第25話 衣更着姉弟




 日は跨ぎ、土曜日。

 翠と蓮華の二人は、『スイレン』に訪れていた。


「紫音さんに呼ばれるなんて、どうしたんだろう?」


「あはは、そうだねー」


 呼び出しの連絡を受けて、朝から蓮華と一緒に来たものの、呼び出した張本人はまだ来ていない。

 蓮華の方も話は聞いていないらしく、軽い笑みを浮かべるだけだ。


「でも、なん会議室なんだ?」


 初めて入ったが、室内の大きさは教室よりも少し小さいくらいだろうか。

 内装はといえば、中央に十数人が席に着ける程度のテーブルが置かれているのと、壁際にホワイトボードなどの会議に使うだろう備品が用意されている程度だった。


「紫音さんからまたコラボの誘いとか? いやでも、それなら打ち合わせの前に事前に連絡貰えるか……」


 初対面ならともかく、相手は以前コラボをしたことがある紫音だ。

 当然、連絡先も知っているし、それならば打診が事前に来てもおかしくない。

 それに、翠はともかく蓮華にも連絡が来ていないとなると……用件は違うのだろうか?


「それに、『今日はメイクはしないで』って言われたのも気になるし……蓮華は何も知らないんだよな?」


「……それは知らないかな」


「そっか……」


 どうやら大人しく待つしかないらしい。


 翠は蓮華とたわいのない会話をしながら、紫音を待つ。

 数分程会話を続けていると——


「待たせたね」


 落ち着いた声音と共に会議室の扉が開く。

 直後に現れたのは、赤が印象的な装いの男性——ではなく、紫音だ。


 しかし、それだけではなかった。

 軽く手を振って歩いてくる彼女の背後に、二人の男女が姿を現す。


「あれ?」


「先輩!」


「……どうも」


 紫音に続いて入ってきた二人。


 翠と同じくらいの年齢の男女だ。

 白い厚手のシャツにニットのベスト。黒のレースがあしらわれたスカートという装い。それに、黒い小さなバックを手に持っている。

 私服を見るのは初めてだが分かる——如月 玲奈だ。


「後ろにいるのは……?」


 一人は知っている。だが、その後ろにいる男を翠は知らなかった。

 顔立ちは如月に少し似ているだろうか。しかし、明るい印象を覚える彼女とは対照的に、上から下まで黒色に統一した彼は、少し落ち着いた……悪くいえば暗そうな印象を覚える。


「あー、そういうこと……」


「知ってるのか?」


「うん……名前を聞いてまさかなぁとは思ってたけど、兄妹だったみたい」


 納得したと言わんばかりの蓮華。


「こっちは双子の弟の励です。如月だと紛らわしいので私の事は玲奈って呼んでください!」


「……如月 励です」


 どうやら姉弟だったらしい。

 そうすると、先日の声はおそらく——


「じゃあ、この前廊下で会った時に聞こえてた声って……?」


「弟のことですね」


 つまり、姉弟で『スイレン』に加入したということだろうか?

 自分の事を棚に上げているようだが、弟の方はあまり表に立つような性格には見えなかった。

 翠は姉弟を交互に見てしまう。

 すると、パンと手を鳴らす音が響いて。


「説明を始めてもいいかい?」


「あ、はい。すいません」


「じゃあ、まずは座ろうか」


「「分かりました」」


 姉弟が頷き、翠と蓮華の対面に腰を下ろした。

 その後、紫音が両者の間、翠から見れば左側の席に着く。


「まずは翠君と蓮華君に二人をちゃんと説明しようか。彼女たちは今年から『スイレン』と契約した玲奈君と励君だよ。元々個人Vtuberとして活動していて、『スイレン』が新たな試みとして声をかけた二人だよ」


衣更着きさらぎレイナとして活動してます」


「衣更着レインとして活動しています」


「これを見てもらえると分かりやすいかな」


 姉弟の挨拶に合わせるように、紫音が二枚の紙を取り出した。


 二枚の紙には、一人ずつキャラクターが描かれていた。

 女性と男性。顔つきは似ていて、服装も色の違う衣装を重ね着しているという部分では同じだ。

 違いといえば、着ている衣装の色合いが女性の方は明るく、男性の方が暗めの色になっているところだろう。


「昨今、Vtuberはメディアに出ることも少しずつだけど増えてきたからね。また、いままで活動してきた人間がVとして生まれ変わるということも珍しく無くなっている以上、『スイレン』もそういった営業を考えないといけない……その、ある意味試験的に選ばれたのが二人なんだよ」


「へぇ……」

「そうだったんだ」


 たしかVtuberは本人が映像に出るのではなく、キャラクターのイラストとして映像に映るみたいなものだったか。

 ということは、紫音が提示したイラストが彼女たちなのだろう。

 詳しくない翠ではその程度の知識しかないが、頷いている蓮華なら翠よりも詳しく知っているのかもしれない。

 とはいえ、翠が気になっているのはそれではなくて。


「それで、その……ぶい、チューバ―というのは分かりましたけど……結局俺たちを呼んだのはなんでなんですか?」


 二人がVtuberだったとして、それが翠や蓮華と関係がある話だとは思えない。

 結局のところ、同じ事務所に所属しているのだから「一緒に頑張りましょう」くらいしか言えないのではないか?


 翠が率直に疑問を伝えると、紫音は「まあ、そうだよね」と微笑む。


「簡単に言うとね。玲奈君が翠君、君をスカウトしたいって言ってるんだよ」


「……へ?」


「ほら、玲奈君が君に告白しただろう? 君は断ったわけだけど、玲奈君は君を諦められない。なら、一緒に活動して距離を縮めたいと思うのは当たり前じゃないか」


「あ、いや……え?」


 上手く事情が飲み込めない。


 ……なんで紫音にも噂が伝わっているのか?

 

 人のプライベートな事情が知れ渡っている事実や、なんでその話が今出てくるのかという疑問。

 それらに翠の思考が硬直していると、紫音はクスリと笑みをこぼしながら続ける。


「でも、君は蓮華君のサポートとしての仕事がある。蓮華君としても翠君を持っていかれてしまうのは、仕事に直接影響することだから厳しいだろう? そのことを蓮華君から相談されていたんだ」


「え……?」


 蓮華を見る。

 しかし、彼女はスゥと目を逸らしてしまった。


「だからね、私は考えたんだよ。お互いが納得できる方法は何だろうかと……」


 考え込むように腕を組む紫音。

 彼女は少しの間目を閉じると、仰々しく人差し指を立てる。


「そして思いついたんだ。これはもう勝負をして白黒つけるしかないと!」


「……は?」


 完全に話に付いていけず、聞き返すことしか出来なくなったロボットになった翠。

 彼女はそんな翠を見ると、さらに笑みを深めて。


「だから……翠くんと蓮華君、玲奈君と励君で勝負して決めろってことだよ」

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