だから一緒に生まれてきたんだ

白沢悠

勇者は語る

 目の前に魔王がいる。長い旅の果てに、ようやくここまで追い詰めたけど、おれは、まだ終わりたくないとも思ってる。

「人間とは醜いものだ。勇者よ、貴様もよく知っているだろう?」

 恐ろしい響きの声が降ってくる。赤い髪の少年に似た姿には似合わない濁った声。冷たい言葉に、心がくじけそうになる。

 おれは剣を抜いて魔王に向けた。

「何も迷うことなんてない。おれは勇者だ! お前を倒すためにまた、生まれてきた!」

「貴様ごときに我は殺せぬ」

 くつくつと、馬鹿にしたように魔王は笑う。おれは黙って両手に力を込める。胸が熱くなる。女神様に授かった光が全身に満ちて、玉座の間に吹き荒れ、おれを囲む魔物を弾き飛ばす。もう負けない。剣を掲げて光を集めようとして、急に、動けなくなった。

「……魔法をかけた」

 魔王はまだ笑っている。動かない魔王の代わりに、魔物がじりじりと輪を狭めてくる。やばい。今はまだ光が守ってくれるけど、そのうちおれが力に耐えられなくなる。

「所詮、我と貴様はこれほどに違う……」

 魔王はやっぱり動かないまま、声だけが少し揺らいだ。魔王を覆う黒い煙が揺れて、隠されてた何かが一瞬見えたみたいだった。

 どうにかしてあそこに声を届ければ。

 おれは手がかりを探して、今までの旅の記憶を辿る……。



 一昨日、魔王の城へ向かう途中のこと。

「この先は落石で、通れませんよ」

 考えごとをしてたおれは、前から声をかけられて顔を上げた。

「少し戻ったところから迂回ができそうです」

 その人はおれと同じくらいの年頃で、遠い西にある砂漠の国の服を着て、小さなハープを大事そうに抱えてた。静かで優しい月の光みたいな声。目が合うと、ゆったりとお辞儀してきた。

「私はシェオル。吟遊詩人をしております」

「おれは一人でいい」

 さっさと引き返す。誰かと一緒に行く気分じゃない。

「行く道が同じなのですから、構わないではありませんか」

 それでもシェオルはついて来た。

 おれたちは山を降って、森に入って、枝を拾いながらしばらく来た道を戻っていった。そのうち日が暮れたから開けた場所を探して火を起こした。その間中シェオルは何も言わなかった。

「なあ、あんた、どこまで知ってる?」

 とうとうおれから話しかけた。おれの知ってる吟遊詩人はみんな歌と噂話が大好きで、そうじゃなくても仕事だから、こんなに黙ってるなんて変だと思った。

 シェオルは膝の上で抱えていたハープを弾き始める。

「……古の勇者の生まれ変わりである勇者エデンは、三人の仲間たちと共に魔物の王を追い詰めました」

 悲しい音楽に合わせて呟くように歌う。おれのことなのに、違う誰かのことみたいだ。

「ところが、勇者は魔王にとどめを刺しませんでした。魔王は大陸の北の果てへと逃れました。勇者は人間の王国から追放され、かつての仲間は皆、勇者を見捨てて王国に残りました……」

 歌声が止んで、ハープを弾く手も止まった。シェオルは顔を上げておれを見る。怒ってなさそうだし、悲しんでもなさそうだった。でも気まずくて目を逸らした。ちょうど焚き火の勢いが弱くなってきてたから、太い枝を一本引き抜いた。

「おれがどうして、とどめを刺せなかったと思う?」

「さて、そこまでは……」

 枝を持ち上げて風を通すと、焚き火がぱちぱちと音を立てる。

「どうせ最後だし、誰かに聞いてほしいと思ってたんだ」

 夜の森に鳥の鳴き声がする。獣も魔物も近くにいないことは気配でわかった。シェオルもじっとして、話を聞いてくれるみたいだ。



 おれには双子の弟がいる。名前はノア。

 冒険に出る前、おれはノアと一緒に山奥の村で暮らしてた。畑仕事を手伝ったり、木の実を探したり、魚を釣りに出かけたり、そこそこ平和に過ごしてた。

「おい、魔物の毛が鳥を捕まえてるぞ!」

「きっと食っちまう気だ。助けてやろうぜ!」

「や、やめてよ……!」

 そこそこって言ったのは、ノアが他の子供にいじめられてたからだ。おれは金髪だけどノアは赤毛で、人の姿をした魔物は赤い髪が多いから。いじめる奴らは、ノアにあだ名を二つつけてきた。一つは「魔物の毛」。

「お前ら、ノアをいじめるな!」

「やべ、エデンが来たぞ」

「今日はこれくらいにしといてやるよ」

「いいよな、拾われっ子のくせに、兄貴が助けてくれてさ!」

 そしてもう一つは「拾われっ子」だった。父さんも母さんも金髪だからってことらしい。おれが生まれるより前に死んだじいちゃんが赤毛だったって父さんは言うけど、おれは見たことないし、ノアをいじめる奴らに言っても嘘だって言われるに決まってる。

「……大丈夫か、ノア」

「ごめん、エデン。僕が赤毛だから……」

「関係ねーよ、そんなの」

 おれは昔から喧嘩が強かったから、いつもノアを助けてた。助けるとノアはいつも謝ってきた。自分で髪をくしゃくしゃにしながら笑うときのノアが、おれはずっと好きじゃなかった。

「……その小鳥、拾ったのか?」

「うん。羽を怪我してたから……」

「治るかな」

「飛べるようになるまで、お世話してあげようよ」

 ノアは優しかった。怪我をした小鳥を放っておけなくて拾ってしまうくらいだ。喧嘩が弱いのに、いじめっ子に取られた小鳥を取り返そうともしてた。おれはそんなノアをずっと守って暮らしていくんだと思ってた。

 今でもはっきり覚えてる。あの日おれたちは釣りに行って、夕飯を作るためにノアだけ先に村に戻った。村が魔物の大群に襲われたのはその時だった。

「なんだよ、これ……!」

 何もない山奥の村は魔物で溢れかえってた。早く帰りたいのに魔物が邪魔してきた。押しのけようとした時、急に力が湧いてきた。

「どけ!」

 女神様の光が魔物を吹き飛ばした。おれはおれが勇者の生まれ変わりだって思い出した。魔物を倒して困っている人を助けることがおれの使命だって分かった。でもまずはノアを助けたかった。

「……ノア!」

 ノアは魔物に連れ去られようとしてた。おれは目覚めたばっかりの力で魔物と戦ったけどだめだった。魔物がとにかく多くて、倒してる間にノアを見失ったんだ。だから探すために旅に出た。仲間も三人できたし、楽しい旅だったけどノアは見つからなかった。

 とうとう魔王の城に乗り込んだ。お供の魔物を倒して魔王の目の前まで行った。……魔王は、ノアだった。

「……エデン」

 その証拠にノアはおれの名前を呼んだ。泣きそうな声だった。

「エデンの前世は勇者。僕の前世は、魔王だったんだ」

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