第32話
俺は久しぶりに興奮していた。程よい緊張感と、緊迫感。多分、それを感じることができているのはこのコートで俺と沙和ちゃんだけだろう。俺は挑戦者という立場として、そして沙和ちゃんは年上としてのプライドとしてだろうか?
俺が沙和ちゃんから離れて、水分をとっている時に刈谷先輩が話しかけてきた。少しの笑みを含んだ様子だったので何か良からぬことを考えているようだということは想像がついた。
「なんか気合入ってんな。てっきり、沙和ちゃん相手だから手を抜こうとでも考えているのかと思っていたんだがな」
「そんなことないですよ。沙和ちゃんは強いですし、俺の師匠なんですから」
「じゃあ、その師匠に見せつけてやらねえとな」
そんな言葉だけを残して彼はコート上に戻っていった。俺はそんな先輩の背中を見ておいた。俺もスクイズをひと絞りしてから向かった。
ジャンプボールで試合が始まる。最初にボールを持ったのは沙和ちゃんだった。試合を作るようにボールを回す。明らかに沙和ちゃんが入ってから流れが変わった。俺がマンマークにつきに行く。
安易に手を伸ばすことはできない。飛びつくと躱される。そんな気がした。
「いくよ」
その一言と同時にドライブで切り込まれた。両足がそろってたために、完全に外された。そのままの勢いのまま、ゴール下へ。そして、レイアップを決めた。さすがのうまさだった。わかっていても止められない。
その瞬間に歓声が上がった。一度も外されていなかった俺が完全にしてやられたというのもあったが、それ以上に彼女の世界が展開されたことへの歓声が大きいのだろう。
「まだまだだねー」
そういって、沙和ちゃんは笑いながら自分のコートへと帰っていった。悔しい気持ちもあったが、うれしい気持ちもあった。小さい頃はやはり手を抜かれているという感覚があった。しかし、今回は違う。本気で向かってきているんだ。
「沙和はやっぱりうまいだろ。女バスではエースなんだぜ。さあ、次はお前の番だぜ。かまされたまんまじゃ、たまんねだろ?」
「そうですね……、行きましょう」
ボールは一度、刈谷先輩に渡して駆け上がる。案の定、俺に沙和ちゃんがマークをついてくる。しかし、やはり身長差がある。ミスマッチに変わりはない。刈谷先輩からのドンピシャのパスが来る。
バックステップを踏んで、彼女から間をとる。彼女と向き合った。俺の磨きあげたテクニックを出してやる。ボディフェイクで、彼女の体を揺らす。その一瞬をつく。そのままドライブで侵入するはずだったんだ。計画は完璧。後は沙和ちゃんにかっこいい姿を見せつけるだけだった。しかし、次の瞬間には俺の手元からボールが消えていた。
「スティール!」
その声と同時に何が起こったのかを理解した。俺が気づいたときには、沙和ちゃんは俺の半歩先にいた。止めなければいけない。そう思ったが、おそかったんだ。最後列で奪われたために、あとは決められるだけ。あきらめていたが、俺の横から、目にも止まらない速さでゴリラが走っていった。
「沙和ーー!あいにく俺は金欠なんだよぉおお!」
その声と同時に刈谷先輩は沙和ちゃんのシュートブロックに入った。タイミング的には間に合わないはずだったんだが、彼の気迫に押されたのか一瞬スピードは緩んだ。そのために、間に合った。
「「「「オオおおおおおおーー!」」」」
歓声が上がった。俺のその中の一人だった。
俺はあきらめていたが、彼は気持ちで二点を守ったのだ。俺が守備のために戻ると刈谷先輩が声をかけた。
「お前、沙和相手にかっこつけてやろうとしただろ?」
「はい」
俺は言い返すこともできなかった。だってそうだったのだから。怒られるのか、そう思ったが彼は笑いながら言った。
「かっこよくしようとするんじゃなくてな、かっこ悪くてもいいからと割りきれた瞬間に人というのはかっこよくなるんだよ」
「だからさっきの刈谷先輩はかっこよかったんですか?」
「そうだな。俺はお金というもののおかげで部長という尊厳を捨てたからな」
そういって笑った。次にとる俺の行動は決まった。
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