第62話 値段をつける責任を
「そ、それで帰ってこられたなら、良かったじゃないですか」
「それはそうなんだけど……釈然としない」
「だにゃー」
カリン達の共有作業場に戻ってきた私達は、発見した空中神殿と、その後に起きた不思議な出来事をミトに話していた。
ちなみにカリンは集中して作業をしてるらしい。
「あ、そうです。ケートさんにお願いされてたもの、完成しましたよ」
「ありがとーう! 効果はどんな感じなのかにゃ?」
「リアルでもよく見る霧吹きタイプです。プラスチックは作れなかったので、カリンさんが息抜きにポーション瓶を利用して、鉄の霧吹きを作ってくれました」
「お、おお……作りが本気過ぎるぜい」
一本につき、大体20回程度の霧吹きが可能で、使用する時は、全身に3回から5回程度吹き掛けるのが効果的らしい。
ケートが試しに1回シュッとすると、周囲に細かい水滴が飛び……せっけんのような清潔感ある香りが広がった。
……香水?
「これなら使うことがあっても、なんとかなりそうだにゃー。っと、お支払はいくらですか?」
「えっと、素材代が全部で1,500リブラですので、素材代だけ頂ければ」
「いや、それはダメだにゃー」
「ん、ダメ」
「カリンさん!?」
いつの間にかすぐそばに来ていたカリンが、ケートとミトの話に口を挟む。
そしてさも当然のように、「ひとつ1,800。合計5,400」と金額を指定した。
け、結構上がったね?
「え、それでも安くないかにゃ?」
「あれ? そうなの?」
「ミトちゃんの調合してくれた薬はともかく、リンの霧吹き機構が精密すぎるんだにゃー。だから、技術代含めると安い気がするぜい?」
「構わない。特別価格」
そう言ってカリンは静かにお茶を飲む。
まあ、作った本人がそれでいいって言ってるならそれでいいんじゃないかな?
「まあ、仲間内だけの特別価格ならいいけど……外にはこの値段で出したらダメだからね? 出すとしても、霧吹き機構なしでひとつ1,500が妥当だぜ」
「そ、そうなんですね」
「基本的に、ゲームプレイ中は臭いって気にならないんだけど、それはごく一般的なモンスターや、プレイングの人だけ。もしこの先、ゾンビやヘドロみたいな悪臭を放つモンスターがいたら、こういった薬は一気に需要が高まる。その時に安く出しすぎてると、転売や買い占めが起きちゃうかもだからさ」
ケートが言っている意味が分かったのか、ミトは真剣な顔で頷く。
たしかに、今まで臭いや香りが鼻についたのは、喫茶エルマンの商品や、ミトのジュースとかくらいだ。
けれどそれは、良い香りばかりだったから、そこまで気になってなかった。
でも、これが悪臭だとしたら……気にならないわけがない。
服についた臭いとか、髪についた臭いとか、洗い流しても消えない臭いっていうのは、どうしても存在する。
それを思えば、この薬で、軽く吹き付ければ消えてしまうなら……その需要は計り知れないものがあるはず。
きっとケートはその時のことを、すでに考えてるんだろうなぁ。
「というわけで、全部で5,400リブラっと」
「はい、確かに。でもケートさん、それ、いつ使うんですか?」
「んー……まあ、バラしちゃってもいいかー」
ケートは頭を掻きつつ苦笑して、「実は、ボスっぽいモンスターを見つけちゃったんだよね」と言葉にした。
……え?
ボスっぽいモンスターを見つけた?
「け、ケート? 見つかってないって言ってたよね?」
「うん、言った。ちなみに、今現在も掲示板とかでは見つかったって報告はゼロだにゃ」
「え、どういうこと? 見つけたの? 見つけてないの?」
ケートがミトに薬の依頼をしたのは、勉強会をした日の前日。
つまり、リアル二日前だ。
で、その時点で見つけちゃってた?
「正直に言えば、まだボスかどうか分かんないんだよね。遠目でチラッと見えただけだから」
「えっと、それはいつ?」
「サボテン狩りから戻ってくる途中にゃ。ナイン君がサイに吹っ飛ばされたのを助けた時だにゃー」
「ああ、あの時」
通りで、少し反応が変だと思った。
あれって照れてたわけじゃないのか……。
「モンスター報告にも載ってないモンスターに見えたから、たぶんボスなんだろうなーって。んで、帰りつつネットで色々調べて、行き着いた先が、まあ……スカラベかなって」
「スカラベ?」
「タマオシコガネ」
「え?」
ボソッと呟かれた言葉に、私はカリンへと顔を向ける。
しかし、当の本人は我関せずといった感じに、のんびりお茶を飲んでいた。
ぐぬぬ。
「にゃはは……タマオシコガネはあんまり一般には浸透してないと思う方の名前で、浸透してる名前としては……フンコロガシにゃ」
「ふん、ころがし」
「そう! 糞を転がすやつにゃ!」
「……うわぁ」
それって絶対臭いやつじゃん。
いやだなぁ……近づきたくないなぁ……。
「そんなわけで、ミトちゃんに消臭剤を作ってもらっていたというわけですにゃー」
「聞きたくなかった。そんな話」
「何を言っとるんですか、セツナはん。あんさんが斬る相手でっせ」
「絶対嫌」
にやにやと笑うケートから顔を背けて、絶対拒否の姿勢を貫く。
そんな私の背後からケートはガバッと抱きついて、耳元で「セツナが頼りなんだせ」とか、言ってくる。
卑怯、それ卑怯だから。
「でも、嫌」
「えー、セツナと一緒にやりたいなー。やーりーたーいーなー!」
「……はあ。どうせ嫌って言っても騙してつれていくんでしょ?」
「にひひ、バレた?」
「バレバレよ、全く。仕方ないわね」とか悪態つきつつも、顔は少しだけにやけてしまう。
臭いとか汚いとか分かってるけど……ケートに頼られるのは、なんか嫌じゃないから。
「よーし、じゃ、ナイン君の装備が完成したらいこうぜ!」
「……前言撤回。絶対いかない」
「うぇ!?」
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名前:セツナ
所持金:210,740リブラ
武器:居合刀『紫煙』
防具:戦装束『無鎧』
所持スキル:【見切りLv.4】【抜刀術Lv.15】【幻燈蝶Lv.4】【蹴撃Lv.7】【カウンターLv.9】【蝶舞一刀Lv.10】【秘刃Lv.2】【符術Lv.1】
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