第2話 たりない秒針の刻み方

saido あーちゃん



「あーちゃんの夢はアイドルになることです!!テレビのまゆりんみたいな、かわいいアイドルになりたいですっ」


アイドルってほんとうに素敵なのよ。

テレビで観るあかりちゃんもまゆりんも、お姫様みたいなの。

キラキラしててかわいくって、あーちゃんもあんな洋服を着てみたいの。



静まり返る教室で、あーちゃんは国語の作文を発表しています。

担任の角田先生は片手に紙を持って、あーちゃんの発表をメモしています。

せいせき?をつけるためだと先生は言っていたけれど、今はメモするんじゃなくて、きちんとあーちゃんの発表を聞いて欲しいのだけれど…

なんてことを考えているとあっという間に発表は終わりになります。

原稿用紙1枚なんてやっぱり足りなかったわ。

本当はもっともっと夢があるのよ。

お花屋さんにメイクやさん。それにレジ打ちの人も楽しそうだしお姫様にもなりたいな……でも今日は一つだけっていう決まりだからアイドルにした。


教壇から降りて自分の席に戻るまでの道のりは、まるでランウェイのよう。

背筋を伸ばしスカートのフリルをなびかせるように足を踏み出すのです。

堂々と席に着くとパラパラと拍手が花を咲かせます。

でも、ちっとも嬉しくない。

だってクラスの皆はうつむいてたり頬杖をついてたり、その表情はつまらないニュース番組を見ている時のあーちゃんにそっくり。


(みんな私の発表なんて聞いてないのね)


最近の小学生はこんなものよ。

あーちゃんはもう大人の気持ちがわかるので仕方がないって納得します。

いえ、納得させるのです。

そうでないと瞳に溜まるばかりの宝石が零れてしまいそうになるから。


──────


「ただいまぁ」


林檎みたいに真っ赤なランドセルはあーちゃんが選んだお気に入りです。

それを部屋に座らせて、トタトタと手を洗いに台所へ向かいます。


「おかえり。あーちゃん、今日のお夕飯なんだと思う?」


フライパンを突きながらママがクイズを出します。


(油のパチパチする音、この匂いは……)


「んんー?……からあげっ!」

「正解!よくわかったね、すごいじゃん」


一瞬だけあーちゃんを見て微笑むママ。

今日はお化粧がかわいくってつられて笑顔になっちゃいます。


「だって、ママの居る方からからあげの音がするんだもん」

「そっかー失敗したな……あっそうだ!あーちゃん、今日の発表はどうだったの?」


上手くいった?

どうでしょうか。今回の発表は文も、声の大きさもカンペキだったと思います。

でも、みんなの反応は……

あーちゃんは張り切りすぎたのでしょうか。

明るくて優しい子にはたくさん友達ができるのでしょう?

そう思って精一杯頑張ったつもりなのに。


 あーちゃんにはまだ親友と呼べるお友達はいません。

仲良くなりたい子はいるのだけれど、私から話しかける勇気は今日で擦り切れてしまいました。

みんな誰かと一緒に生活しているのに、あーちゃんは1人。

いいえ、一緒には居るのです。けど心が離れているように感じます。

それは置いてけぼりにされたような、そんな気持ちになることをあーちゃんは知っているのです。


「……あ、、あのね!「ただいまー」

「あら、おかえり パパ」


言いかけていたのにパパが帰ってきてしまい、ここで終わりになってしまいました。

いつもはこんなに早く帰ってこないのに……

あーちゃんの前を横切ってパパが先に手を洗い、部屋の奥へ消えていきます。


「……おかえりなさい」

「今日は疲れたなぁ」

「そうなの、じゃあちゃんと疲れとってね」

「あぁ」


スーツを脱いでリビングを一回りするパパ。

スッと大人みたいな表情になるママ。


「………」



あーちゃんは知ってる。

ここに居るママとパパは普段通りだけど、昨日の夜も、そのまた昨日の夜も喧嘩してたこと。

あーちゃんは知ってる。

喧嘩の原因は、あーちゃんだってこと。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


午前中の授業は次で最後。

あとちょっと頑張れば給食の時間です。

気を抜いたらお腹が鳴ってしまいそうになるから、余計に頑張ろうって思わせてくれます。


「次は、国語ね」


たしか前回の授業で一区切りついたから、今回は新しいところに入るのよね。

教科書の準備をして、余った時間で絵を描くとしましょう。

しかしタイミングが悪いようで、授業の始まりを告げるチャイムが鳴ってしまい、先生が教室のドアをくぐり抜けました。


「じゃあ今日は予定通り新しいところに入ろう。教科書の34ページを広げて、あっあとノートも広げておいてください」


なぜ勉強をするのでしょう。

早く家に帰ってプリチャーズを観たいのに……


「えっと一応話を理解するために、みんなで丸読みするか。じゃあ青木さんから読んでいこう」


あーちゃんは名前順だと真ん中ら辺だから、すぐに番は回ってこない。

隣の席の子は、順が遅いから気を抜いて居眠りをしているけれど、急に自分の番になって「教えて」なんて言われても、自業自得だと思うの。絶対に教えてあげない。

あーちゃんは、真面目だからしっかり文字を目で追います。


だんだんと順が回って、ついに目の前まで来ていました。言い間違えないように、読めない漢字がないか、などさりげなく確認します。

ちょっとドキドキするのは慣れません。

あ、前の子の番が終わった。

次はあーちゃんの番 。

(“朝がやってきました ” うん。言えるわ )

、、






















「っあ っ。っ朝がっ、っ」

「っ、っぁあ」


……なんで、なんで声が出ないの?

くるしい。まるで、喉に食べ物が詰まった時みたい。

わかっているの。

分かっているの。

読むところは分かっているのよ。

……なのに、言えないの

分かっているのに!!




「“ 朝がやってきました”のところですよ。よそ見していないで、しっかり目で追って集中してください」


え?

……あーちゃん、知ってたわ。読むところなんて知ってるわ!

でも言えなかったの

声が出てこなかったの!!


「ふっ、ちゃんと集中しなよ」


笑い混じりに隣の席の子が言います。

ああ、消えてしまいたい。


おニューのふりふりスカートは小さな手によって、強くしわになって残っていました。


それから次の日も、またその次の日も、授業であーちゃんの声は出なかった。

理由なんてわからない。

これじゃあまるで声を奪われた人魚姫ね。前に図書館で読んだお話にそっくり。

あーちゃんは、声と代償に何を望んだのかしら。


こんなのただの「呪い」よ



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