すれ違う想いから……

鷺島 馨

すれ違う想いから

 最近、私と彼は何かと上手くいかない。

 タイミングが合わない事も多く、ここのところ一緒に過ごしていない。

 それを辛いと思わなくなっているのは、それなりに長くなった付き合いのせいなのか、それとも………

 今日、私の予定が空き彼の元に行こうと連絡をすれば『これから出かける』と返信。タイミングが合わない。

 仕方なく女友達に連絡を取ると『これから飲みに行くけど、来る?』とお誘い。

 最近みんなで集まってないなあと了承を返す。


 指定されたお店に入り店員さんに予約している友人の名を告げる。

 通された部屋の中には女友達3人と男の子が2人。

 どういう集まりかを友人に尋ねると『合コン』だそうだ。

 まあ、『人数合わせでいいから、折角だから混ざってよ』と言われれば断るまでも無い。

 5分程して残りの男子がやって来た。

 その中の1人に目が止まる。


 いつもよりビシッと決めた髪型にデートの時に着てきてた服。

 私に気がつき一瞬引き攣った笑顔。

 最近は会ってないけど、見間違えようのないその顔。

 私の彼氏。


 場の雰囲気を読んでこの時は他人のフリをした。

 内心では、私がいるのに合コンに参加している理由を問いただしたい気持ちで溢れていた。

 私のところに彼と一緒にお店に来た男の子が話しに来た。それとなく彼の参加した理由を聞いてみた。ありきたりな返事。

『新しい出会いを求めて参加した』

 彼もそうなのかを尋ねてみたら『あいつ、暫く前に彼女と上手くいってなくて、今は1人だって言ってたよ』と予想外の返答。

 上辺だけ取り繕って会話を続けた。

 本当は今すぐにでも彼に問い詰めたかった。

 そのあと、彼との会話の時間になったのだが、彼は『トイレ』とだけ言ってその場を立ち去って戻って来なかった。


 1人取り残された私とは別に周りはいい感じに盛り上がっている。

 いつまでたっても戻って来ない彼、とてもこの場に居られる気分じゃなくなった私は友人に参加費を渡して店を出る。

 表に出て彼に電話をかけたけど繋がらない。電源を切ってる。

「あ〜あ、これ、完全に黒じゃん」

 溢れた呟きが私と彼の関係の終わりを告げていた。


◇ —————————————————————————————— ◇


 俺は友人に誘われて合コンに参加した。

 案内された部屋で今、一番会いたくなかった女性と目が合った。

 俺の、いや『彼女がいるのに合コンに参加するのかよ』という誹りはあえて無視させてもらう。

 ここ暫く、タイミングが合わず一緒に過ごせてないし、俺が一緒にいて欲しい時でも『先約があるから』と言ってあいつは断って来たんだから俺のことなんてなんとも思ってないんだろう。

 今日だって『予定空いたから行っていい?』なんてメッセージを送ってきた、予定が空いたからってそうじゃなかったら彼氏に合わないのか?俺の誘いは断るくせに、そう思うと無性に腹が立った。『これから出かける』とだけ返信を返しスマホの電源を落とした。


 そしたら、合コンの現場に彼女がいた。

 俺をみても何も言ってこない。俺たちの関係は終わってたんだな。

 どうせ、今日のメッセージも会って、別れを告げた上で合コンに参加するつもりだったんだろう。

 そう思うと合コンも楽しめなかった。

 女の子たちと順番に話をしていき、最後に彼女の番になった。

 彼女の口から『終わりを告げられる』そう思ったら、腹が痛くなり『トイレ』と言って席を立ち、そのまま店を後にした。

「合コンに来てるってことはやっぱり、そういうことだよなぁ…………」

 新しい出会いを求めて———、

 俺と彼女の関係は終わったんだな。


◇ —————————————————————————————— ◇


 あの合コンがあった日から一週間が過ぎた。

 彼からは何も言ってこない。スマホの電源を切っていた事から考えられるのは、『私と話す気は無い』そういう事だろう。

 そう思うと私から彼に連絡する気にはなれない。正直、私に弁解するのは彼の方だろうって話。あ〜、なんかまたムカムカしてきた。

 別に、彼の事を諦められない訳じゃない。すれ違いの日々を送っていた彼が合コンに参加していただけ。

 別に、私の方に後ろめたい事はない。『お前も合コンに来てただろう』と言ってくるなら人数合わせのために呼ばれた事をはっきりと言える。

 彼も合コンに参加するなら、きちんと別れを告げてからそういう事はして欲しかった。

 それができない程に関係が悪化していたとは思ってなかった。

 お互い、仕事が忙しかった事は認める。それでも自然消滅するには日数が短いし、連絡だけはとっていた。そりゃあ、触れ合う事は随分ご無沙汰してるけど。

「やっぱり、男って身体を重ねてないと離れていくのかなあ……」

 親友はひと月会わない間に浮気されたと言っていた。

 私達は大丈夫、そう思っていたのにダメだった。

 その事を親友に話したら、いい笑顔で『一緒に新しい男を探そう!』と言って次の合コンの計画を立て始めた。


 私も、いつまでも気に病まないで新しい出会いに踏み出そう。


◇ —————————————————————————————— ◇


 彼女と連絡を取らないままひと月が過ぎた。

 その間に彼女からはなんの連絡もない。

「完全にフラれたな………」

 部屋の中でぼんやりとそう溢す。

「なんか言った?」

「いい〜や、言ってない」

 今、俺の部屋には幼馴染が訪れている。

 会うのは3ヶ月ぶりくらい。


「ごめんね〜、終電逃して。あんたん家が近くて助かったわ〜」

「ま、いいけど」

 幼馴染とは保育園からの腐れ縁。

 外見は俺から見ても非の打ち所がない美人。

 ただ、欲情しないんだよなあ、男子に混ざって男まさりに遊んでいたことも知ってるし、容姿を気にする様になってからはモテたのも知っている。一々報告してくるもんだからコイツの男性遍歴も知っている。いや、事細かく話すもんだから知りすぎていて逆に欲情しない。

 俺、コイツの初体験も経験人数も知ってるんだぜ。はは、笑える………


「それで〜、なんかしみったれな顔してるけどなんかあったの?」

 しみったれは余計だ。

「彼女に、フラれた」

「なんで?仲良いって、私が前の男にフラれた時に自慢げに言ってたじゃん」

「最後の方、時間が合わなくて会えないことが増えてきてさ、会社の先輩に人数合わせで合コンに呼ばれたらアイツが参加してた。それから、連絡もないしな………」

「アンタからは連絡したの?」

「………してない」

 呆れたように俺の顔を見て、部屋の中を見渡して行動を促してくる。

「それで、彼女の私物がまだ残ってるんだ、女々しいなあ」

「いいだろ、別に」

「連絡すれば、荷物を取りに来るように言えばいいじゃん。それで、本当の事聞けば」

「今更、聞けないよ」

「ふ〜ん、じゃあ好きにすれば。あ、お風呂借りるね、あと、シャツも貸して」

 そう言うなり勝手に衣装ケースの中からシャツを取って浴室へ向かう。

 俺に襲われるとか思わんのかね。襲わんけど。

 シャワーの音が聞こえて来た頃、俺は幼馴染の助言に従って彼女にメッセージを送った。

『明日にでも荷物、引き取りに来てくれ。あと、合鍵を返してくれ』

 これが精一杯だった。


◇ —————————————————————————————— ◇


 深夜に今更、彼からメッセージが来た。

 内容は荷物の引き取りと鍵の返却。完全に関係が終わっている事を突きつけられた。私の方はあれから合コンに行っても彼と比べてしまって、新しい出会いもない。

 むしゃくしゃするアイツのところに行ってこの気持ちをぶつけてやろう。

 もう一度会ったら、私のこのむしゃくしゃした気持ちの答えが出せるかもしれない。タクシーを呼び彼の元へと向かう。


 仕事を任されるようになって、仕事が楽しくなって、彼と会えない時間が増えていった。それ自体は良くあることらしい。それに耐えられなくなれば同棲なり、結婚するなりすればいい。これは先輩に聞いた話。

 私達はどちらも選んでない。


 彼の部屋の扉の前で私は躊躇していた。

 連絡もせずに来たのはいつぶりだろう。楽しかった頃は少しの時間があればここを訪れていた。

 給湯器が動いていて、シャワーの水音もしている。それなら、インターホンを押しても意味は無い。そう判断して合鍵で扉を開ける。


 部屋の中に入るとシャワーの音がより鮮明に聞こえてくる。

「お邪魔します」

 返事を期待せずについ言葉を溢す。

「いらっしゃい、あなたが彼女?」

 返答があると思っていなかった私は驚きの余りビクンと身体が跳ねた。

 キッチンにいたのは彼のシャツを着た美女。

 私は身動きがとれずにその場に立ち尽くした。

「あなたは………」

 ようやくそれだけ口にした。

「あら、この格好を見てもわからない?」

 優越感を帯びた笑みを向けられ、私は思い至る。

 新しい彼女だという事を。

「荷物を取りに来たの……」

 彼にぶつけようと思っていたむしゃくしゃした気持ちは彼女の姿を見て萎えた。私の心が『自分は彼女に劣っている』と告げている。

 居た堪れない気持ちになり、持ってきたエコバックに私物を放り込む。

 ほぼ全ての荷物を放り込み、あとは洗面台にあるコップと歯ブラシ、ケア用品。でも今、彼がシャワーを浴びている。

 彼と鉢合わせるのが嫌だったから彼女に合鍵を渡しながら処分を頼んだ。

「洗面台と浴室にある私のものは捨てておいて」

「わかったわ」

「お邪魔したわね」

「彼に会っていかなくていいの?」

 穏やかに告げられた彼女の言葉は私の心を苛立たせた。

 ここにいると自分が抑えられなくなる。そう考えて扉を乱暴に閉めて彼の部屋を後にした。

 ムカつく!!


◇ —————————————————————————————— ◇


 シャワーを浴び終えて身体を拭いていると扉が乱暴に閉まる音が響いてきた。

 幼馴染のアイツが帰ったのかと脱衣所から顔を覗かせると玄関に向かって立っている姿が確認できた。

「なんかあった?」

「ん〜、元カノさんが荷物、取りに来てあなたに会っていかなくていいのか聞いたら機嫌を損ねて帰っていったの」

 そんなに俺に会いたくなかったのか……

「はい、合鍵。あと洗面台と浴室にあるものは捨てていいって」

 洗面台にあるペアマグも捨てろってことか、まあ、そうだよな。いつまでも置いてても未練がましいよな。

 初めて彼女がうちに泊まった時に一緒に買った思い出の品。

 服を着た俺は淡々とそれらを片付けた。

 ペアネックレスも捨てた。関係が上手くいっているときは嬉しいものでもその関係が壊れると辛いものになるんだなあ。

「なんで、泣いてるの?」

 俺、泣いてるのか?頬に手をやると確かに濡れていた。

「そんなに悲しいなら、ちゃんと話をしたら?」

「いいよ、俺に会いたくないから帰ったんだろうし……」

 彼女と話す事はもうない。思い出の品を捨てろと言ってきた時点で俺の気持ちなんて言っても仕方がない。

「慰めてあげようか?」

「えっ?」

 幼馴染の方に身体を引き寄せられ柔らかな感触に包まれた。

 いい匂いがする。思わず大きく息を吸い込みその匂いを取り込む。

 ヤバイ、くらくらしてきた。コイツにこんな反応するなんて……

 男の部分が反応する、生理現象を止めることができずに半ば主張してくる。まだ、気づかれてないはず。

「ふ〜ん、私でも反応するんだ」

 気づかれてた。

「えっ!?あっ!?いや、あの」

 主張を始めた俺に手を添え撫で上げられる。

「慰めてあげるね♪」

 俺が何かを言う前に床に押し倒される。

 拒むことができずに流される。いいのか、幼馴染相手に……、でも、コイツがいいって言うのなら———


◇ —————————————————————————————— ◇


 私は幼馴染の彼のことが好きだった。そう、『だった』だ。

 中学になった頃には好きになっていた。きっかけは大した事じゃない、彼の事が気になり始めて、他の女子と仲良くしてる事が不愉快に感じる様になった。それが嫉妬だと気づいた時にはもう好きになっている事を自覚した。

 気にかけて欲しくて容姿にも気を使う様になった。それなのにコイツは私の事を意識していなかった。

 悔しかった。それでも告白して関係が悪化する事を恐れて私から告白する事はできなかった。

 そうして悩んでいるうちに他の男子から告白されることが増えてきた。

 彼との関係が進展せず参っているところに優しくされてその男子と付き合う事になった。正直、そこまで好きだった訳じゃない。幼馴染の彼との関係を進展できずにいる事、それに疲れたから、誰でもよかったんだと思う。ただ、優しくして欲しかっただけ。

 私の初体験もその彼だった。今、思えば彼は女性の扱いになれていた。彼が求めたのは私の身体だけだった。一度身体を重ねてからあとは私をモノのように扱おうとしてきた。

 目に見えて様子がおかしくなっていく私に気づいた幼馴染は彼から私を引き離してくれた。それで私の初めての交際は終わり。

 私は助けてもらえた事が嬉しかった。でも、これが馬鹿な私の行動を歪ませた。彼に気にして欲しくて他の男子と付き合った。その見返りに求められるままに身体を差し出した。それで関係が悪くなって来た時には彼に助けを求めた。

 冷静に考えるまでもない。間違った行動、それでも彼が私のために動いてくれる。それだけが嬉しくて間違いに気づいてもやめられなかった。

 流石に高校になった頃には控えたけどもう遅い。後悔だけが残った。

 それからは腐れ縁を装って彼の側に居続けた。

 就職してからも連絡は取り合って絡んでいる。


 そして今、千歳一遇のチャンスを迎えた。

 彼女と別れたことで弱っている今なら私が付け入る隙がある。

 なりふり構っていられない私は彼を押し倒した。事態が飲み込めていない彼の服を脱がし既成事実を成立させる。

「ねえ、そんなに辛いのなら私がずっと側にいてあげる」

 返事を告げようと口を開けた彼の唇を私の唇で塞ぐ。

 そのまま、もう一度、彼が果てるまで行為を行った。そのまま彼は眠りについた。私は彼を優しく撫でながら共に眠りについた。


 私の中に注がれた彼のモノがお腹の中にある。それが堪らない程の幸福感をもたらしている。このまま身籠ってしまえばずっと一緒にいられるのになあ。


◇ —————————————————————————————— ◇


 翌朝、幼馴染に抱きしめられた状態で目を覚ました。

 二人とも全裸、それだけならまだしも彼女の裸身を眺めてゆくうちに自身のした事を確認した。彼女の中から溢れた俺の吐き出したものが彼女の秘所から床へと伝っていた。

「俺、避妊せずにヤったんだな……」

 呆然として美しい裸身を汚すソレを見入ってしまった。

『ねえ、そんなに辛いのなら私がずっと側にいてあげる』この言葉が意味する事は俺と一緒になるという事だよな、それって結婚するって事だよな。

「責任とらないとな……」

 つい、彼女の胸に手を伸ばす。その頂きを指で転がすと彼女の口から漏れる喘ぎ、愉しくなってやり過ぎた。

 目を覚ました彼女に美味しく頂かれてしまった。性的な意味で。


「なあ、本当に俺と一緒にいてくれるのか?」

「ん?ああ、昨日言った事?」

「そう、それ」

「本気だって言ったら?」

 いつにない真剣な表情で俺の瞳を見つめてくる。それに俺は真摯に答える。

「俺と結婚してくれ」

 ポカンとした表情を浮かべる彼女、すぐに返事がない事で俺の中に緊張が走る。うわっ、これで断られたらどうすればいい。目を瞑り彼女の返答を待つ。

 彼女からの返答はない、スンと鼻を啜る音に目を開けると彼女の頬に涙が伝っていた。それでも彼女の表情には喜びが浮かんでいた。


 どちらからとなく抱き合い気持ちを確かめ合う。

「もう、離さないから」

「ああ、ずっと一緒にいたい」


 俺と幼馴染はそれから程なくして互いの両親に決意を告げた。信じられないくらいあっさりと認められた上に、『もっと広いところで暮らしなさい』と言われ引っ越す事になった。


◇ —————————————————————————————— ◇


 彼女の存在に彼と私の関係の終わりを確信してからどれくらいの月日が過ぎただろうか、私はまだ彼の事を吹っ切れていなかった。

 こんな事は今まで無かった。

 学生の時の恋とは違い、社会人になった今では結婚も視野に入れた交際となる事は確かだ。それでもこんなに固執する事はなかった。

「きっと、ちゃんとお別れできてないからこんな気持ちになるんだろうなあ」

 私は彼の部屋を訪ねていった。

 そこは引き払われて空き部屋となっていた。

「私、お別れもできないんだ……」

 ただ虚しさだけが胸に訪れる。


 私がこの虚しさから解放されたのは翌年の末、彼の姿を見かけるまで続いた。

 幸せそうに彼女と共にベビーカーを押す彼の姿を捉えた時、本当だったらあそこにいるのは自分だった。

 でも、私達はすれ違った。付き合い方を間違った。

 悔いがない訳じゃない。それでも彼の子供を見て私の思いはようやく前を向く事ができた。私も『幸せになりたい』そう思う事ができた。


 私は久しぶりに彼の前に姿を表す。そして———

 彼の唇を奪い別れを告げる。

 驚いた表情を浮かべる彼、あの時とは逆に彼女に笑みを浮かべてひと言だけ告げる。

「彼を幸せにしてあげて」私にはできなかった事。

 踵を返してその場を離れる。


 今度は、私が幸せになる。

 強くそう思えた。

 私の時間は前に進み始めた。

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すれ違う想いから…… 鷺島 馨 @melshea

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