第16話 ボス前の準備は全力で

 あの後、初めての死に戻りを経験した私達は、虚脱というあり得ないほどに身体を動かすのが怠い症状に苦しみながら、普段の二倍以上の時間をかけてカリンの作業場に戻っていた。

 風邪とかインフルエンザとか、そんなレベルじゃない。

 あれはたぶん何かに取り憑かれてるレベルだった。


「……とまぁ、そんな感じで死んできた」


「ん」


「え、えええ……サービス開始初日で第一層のボスに挑戦……? 私がおかしいの? カリンさんは、なんでそんなあっさり受け入れれるの?」


「慣れ」


 机に突っ伏したケートの報告に、ミトが信じられないからか挙動不審に。

 でも、カリンはいつもと変わらず作業に集中してるんだよねー。

 カリンの言うとおり、慣れなんだろうけど。


「リンー、防具はリアル明日だっけー?」


「ゲーム内、明日夜」


「りょうか~い。じゃあ、再挑戦はその後かなー」


「ん」


 カリンとケートが予定をすりあわせている間、ミトはブツブツと一人で呟いていた。

 ちょっと心配になった私が声をかけようとした瞬間、「あの!」とミトは大きな声を上げて、椅子から立ち上がった。


「もしかして、お二人って……ボスを倒したっていう……」


「あれー? 言ってなかったっけー? そうだよー」


「あのアナウンス、ミトさんも聞いてたんだ」


「そ、そうだったんですね。同じ名前だなぁ……とは思ってたんですけど、まさか当人とは思ってなくて」


 「でも、それだったら納得です」と頷いて、ミトは椅子に座り直した。

 まあ確かに、ただの女の子二人が初日でボスを倒すとか考えられないよねー。

 スキルが無かったら私も死んでたし、それはそうだよねー。


「じゃあ私も明後日までに、作れるだけお薬作っておきます! MP回復ポーションも作り方が分かったので」


「やったー。それなら私も長期戦ができるー」


「でも良いの? 二人とも私達のサポートして貰っちゃってる感じだけど」


「ん。問題ない」


「はい! 生産プレイヤー冥利につきます、です」


 私の素朴な疑問に、二人はなんの迷いもなく頷いてみせる。

 その反応に首を傾げていると、隣のケートが「セツナはんセツナはん。わてらいくさもんと、あの子らは考え方っちゅうもんが違うんですぅ」と、しみじみ語り出した。

 なに、その口調。


「あの子らは、自分が輝くことはあまり考えとらんのですよ。戦に最大の力で臨ませることに、命賭けとんですわぁ」


「そ、そうなんだ。でも、その口調なに?」


「なんかそれっぽい感じの方が良いかなって思って。だめだった?」


「いや、別に良いけど……」


 それっぽい口調ってなによ。

 でも、まあ……本人が納得してるなら、私は良いかな。

 もちろん、その期待には応えないといけないけど。


 なんて、作業してくれている二人を前に気合いを入れた私を見て、にやにやするケートの頭を、私はぺちんと叩いておくのだった。

 前回よりもいい音がした。



 あれからリアル半日……つまり、ゲーム内でほぼ1日が経過していた。

 カリンとミトが一緒の作業場にこもって作業をしてくれている間、私とケートは、とにかく戦い続けていた。

 硬い敵を相手するということもあって、山にいるストーンゴーレムが主な相手ね。


「【蝶舞一刀】みずの型……『水月すいげつ』」


「オォォ……」


 シャッと空気を斬るような音が響き、横一文字いちもんじに引いた太刀筋から、まるで生まれるように青い蝶が舞う。

 私がそれに対して何も思うこともなく、ただ静かに刀を鞘へと納めれば、一刀両断されたストーンゴーレムが光になって消えていく。

 すでに何体目かは分からないほど斬っているため、今では狙わなくても弱点を斬れるようになっていた。


 【蝶舞一刀】が、型のスキルだということに気付いたのはストーンゴーレムを狩り始めて少したった頃。

 ケートが突然、「そういえばスキルは使わないのかにゃー?」と言い出したからだった。

 その後いろいろ試して、このスキルが刀で放つ技を集めたスキルなことが判明したのだ。

 ちなみに今はまだ、水の型『水月』しか使えない。


「はーい、おつかれー。まるで石切丸みたいだにゃー」


「いしきりまる?」


「石を斬っても折れなかった刀とかそんな話があるんだよー。ストーンゴーレムを斬っても、ビクともしないしねー」


「まあ、確かにすごい刀だけど……」


 鞘から抜いた紫煙の刃は、日の光を受けて薄く揺らめく紫の刀身を輝かせる。

 見るだけでも業物と分かる代物に、私はつい笑みを浮かべてしまった。


「こわこわ。あの人、刀を見つめて笑ってますよー」


「あ、け、ケート!」


「ふへへ、冗談でござる~」


 山道をぴょんぴょん跳ねて逃げるケートを、刀を鞘に戻して追いかける。

 しかしすぐに「およ?」とケートが立ち止まり、私はその背にぶつかった。


「あたた……ケート、どうしたの?」


「にひひ。カリン、防具出来たってよ」


「お、じゃあ戻らないとね」


「うむうむ! ものども、いそげー!」


 そう言ってまた走り出したケートの後を、私は苦笑しつつ追いかける。

 ほんと、楽しそうにゲームしてるなぁ。



 そして数十分ほど駆けて帰ってきた私達は、今……カリンの仕上げてくれた防具に身を包み、カリンへと土下座をしていた。

 いや、なんか出来が良すぎて、ただのお礼じゃ足りない気がしたので。


「ん、充分」


「えへへ、リン本当にありがとうね! めちゃくちゃ軽いのに、すごい良いよ!」


「ん」


 頭を上げてちゃんと立った私達に、カリンも満足げに頷いてくれる。

 本当にカリンの装備はすごいのだ。


 ケートの装備は白を基調として、中指のリングに繋がるレースのアームカバーにノースリーブのチョーカー付きキャミソール。

 そして、動きやすさ重視のアシンメトリースカートは、膝上辺りをキープしていて、とても可愛らしい形だ。

 靴も白を基調としたヒールのあるブーツで、薄緑で蔦のような模様が入ってるのがすごく綺麗。

 そして最後に、ブーツと同じく、蔦のような模様が入ったローブを着れば……完成!


「あ、しかもこれもしかして……」


「魔法陣、セット効果」


「うわ、すごい手が込んでる」


 どうも魔力を込めると、服全体に蔦のような緑の模様が入り……防御力と回復力を高める効果が出るらしい。

 なんでも、キングフロッグの皮が、魔力を通して流しやすい素材だったらしく、それを流用したとか……。

 しかもミトに協力してもらい、染色に使う染色液に、MP回復ポーションの素材を入れ込んだとかなんとか。

 いや、どう考えても一級品になってるってことじゃ……。


「でもそれが、ケートの防具だけじゃないんだよねぇ……」


「セツナのもいいよね! かっこいい!」


「イメージ、武者」


「うん……どうみてもそうだよね」


 ケートと同じく白を基調にしているものの、私の防具は和風……行ってしまえば羽織と袴だった。


 紫煙と合わせたのか、薄紫の煙が舞い上がるようにグラデーションになっており、その中を赤い蝶が飛んでいる。

 そして、しっかりと防具として考えられているからか、刀を差している左側……つまり、左肩と左腕には、鉄で出来た肩当てと小手。

 右側は特に何もないにしても、帯はちょっと硬く、なんでも軟鉄で編んだとか。

 戦いやすさを考えてか、下駄ではなくブーツになっているのが、なんというか芸が細かい。


「効果、認識阻害」


「あ、ほんとだ。動きが読まれにくくなるんだって」


「居合いな上に、さらに読みにくくなるとか……どうしようもないじゃん!」


「自信作」


「だろうね!」


 なんにせよ、私の装備もケートの装備もヤバいものだった。

 どう考えても、第一層ではオーバースペックだと思う。


「魔装『白地』はくぢ。戦装束『無鎧』むがい


「うん。受け取った! 改めてリン、ありがとー!」


「私からも、カリンさん、ありがとうございます」


「ん」


 私達からのお礼に、いつもの無表情で頷いたカリンは、ゆっくりと椅子に座り……横へと倒れていった。

 それを抱き留めたミトが、「ログイン時間ギリギリでやってたので、疲れが出たんだと思います」と微笑み、カリンの頭を自分の太ももの上にのせた。

 いわゆる膝枕だー!?


 知らない間に親しくなっていた二人に驚きつつも、ミトが出してくれた大量のポーション群を受け取り、私とケートは作業場を後にした。

 ……終わってみれば、装備よりなにより、膝枕のインパクトが一番強かった。


-----


 名前:セツナ

 所持金:3,530リブラ


 武器:居合刀『紫煙』

 防具:戦装束『無鎧』


 所持スキル:【見切りLv.1】【抜刀術Lv.8】【幻燈蝶Lv.2】【蹴撃Lv.4】【カウンターLv.5】【蝶舞一刀Lv.2】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る