アルティメット怪談
七条ミル
アルティメット
これはね、私が友達から聞いた話です。せっかくですから、あなたにも教えてあげましょう。
その友達の、また友達に起こった話だそうで。ええ、とっても、気の毒なお話ですよ――
ある時ね、辺鄙なところにある村に若者が越してきたんだそうです。
大学生くらいでしょうかねぇ。車に乗っていたらしいですから、恐らく20歳は超えてるんでしょう。
引っ越し祝いを手伝ってくれた友達と、四人でやってたんだそうです。若者四人集まって、季節は夏、時間はとっくに夜です。
酔っぱらった一人がこう言ったそうです。
「夏の夜ったら、やっぱ肝試しだよな」
それに同調する者が一人。
「そういえばここへ来る途中、古いトンネルがあっただろ」
確かに、彼らがこの村の新しい家に来るまでの間には、古いトンネルがあります。昔々に事故があったトンネルです。不幸な事故ですよ、キツネが一匹、殺されてしまったんです。ところが、人間たちは無視してそのまま埋めてしまった。工事を急ぐ余りね。
それでまあ、若者四人組は肝試しをすることに決めたんだそうです。
「昼間あのトンネルを通って向こう側へ行ってみたんだけど――」
また、別の一人が口を開いたそうです。
「――向こう側にお札がべたべたに貼ってある道祖神っていうのか? そういうのがあったんだよ。そこからお札を剥がして持ってくる、ってのはどうだ?」
これに対して反論したのは最後の一人です。なんでも、最後の一人には霊感があるんだとか。
「よせ、そういうのは何かを封印するために貼ってあるんだ。何か起こったらどうするんだ?」
「何も起こりゃしないよ。大丈夫だって」
そんなわけで、この夜はもう遅くなりすぎた、だから明日の夜にしましょうということになったんだそうです。
翌日の昼間は、どうやら引っ越した若者はアルバイト先に挨拶に行ったようですね。そこで、肝試しに行く話をしたんだとか。でも、村の人の反応はあんまり芳しくなかったようです。
さて、ここからが肝試し夜、本番というわけです。
トンネルの前に車が止まりました。既に辺りは真っ暗、スマホのライトで足元を照らしながら、四人の若者たちは車から降りてきます。
「塩、持ったか?」
「ああ、勿論だ」
「なあ、今からでもやめないか?」
「馬鹿言え、ここまで来て止めるなんてことがあるもんか」
なんてそんな会話をしていたんでしょうねぇ。
そこでふと、霊感のあるらしい若者が言ったんです。
「あそこに誰かいる」
他の三人にゃ見えません。そこに居たのに。
さあ、肝試しの始まりです。一人ずつ、若者たちがトンネルの中に入ってきます。すたれたトンネルはどこかひび割れているのか、水の音がするらしいですねぇ、あそこは。
トンネルを抜けた先の脇んとこには、一体の道祖神が立ててあります。そこが村の境界なんでしょうね。悪いモンを外へ追い出すための。キツネに祟られたくなかったんでしょうねぇ、村の人間たちも。
引っ越してきた最初の若者、彼はその道祖神にべたべたと貼り付けられたお札を、一枚剥がして、また来た道を戻りました。丸い印の描かれた札を一枚手にしてです。
車の方へ戻ってきますとどうも一人顔色が優れない。霊感持ちの若者が、何かうわごとのように言っている。
「キツネが来る」
そんなことを言っていたらしいと聞きました。
――尤も、友達の友達はそれどころではなかったそうですが。
さて、気づけば霊感持ちの若者は気絶してしまっています。これはいけないと、さっさとお札をその辺に捨てて、若者たちは車に乗り込みました。病院に連れていくつもりだったんでしょうね。
「おい、早くエンジン掛けろよ」
「違う、掛かんないんだよ」
「そんなわけないだろ」
エンジンを止めていたのは、大体五分くらいでしょうか。
やがてエンジンがかかると、今度はドンッ!!!!!! と大きな音が鳴った。岩が落ちた音だそうです。
エンジンがかかると、夏ですから、エアコンが付いてます。若者の一人が吹き出し口を何とはなしに見ると――
「うわああッ!!!!!!」
そこにはうごめく無数の毛がある。人間の毛じゃありません、狐の毛です。
そこへ追い打ちをかけるように車をぐらぐらぐらぐらと。
「どうなってんだよ!」
「知らねぇよ! 早く車を出せ!」
若者たちもパニックです。
さあいざギアを入れて車を出そうとしたタイミング。揺れがぴた――っと止まる。
――コンコン。コンコン。
窓を叩く音がするんです。若者たちはすっと静かになる。
「開けて」
最初はか細い声でした。
「聞こえたか?」
「何がだ?」
「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」
何重にも聞こえる開けてという声は、男だったり、女だったり、大人だったり、子供だったり、或いはそのどれでもなかったり――
耐えきれなくなった若者の一人が窓を開けたすると――
「いだいッ!」
若者の一人は足首を強い力で握られたせいで悲鳴を上げてしまいます。
ところで、霊ってのは騒ぐと寄ってくるんだそうですね。
さあ大変となったところで、いいところで目を覚ましたのは気絶していた霊感持ちの若者だったそうです。持ってきていた塩をばーっと車の中にまき散らす。
「なっ!?」
ところが、塩が効かない。撒いても撒いても、怪異は止まない。仕方ないからそのまま、彼らは家まで車を走らせる。ついていくのも一苦労でしょうね。
家まで辿り着いた若者たちは、ひいひい言いながら家の中へ逃げ込んだそうです。そこで、怪異はぴた――っと止んだ。
若者たちが逃げ込んだ家の柱に、お札にあったそれと同じ丸い印が刻まれていたんだそうです。だから、霊たちも入り込めなかった。ゴーンゴーンと鳴る時計の鐘を聞いているしかなかったんだそうです。丁度時刻は丑三つ、午前二時。せっかく、一番いい時間だってのにね。
どうしようもないから、霊たちも凹んだ天井の上で泣寝入りです。でも幽霊は寝ませんから、狸寝入りですね。いえいえ、狐だから、狐寝入りでしょうか? はは。
これが、私の友達の友達に起こった出来事というわけです。その友達の友達っていうのに比べりゃ、私だって優しい方でしょう? だって、こうやって夜な夜な話しかけるだけで、なんも悪さしないんですから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます