『嫌なことが多いところ』

すけだい

第1話

 僕は友達三人と一緒に店に入った。何の店なのかはわからない。幼稚園から帰るや否や出かけた先に、ポツンとボロボロの店があったのだ。屋根や壁に破れた箇所が散在する一戸建ての小さな木造の廃墟――そんなイメージに誘われて、肝試し感覚で入っていく。中に入ると意外や意外、綺麗に金ピカを錯覚するテカリが、天井から壁を塗って床に続く。僕はある意味肝を冷やした。夕日の中に入ったようなこの光景を経験したことがなかったからだ。色々と分からなかった――ほかの友達はどう思ったのか、時間がどれくらい経ったのか、ここが何の店なのか? そんな疑問を吹き飛ばすような声が春の訪れを知らせる突風のように吹きかけてきた。

「あれは何だ?」

声の主は友達の1人だった。その友達の鼻水が乾いて透明のトローチにように色付いている指の先へ、僕は文字通り目をやった。僕たちの正面の壁には、少し見上げたところに文字が起こされていた。『ただで美味しいもの』『お金払って美味しいもの』――そう書かれた看板の下にはそれぞれ扉のない入口があった。そこから闇の顔がこちらを覗いていた。僕は怪談ものの影響でサブイボが立つくらい震えていた。帰りたかったが、友達が意気揚々としている中で士気を下げる根性がなかった。友達の意見は帰るかどうかではなく、どちらの入口に行くかどうかだった。僕はこういう時に楽をしたら後々痛い目にあうと色々な物語の教訓で学んだので、『お金を払って美味しいもの』の入口に行くことにした。結論としては、二人ずつ二手に分かれた。先に進むとまた同じような空間が広がる。今度は『ただでかっこいい服をもらえる』『お金払ってかっこいい服を買う』と書かれていた。それ以外に違いはなかった。僕だけでなく先程まで能天気だった友達までいよいよ不審に思うようになった。互いにこわばった表情を鏡のように見合わせた。そのまま後ろを見ると、僕たちが通ってきたはずに道がなくなっている。茫然自失している僕の横では友達がえずいていた。恐怖のあまり起こった生理現象だ。友達はそのままダッシュして突っ走って行った、『ただでかっこいい服をもらえる』入口の向こうへ……正気を失ったらしい友達と違い正気の僕は一人『お金を払ってかっこいい服を買う』入口に入っていった。すると、やはりと言おうか、同じような部屋に包まれた。今度は『ただでいい家』『お金払っていい家』の二択だった。僕は思考停止に『お金払っていい家』の入口に足を運ばせる。入る直前に「美味しいものでもかっこいい服でもいい家でもなくていいのに」と思考しながら……

「あれは何だ?」

僕の目の前には、別れた友達が優雅にしていた。美味しいものを食べている、かっこいい服を着ている、いい家に住んでいる。どういうことか? 多少の違いはあれど、どうしてそんなリッチなんだ? 聞いたところによると、『ただで~』のを通ると本当にただで手に入れることができたらしい。逆に『お金~』の入口から入ったら手に入らないらしい。だからか、友達の中にもリッチの格差があった。そして、僕には何もなかった。僕は友達が無事であったことへの安堵とともに、自分だけが何も貰えない不公平に不満を吹き出す。僕は友だちに少しくらいくれと言うが、友達は全くくれない。思いやりというものがないのだ。元はそんなことなかったのに、リッチなものを手に入れ人が変わったようだ。『金が人を変える』と親から教訓として言われていたが、それを目の当たりにするとは……教訓といえば『楽をしたら後に痛い目にあう』というのはウソだったのだろうか? 今、楽な選択をした友達がいい目にあっている。僕がそんな友だちに嫌悪の睨みをきかせていると、友達たちは上から僕を見下ろし蔑みの笑いを部屋中に反響させていた。僕はただ単に泥水をすする思いをするのみだった……

――そういう思い出を懐かしみながら、僕はスーツに手を取る。今日も満員電車に揺らされながらの出勤を考えると、ため息しか出ない。でも、まぁまぁの食事とまぁまぁの服とまぁまぁの家を得るためにはそうするしかない。それにしても、あれは奇妙な体験だった。結局は何もなく、気づいたら四人とも公園のベンチで寝ていただけだった。そして、四人とも同じ夢を見て……今となってはもう会うことのなくなった四人だった。しかし、悪い噂を聞く。その噂によると、各々は食うに困り着るものを失い家から追い出されたようだ。噂なので本当かどうかは確証を得られない。嘘の可能性は十分にある。ただ、確証を得られることは、僕は泥水をすする思いをしながら苦労しているが、最低限度の衣食住を確保できているということだ。そう胸を張りながらスーツの袖に腕を通す。

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『嫌なことが多いところ』 すけだい @sukedai

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