第50話 もうひとつの世界

 side.カリン


 ナインの依頼で、はからずもボスモンスターの素材を扱える機会が来てしまった。

 しかも、これで二回目。

 あまりにも嬉しすぎて、ちょっと笑いがこぼれてしまいそう。


「……ふふふ」


「か、カリンさん……!?」


 ……本当にこぼれるとは思ってなかった。

 なんだろう……最近、感情が漏れることが増えてきてる気がする。

 良いことなのかもしれないけれど、知らないうちに自分が変わってきてるみたいで、それは少し怖いかもしれない。


「カリンさんが笑ってるの、お肉の時以外では初めてです」


「ん、そう?」


「はい! だからちょっと驚きましたけど、嬉しいです」


「……?」


 その感想はちょっとよく分からない。

 でも、嬉しいと思ってくれるなら、それは良いことなんだろう。


「でもナインさん、すごい人だったんですね。最初、土下座しかしてこなくて、どうしようかと思ってたので」


「土下座?」


「はい。全然話を聞いてくれなくて、もうどうしようって思って、ケートさんに助けをお願いしたんです。そうしたら、なぜか決闘になっちゃいましたけど」


「……ケート、らしい」


 そう、その流れはすごくケートらしい。

 あの場に私が呼ばれたのは、ケートから『面白いものが見られるにゃー』という、簡単なメッセージと場所を貰ったからだ。

 だから一応と思って向かったんだけど……本当に、面白いものが見れたのは驚いた。


 あんな戦いかたをするプレイヤーの装備を作れる。

 これは、すごく生産職冥利に尽きるというもの!

 ただ、少し……。


「ふ、ふふ……」


「あ、また。無表情じゃなかったら、もっと良いかもですけど……」


 ミトが苦笑してるのが見えたけど、私は溢れる笑いを止められなかった。

 ……やっぱり、すこし変わってきてるのかもしれない。

 いい方向かどうかは、分からないけれど。


「え、えと、カリンさん。ナインさんの装備は、どういった感じにする予定ですか?」


「……隠密特化。スキル」


「なるほど。確かに、ナインさんのスキル構成や、ナイトメアバットの特異性を鑑みても、隠密特化が理にかなってますね」


「ん」


 それにしても、ミトはすごい。

 まだ出会ってそんなに経ってはいないはずなのに、私の言いたいことをキチンと理解してくれる。

 それも、今まで出会った人達の中でも、特に短期間で。


「でしたら、黒系の染色液が必要になりますよね? 【錬金術】で作れないか試してみましょうか?」


「ん。お願い」


「わかりました。えっと、希望の効果はありますか?」


「消音、認識阻害、気配遮断?」


 隠密特化といえば、そういったものが必要になってくるはず。

 特に、ナインの使う【影走術】は、身を影に隠すスキルといった感じだった。

 スキルの特性としては、セツナの【幻燈蝶】と似たようなスキル、かな?


「む、難しそうな効果です~」


「できればでいい」


「いえいえ、頑張ります! でも気配遮断……あ、そうです! ちょっとあの人に聞いてみます!」


「……誰?」


 悩んでいたかと思えば、いきなりメニューを操作し始めたミトに、私は首を傾げる。

 するとミトは、どこかへとメッセージを飛ばしたあと、私へと振り返り、「忍者さんです」と、苦笑するのだった。



 ガリガリと試作用の布に木炭で線を引きつつ、私は小さくため息を吐く。

 作業場の中には私一人だけ。

 なぜならあの後、ミトは大慌てで「今なら会えるということなので、行ってきます!」と作業場を出ていってしまったからだ。


「変」


 一人の作業は慣れているはずだった。

 『バニグロ』前のゲームでも、作業はずっと一人でやってきた。

 でもなんだか、作業に身が入っていない気がしている。

 ……いや、そんなことはない、線はしっかり引いてあるし、形も想定通り。


「変」


 ただ、そう、少し変なのだ。

 どうしてかは分からないし、なんでかも分からないけれど、ただ少し変なのだ。

 仕事はできる、問題はない。

 でも、いつもよりも仕事が進まない、ちょっと問題がある。


「変」


 そう、だからすこし変な気持ちだ。

 いままで生きてきて、ずっと感じたことのない、すこし変な気持ちだ。

 だからちょっとおかしくて、すこしだけ笑ってしまった。

 ……怒っている気もするのに、変な気持ちだ。


「戻りました、カリンさん! 染色液のこと、どうにかなりそうです!」


「ん」


「カリンさんも進んでます? わ、もう試作の型作ってるんですか? 早いです!」


「ん」


 やっぱり、変な気持ちだ。

 ミトがそう言って微笑んで、すぐに「私もがんばります!」と、気合いを入れる。

 そんな景色を見ただけで、不思議と消えてしまうから。

 すごく、変な気持ちだ。


「あ、カリンさん。今回はひとつだけお願いがあります!」


「……なに?」


「今回は、ちゃんと寝てくださいね! セツナさん達の装備を作ったときみたいに、寝る時間も最小限とか、絶対にダメですから!」


 ぷりぷりと怒るミトに、私の心は不思議と暖かくなる。

 なんだろう、変な感じ……でも、嫌じゃない。

 だから私は、ちょっとだけ熱い顔を見せたくないような、そんな不思議な感覚に身を預けるように……背を向けて「ん」とだけ頷いたのだった。

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