第66話 遥か遠き星に願いを

 side.カリン


 ケート達がログアウトしてから、数時間が経った。

 時間を見れば、ゲーム内では二日目の夜8時前……つまり、リアルでは深夜3時前ということだ。


 やっている作業もキリが良いし、ここらで一度ログアウトして、頭と体を休めた方がいいだろう。

 そう思ってミトへと近づけば……ミトは真剣な顔で作業を続けていた。


「ミト」


「……」


「……ミト、ミト!」


「え? あ、はい!」


 久しぶりに出した大きな声で、ミトは振り返ってくれたものの……私は肩で息をしていた。

 声を出すのは……疲れる……。


「え、えっとカリンさん?」


「……時間」


「あ、はい。えっと、もう少しだけ作業しても良いですか?」


「理由」


 苦笑がちに願いを口にしたミトへ、私は淡々とそう返す。

 理由なんて訊かなくても分かっているけれども。

 ……だって、同じ生産プレイヤーだから。


「もう少しで何かが掴めそうなんです。その、成功するかは分からないんですが……」


「……ダメ。寝て」


「で、でも」


「倒れる。ミトが言った」


 私の言葉に、ミトはぐっ……と言葉に詰まる。

 そう、それはミト自身が言った言葉。

 『寝る時間も最小限とか、絶対にダメですから』という、ある意味呪いのような言葉だ。


「それは、そうですけど……」


 しかし、納得ができないという気持ちもまた、よく分かる。

 だからこそ私は、大きくため息を吐いて「ミト」と声をかけた。


「外、ついてきて」


「え? か、カリンさん!?」



 イーリアスの街をトコトコと歩くこと十数分。

 私達は、とある建物の屋上へと来ていた。


「えっと、カリンさん?」


「ん。隣」


「あ、はい」


 イーリアスの街は、周辺が荒野なこともあって石造りの家が多く、こうして屋根の上に敷物をひいて寝転がることもできるのだ。

 そうして見上げた空は、真っ黒な布を被せたみたいに黒く……そして、その中で、たくさんの星が輝いていた。


「わぁ……! 綺麗……」


「ん」


 満天の星空に、ミトは声を上げ、楽しそうに頬を緩ませる。

 その姿に、私は少しホッとして……「星座」と指を動かした。


 なんでもこの世界にも星座があるらしく、【天体観測】スキルを持っていれば、なんとなく星座の場所が分かるらしい。

 もちろん趣味スキルとして扱われているため、持っているプレイヤーは少ないみたいだが……その数少ないプレイヤーが、毎日のように掲示板へ写真を上げてくれていた。


「星座、ですか?」


「ん。アレが、サイ」


「サイ!?」


「あっち、サボテン」


「サボテン!?」


 星座を指さすごとに、ミトが驚いて、首を左右に振る。

 そんな様子がおかしくて、私はつい「ふふっ」と声が出た。


「……最近、カリンさんが笑うこと、増えましたね」


「ん?」


「だって今日も笑ってましたし、この間だって」


「ん。不思議」


 そう、不思議。

 でもその変化は……嫌じゃない変化だから。

 少しだけ嬉しくも感じてる。


「あの、どうして急に天体観測なんですか?」


「好きだから」


「え?」


「星」


 きっかけは、父が依頼を受けて直した天体望遠鏡を覗いたこと。

 キラキラと輝く星が、まるで父や母が手がけたモノ達のように思えたから。


 目を向ければ見えるのに、手を伸ばしても届かない。

 そんな……憧れてしまうほどに輝いて見えたから。


「遠くて届かない。でも、目に見えて……いつだって輝いていて、いつかあの光に負けないくらい、私は輝きたい。輝かせたいって思ってる」


「カリンさん……」


「私だってまだ道半ば。父や母には遠く及ばない。強く輝く二人に、もっともっと近づこうと思っているけれど……近づけば近づくほど、輝きの強さを実感する」


 その感覚を初めて得たとき、悔しいと、正直に思った。

 そして同時に、負けたくないと……追いついて、追い抜いてみせると、心に決めた。


「だから星は好き。私に熱をくれる。希望と、原点を、思い出させてくれるから」


「……じゃあ、私にとっての星は、カリンさんですね」


「……?」


「すぐ近くにいるのに、すごく遠くに感じる。背中を追っているはずなのに……追いかけるほど、更に距離を感じるんです」


 顔も見ずに、夜空を見上げながら、ミトは口を開く。

 だから私も、ミトの方は向かず……ただ星の光を視界に入れて、その声を聞いた。


「すごいなって。あんな風になりたいなって……いつも思ってます。どんなに難しくても、ワクワクした熱を瞳に宿して、素材と語り合う……そんなカリンさんみたいになりたいのに、遠い。すごく遠くに感じるんです」


「ミト……」


「私、どうしたら良いんですか? たくさん、ほんとに沢山失敗してるのに……全くわからないんです。ケートさんにも、カリンさんにも助言してもらったのに……全然掴めないんです! もう、もうどうしたらいいのか」


 動かないのに、声だけは震えて……泣いているのかもしれない、いや、なんとか押しとどめてるのかもしれない。

 そんなミトが心配になって、顔を向けようと思い……私は向けることをやめた。

 その代わりに、そっと手を伸ばす。


「カリン、さん……?」


「ミト、大丈夫。大丈夫、進んでる。きっと進んでる。だから、大丈夫」


 ギュッと握った手に、想いを込めながら……私は何度も「大丈夫」と繰り返す。

 それから、私達はログイン規制でログアウトされるまで……ずっと二人で空を見上げていた。


 大丈夫。

 だから、今はゆっくり、頭と体を休めて。

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