみてえな若造に心配されるほど歳食っちゃいねえよ」


 二人はまるで体操選手のような身のこなしで、軽々と斜面を下り、今回の殲滅ターゲット――製薬会社を偽装した違法薬物の製造施設へと駆け出した。 


         ※


「よっと! ここいらでいいか」


 相変わらずの豪雨の中、権田は斜面を駆け下りながら立ち止まった。安野の肩を叩く。すると安野は無言で頷き、自動小銃のセーフティを解除しながら燃え盛る炎の方へと駆けていった。


 今肩を叩いたのは、権田からのメッセージ。自分はここから援護射撃をするから先行しろ、という合図だ。

 しかし援護射撃をするにしても、この状況下で適した狙撃場所を見つけるのはなかなか難しい。

 土砂降りの雨天で、しかもよく滑る斜面の上という環境は、最も銃器の扱いに手間取る環境と言える。


「さて、足場になりそうなものは、っと」


 権田は狙撃銃を背負い直し、右肩に吊ったホルスターから大型の拳銃を取り出した。

 否、これは拳銃の形をしたワイヤーガンだ。目の前の給水塔を見上げ、素早く状況を吟味した権田は、給水塔の上部先端に向けてワイヤーを射出。


 先端に取り付けられた最新型の吸盤が、しっかりと給水塔上部にくっつく。

 数回引いてびくともしないのを確認して、権田は吸盤とワイヤーガンを繋ぐ極細のワイヤーを握り込んだ。

 そのまま斜面から足を離し、反動で振り子のように揺れて給水塔に両足をつく。


 そこから先は、狙撃銃を背負ってのワイヤー上りだ。

 ふっ、ふっ、とリズミカルに息をついて、ぐんぐん上っていく権田。彼が給水塔の上部に達したのは間もなくのことだ。


 凄まじい筋力を誇っているからこそできる芸当だが、それでも流石に心拍数は上がっている。


「ったく、若い頃のようにはいかねえか……」


 そうぼやきながら、権田は自動小銃を展開する。やや不自然な姿勢ながらも、多少のゴリ押しでどうにかしてしまうのが権田流だ。正規軍人にはできない芸当だが。


「さて、ここにいる奴らは安野と帆山以外ぶっ殺して構わねえんだよな」


 口角を上げ、唇を舌で湿らせる。闘争本能については衰え知らずな男である。


「さて、二人共上手くやれよ……」


         ※


 その二人のうちの一人、安野立己は、まさに軽自動車の落着した現場に到達していた。肩の高さに自動小銃を構える。

 まずは、今しがたの爆発でパニックを起こした違法研究員の排除。研究所の二ヶ所の出入口から、我先にと駆け出してくる。


 その人の列に向かい、安野は横合いから弾倉一個分の弾丸を見舞った。ほぼ皆殺し、それも瞬殺だった。

 通常戦闘では、敵の動きを封じるために腹部を狙うのが鉄則。だが、そんなまどろっこしい工程は安野には不要だった。驚異的な動体視力で、掃射しながら敵の頭部を貫通しきったのだ。


「さて、と」


 二つ目の弾倉を小銃に込めつつ、ようやっと安野は緊張感を全神経に張り巡らせた。


 問題はここから。この施設のデータは確保しておきたいが、人質を取る余裕はない。さっさと一階を制圧し、施設地下の違法薬物精製プラントに潜入している帆山と合流。そして犯罪者共を仕留めなければ。


「反対側の入り口は権田さんが押さえてるはずだし、行くか」


 軽自動車に特攻させたのは、施設の破壊ではなくパニックをもたらすのが目的。破壊力はあったはずだが、地下にまで打撃を与えられたかどうかは定かでない。


「こちら安野、権田さん、聞こえます?」

《ああ。逃げ出してきた連中は全員仕留めた》

「へえ、なかなかやりますね」

《お前、若いもんのくせに減らず口を……。俺の腕前はいっつも見てるじゃねえか》

「まあ、そうっすけど」


 返事が上の空だったのは、一階の警備員と交戦に入ったからだ。

 入口のドアを蹴破ると同時に、物陰から覗いた敵の銃器が火を噴いた。このままエントランスに突っ立っていては蜂の巣である。


 安野は身を翻し、やれやれと一言。くるりと一回転して壁を遮蔽物にする。〇・五秒ほど前に安野の姿があったところには、敵の銃弾が情け容赦なく殺到する。


「帆山さん、現在位置は?」

《……》

「帆山さん?」


 ううむ、彼女も戦闘態勢に入ったということか。ここは一人で乗り切るしかあるまい。


「コイツの出番かな」


 安野は口で手榴弾のピンを抜き、三秒数えてエントランスに放り込んだ。

 直後に響いたのは爆音――ではない。キィン、と耳を聾する音波と、眩暈をもたらすような真っ白い閃光だ。


 安野たちの立場からすれば、この施設で製造されている薬物の原料がどこからやってきて、どんなルートで売り捌かれているかを確認したい。

 だから余計な損傷をこの施設に与えないよう、殺傷用ではない、音響閃光手榴弾を使ったのだ。


「悪い薬剤師さんたち、ごめんなさいね~」


 サングラスをかけて閃光をしのいだ安野は、自動小銃を再びフルオートで掃射。広大なエントランスのリノリウムの床は、あっという間に血の海となった。

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