第二章 進藤真昼と体育祭編

第0話 全然全然全然違う

 運命の悪戯によって、加賀美大晴の正体を知った中瀬愛梨と九条架純。


 この大きな一歩によって彼女たちは今までの日常からの脱却を悟り、来るべくし来たる月曜日の為に知略を重ねることを決めた。














 そして時同じくして


 ある一人の少女の運命も

 変化しようとしていた。


 それが更なる波乱を呼び起こす

 になるとも知らずに。



















 PM15:34。







『こちら!!実況席!!まもなく始まる第43回関東学生対校陸上競技大会。女子100m決勝をお送りしていきます!!』



『今回の大会は公認大会ですからね。しかも追い風0.5mと基準を満たしており記録を狙える絶好の舞台が整っています』



『はい!この女子100m決勝には近々行われる全国高校総体陸上インターハイへの調整で参加している選手が数多く残っています!!やはり彼女たちに期待が募りますね!!』



『そうですね。関東を中心とした有名校の選手がこぞって残っていますから、恐らく決勝は激しいデットヒートになるでしょう』



『その可能性も十分にありますが、私はある一人の選手が群を抜いて優勝するとみています!!』



『なるほど。最近全国への切符を手に入れた第8レーン、ゼッケン4番の端麗高校、新藤しんどう真昼まひる選手ですね?』


『そうです!彼女は全日本中学陸上で100m、200m、400mで三冠を達成するほどの逸材でした。時には陸上界に現れた神童といわれ、数々の大会で大会記録を塗り替え続けていました』



『そんな彼女は二年前、突然陸上界から姿を消してしまったと』


『はい、その彼女がまた陸上界に戻ってきたという事実。これを避けては通れないでしょう!!』



『そうですね。他の選手にとっても大きな脅威になることは間違いないでしょう。っとそろそろ選手達が準備完了するようですね。切り替えていきましょうか』


『はい!ではこれより女子100m決勝を始めたいと思います!!まず第1レーン!!!ーーー』













「うるさいなぁ本当に.......」



 昔から実況と解説はあまり好きじゃない。


 見てる分には別に苦にはならないが競技者からすれば心の水面を乱す原因になりかねない、叶うことなら耳を塞いでおきたいがルール違反なのでやろうとしても出来ない。



 コールが聞こえなくなって失格なんてされたらやるせないに決まってる。





 私の横7人の選手達は各々の過ごし方で

 今か今かとその時を待っている。



 ある人は精神統一の為に深呼吸を繰り返し

 ある人は観客席にいる応援団か何かに手を振っている。



 観客席から見れば、この中で誰が勝つのか予想したり祈ったりする時間が一番楽しいのかもしれない。私も観客ならその一人になるのでよく分かる。



 だが、競技者としての私はこの時間が苦痛でしかなかった。



 ワクワクしている人もいれば

 緊張で胸が裂けそうな人がいる中で



 私はこの不特定多数の人から浴びせられるこの視線が本当に嫌いだった。



 最後の夏に怪我をして全国出場を諦め、応援してくれた人達の期待を裏切ってしまってから、この視線が私のパフォーマンスを著しく阻害した。



 誰かに見られているだけで、いつも走れるタイムで走れなくなったり息切れが多くなったり過呼吸で医務室に運び込まれたりするようになった。



 それは私の陸上人生の終わりを意味し、血の涙を流して一度は陸上を諦めた。









『--第8レーン!!!端麗高校!!!新藤真昼さん!!!!』





 あ、もうこんな時間か。



 私は大きく手を上げて自分の存在を主張した。

 観客席から大きな歓声が上がるのが分かる。




「ッ♡」




 体の芯から痺れるような快感



 今私の一挙手一投足が誰かも分からない

 人間に射抜かれているのが分かる。



 やはりこの瞬間が堪らない..........



 のおかげで私はこんなに変わることが出来た。

 私の恩人であり、私の最愛の人であり






 浮気者なのあの人のおかげで












『On your mark(位置について)』










 スターティングブロックに足を掛け、タータンの匂いを感じながら手をゆっくりと着き、一本一本丁寧指を添えていく。



「ふぅ...........いい感じ」



 スターティングブロックの感覚はいつも変わらない。変わっていたらその日は勝てない、昔からずっとそうだった。








『Set』










 見て





 見て見て見て見て見て


 





 見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て










「私を見てよ」








 パアン!!!!






 紙雷管の破裂するような音で一斉に走り出す。



 スタートから前傾姿勢を保ちつつゆっくりと上体を起こして加速していく。

 姿勢の移行はシームレスに、最小限のブレで。




『速い速い速い!!!新藤選手!!圧倒的です!!』

『これは、予想以上に速いですね。スタートから一切重心がブレていません。とても綺麗な走りです』






 だからうるさいって言ってる.......

 つべこべ言わないで私を見てればいいんだよ。






 実際、観客に集まる誰もが私を見ている。

 2位以下に大差をつけて先頭を独走する私を見ている。



 私の応援をしてくれている人は勿論

 他校の選手達や、監督、他の選手を応援していた親御さんも友達も皆、皆が









 私を見てる








 私の勝利を確信している。







 ゾクッ





「ッ♡」








 やっぱり最高♡











 だけど何か足りない
















『1着!!!!!新藤真昼!!!圧倒的すぎる勝利!!!!!』


「そしてタイムはまさかの11秒29。これは高校女子日本記録を遥かに上回る大記録です。しかもあと0.08秒で日本記録でした』



『追い風があってもこれは凄まじい記録ですね!!』



『その通りです。高校生記録を更新し、日本記録まで迫るとは......圧巻の一言に尽きます。彼女は間違いなく今現在最も速い女子高生だと断言できるでしょう』









 私を称える大歓声とともに

 アナウンスが聞こえてくる。



 解説の人があと少しで日本記録を上回るとか何とか言ってたけど



 それは情報不足だ。



 私の自己ベストは11秒15。

 今回のタイムよりも0.14秒速い。


 なおかつ走ったのは※シンダートラックで追い風は無し。順当であれば私はもっと速かったはずなのだ。

 ※土の走路










 体調は良好。


 W-upも完璧に行った。

 試合前走った感触も悪くなかった。




 なのに結果がついてきてくれなかった。






「もう限界か........早かったなぁ......」




 私は観客席を下から見上げながら思う。




 私はもう視線は怖くない。

 別に誰に見られていても普段の走りができる自信も付いた。


 むしろ今は視線が好きだ。

 この突き刺すような注目が、私を更なる高みへと誘ってくれる。





 だがもう足りない。





 結局どれだけいっても赤の他人による

 応援と視線だ。



 私を本当の意味で滾らせてくれる人はいない。












「新藤おめでとう!!やったじゃないか!!!」



「ありがとうございます。コーチ」



「こっから更に仕上げて、再来月のインターハイで1位目指すぞ!!」



「そのことなんですが......コーチ、私少し休ませて頂きます」



「な!?いまノリに乗ってきた所じゃないか!!お前なら更に上を目指せるんだぞ!?」



「勿論、陸上の練習を怠るような真似はしません。ですが、もう少し精神面の支えが欲しいんです」



「そうか......すまない。俺がもう少し把握できていれば......」



「別にコーチのせいではありません。ただ、会いに行かないといけない人がいるんです」



「会いに行きたい人?それが精神面とどう関係してるんだ?」



「私の恋人(予定)です」



「お、おう。流石に高校生だからな。甘酸っぱい関係もそりゃあるか」




「はい、ということで来週は部活休みます」



「了解した。改めて1位おめでとう」



「はい、ありがとうございました」




















 ふぅ......やっと一段落着いた。







 これでやっと会いに行ける。




 貴方は覚えているのかな?


 前に会った時より身長が10cmくらい伸びたし、栗色だった髪も金髪に染めて、短髪だった髪もポニーテールにした。これだけ変わっていたら、今度会っても私だと気づかないかもしれない。







 まぁ......別にそれでもいいか。




 私のこの金髪は彼が勧めてくれたもの。

 これが貴方との繋がりを実感させてくれる。


 彼との思い出がこの髪に顕れている。



 そして、また........




 またあの瞳で私を見ていて欲しい。

 またくだらない冗談を言い合いたい。

 また私の相談に乗ってほしい。

 またあの人の淹れるコーヒーが飲みたい。

 また笑ったあの人の顔が見たい。








 そのためなら、私は何にでもなるよ?











 だからそのままの貴方でいてね?
















 君♡















 第二章 新藤真昼と体育祭 編 開幕

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