スイの料理教室 ④




 その後も色々なハプニングはあったものの、料理は着々と進んでいき——


「よし出来たぁ!」


 盛り付けを終え、並べられたカレーの前で、星野は満足そうな表情で汗をぬぐった。


「お疲れ様」


 そんな彼女の横で、翠は小さな拍手を送る。

 最初の撮り直しはあったものの、食材を下準備から盛り付けまで、翠の指示があったとはいえ殆どを一人でやり切ったのだ。

 これは素直に褒めるべきだろう。


「いやぁ、大変だったけど楽しかったね! スイもありがとう!」


「どういたしまして」


 ニコリと笑みを向けてくる星野。

 翠も同じように笑みで返せば、彼女は視線をカメラへ戻した。


「みんなもやってみるといいよ! もしかしたらスイが教えてくれるかも!」


「は?」


 突然の言葉に固まる翠。

 

 ……冗談じゃない。


 ただでさえ人前が苦手なのに、知らない人に料理を教えるなんてしたくない。

 それに、もし撮影だったとしても一人で進行するのは今の翠には難しい。


 その時のことを想像し、翠が顔をしかめると、星野はいたずらが成功したかのように「あはは」と笑った。


「うそうそ、冗談だよ」


「……勘弁してよ。俺に教えるとか無理だから」


 楽しそうに笑う星野に、翠は頭痛を堪えるように頭を押さえた。

 すると、彼女はその笑みを挑戦的なものに変えて。


「えー、じゃあ何で私には教えてくれたの?」


「え?」


「だって、教えるのとか無理なんでしょ? だったらなんで私には教えてくれたのかなぁって」


 ニヤニヤと。

 何か意味のありげな表情で、星野は翠へ上目遣い。


「なんでって言われても……」


 ……理由なんてあるのだろうか?


 結局のところ、翠が彼女へ料理を教えたのは撮影だからだ。

 とはいえ、料理を教えて欲しいと言われた時に嫌だと思わなかったのもまた事実。


 ……友達だから?

 ……仕事仲間だから?


 浮かんでくる言葉に頭を振る。


 ……じゃあ、なんで?


 浮かんだ疑問に頭を悩ませて。


「うーん……レンだからかなぁ」


 結果、口から出てきたのはこの言葉だった。


「友達っていうのはちょっと違う気がするし、仲間ってのも……よく分からないけど、レンだからっていうのがしっくりくる気がする——レン?」


「…………」


 星野から言葉が返ってこないことに疑問を持ち呼びかけるも、彼女は小さく口を開けて目をパチクリとしばたかせている。

 だが、そんな仕草もすぐに終わり、彼女は取り繕うように笑みを見せた。


「な、何でもないよ!」


「そう?」


「そうそう、大丈夫だから!」


 語尾を強め、星野は「何でもない、何でもない」と繰り返す。

 だが、そんな彼女の顔色は少しばかり赤みが差しており、先程の事も相まって翠としては心配にもなるわけで。

 

「ほんとに——」


「ほらほら! 冷めちゃうから食べよう!」


 問いかけようとした直後、星野が声を上げて翠の言葉を上書き。

 あきらかに話題を変えようとしている彼女に翠は少し戸惑うが、嫌がっているならこれ以上は無理に聞き出すことも出来ないわけで。


「……そうだね」


 翠は何も聞かないことにした。

 すると、彼女は少し安心したのか、ほっとしたような笑みを見せた。


「よし! それじゃあ、あっちのテーブルで食べるよ! レッツゴー!」


「ご、ゴー……」


 カメラに向かって拳を振り上げる星野。

 そんな彼女の真似をして翠がおずおずと拳を上げれば、彼女は「あはは」と笑ってカメラの元へ。

 そのままカメラを停止させた星野は、翠を見てニコリと微笑んだ。


「あっちにカメラをセットしてあるから、そっちで食べようか?」






 調理していたキッチンから移動して——


「みんなには悪いけど、さっそく食べていこうと思います」


 翠は四人掛けのテーブルに星野と並んで座っていた。

 手元に置かれているカレーの向こう側には、小さな三脚の上にセットされた一つのカメラがちょこんと二人を見つめている。

 二人でカメラに向かい合う形だ。


「よし、じゃあ——」


「「いただきます」」


 星野の掛け声に合わせ二人で手を合わせる。

 そして、お互いにスプーンを手に取ってカレーをすくい上げた。


「うーむ……」


 悩まし気な声を出したのは星野だ。

 彼女はスプーンにのっているジャガイモをじっと見つめて。


「まあ、けっこう不格好になっちゃったけど……食べれば一緒だよね」


 そのままパクリ。

 目を閉じ、もぐもぐと口を動かした後、カっと目を開いた。


「うん、おいしい! やるじゃん私!」


「ははは」


 嬉しそうに頬を染める星野に、翠も堪らず笑みをこぼしながら一口。


「うん、おいしい」


 野菜は不揃いながらも火が通っており、固いところはなかった。

 それに、溶けきっていないルーもないし、かき混ぜ不足による焦げ付きの苦みもない。


 これなら大成功といっていいだろう。

 とはいえ、翠としては言いたいこともあるわけで。


「まあ、目の前で包丁が止まった時はひやひやしたけど……」


「う……」


「それに、玉ねぎを切るときにゴーグル出した時も……」


「うぐぐ……」


 翠の言葉に星野は悔し気に眉を寄せる。

 しかし、彼女に不満げな顔を向けられつつも、翠は止まらずに続けていく。


「あとは、ルーを入れた時に勢いよくかき混ぜすぎて、ジャガイモをすり潰したときも——」


「もう! やめてってばぁ!」


 食べる手を止め、声を荒げる星野。


「しょうがないじゃん! 私は初心者なの! 料理が得意なスイと同じにしないでよね」


「まあ、それはそうかもしれないけど……」


 不貞腐れ、唇を尖らせる星野に言葉を詰まらせる。


 ……ちょっと言い過ぎただろうか?


 たしかに、初心者の人がなんでも出来るわけがない。それに、今回は翠が彼女に教えるという流れの元で料理をしていたのだ。


(これは俺が悪いかな……)


 視線を少し下げ、心の中で反省。

 星野は一生懸命頑張ったのだ。それなら頑張ったと褒めないといけない。

 そう考えなおし、翠はカレーを一口食べた。


「ごめん、ちょっと言い過ぎた……そうだよね。レンだって頑張ったんだもんね。うん、おいしいよ」


「素直に喜べないんだけど……」


「うっ……」


 半眼に変わった星野に睨まれ、今度は翠が眉を寄せる。


「まあ、スイは料理できるもんね。私の気持ちは分からないよね」


 そう言って、星野はカレーをパクリ。

 完全に拗ねてしまったのか、彼女は完全にそっぽを向いてしまった。

 そんな彼女に翠は大いに焦る。


 ……何か弁明しないと。

 ……でも、彼女の機嫌を取るには何を言えばいい?


 カレーを食べながら時間稼ぎをし、どうにか言葉を探す。

 そして、二口食べたところで一つ思いついた。


「レンも今回は初めてだったからだって。俺だって最初は下手くそだったし、それでも何回もやってきて上達したんだからさ……これでレンが上手かったら俺の立つ瀬がないって」


「ふーん」


 そっぽを向きながらも、視線だけは翠へ向ける星野。

 

 どうやら少しは興味を引けたらしい。

 彼女の気持ちが変わらないうちに、翠は言葉をつなげていく。


「調理してるレンの手際を見てたけど、慣れてないだけでそこまで悪くなかったし、続けていけば上手くなるよ」


 これは、紛れもない翠の本心だ。

 途中でも思ったことだが、彼女の手際は悪くない。この調子で続けていけば自然と上達するだろう。


「練習には俺も付き合うし、こうして作ったカレーもおいしいしね。将来のことも考えると料理が出来た方がいいと思うし」


「へ?」


 翠の口から「将来」という言葉が出たところで、星野の表情が崩れる。


「し、将来?」


「ん? だってそうでしょ? レンだっていつかは誰かと結婚とかするんだろうし」


「……っ!?」


「レンは……まあ、困らせることもあるけど優しいし、真面目だし……」


 機嫌を取るために言っている部分はあれど、これも翠の本心。

 学校でも彼女は人気という話はよく聞く。それなら、そういった可能性も高いだろうという判断だ。


「それに、一緒にいてなんだかんだ楽しいしね。こんな人と一緒になれる人は幸せ者だよ」


「——~~っ!!!!!」


 ニコリとした笑みを星野の元へ。

 すると、彼女はガタリと椅子を鳴らした。


「だからさ、練習を続けて——レン? ……レン!?」


 話の途中、突然立ち上がった星野。

 次の瞬間には、彼女は脱兎のごとく駆け出し、部屋を飛び出していってしまった。


「え……」


 ポツンと一人残される翠。

 なぜ彼女が飛び出したのかも分からず、乱する頭の中で、視界に映ったのはテーブルの上のカメラ。


「これ、どうするの……?」


 翠は途方に暮れ、カメラに向かって問いかけた。


 ……後日、星野の独断によって、この動画は日の目を見ることなく削除された。






 作者の挨拶——


 皆様、私の拙作をお読みくださり、ありがとうございます。

 これにて間章である『動画投稿者としての日常』を終え、次回はおまけとして人物紹介を挟み、その次に新しい章を開始しようと思います。

 まだまだ未熟ではありますが、お付き合いくださっている皆様を楽しませられるよう、精進してまいりますので、今後もお付き合いくださると幸いです。

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