35話、本物の水場へ
「む、あれは大丈夫そうだな」
先ほどの偽物である
水場に向かって下りていくと、サニーが急に「えっ、えっ?」と怯えた声を発し、困惑した瞳を私にやってきた。
「ママ? なんで下がってくの……?」
「なんでって、水場に行く為だが」
「ダメだって! 下に立ったら、お魚さんに食べられちゃうんだよっ!?」
サニーの言動や焦りようから察するに、ちゃんと恐怖や危機感を学んだようだ。ただ、今度はその後について学ばせなければいけない。
こういう事が起きると、全て同じ結果を招くとは限らないのだ。正しい物を教えた後は、固定観念を振り払ってやらねば。
「安心しろ。この水場は陽炎じゃない、本物だ。本物の水場であれば、魚の魔物は湧いてこないぞ」
「えっ……? ほんとう?」
「本当だ、見てろ。出て来い、“氷”」
そう言って右手をかざし、氷の杖を召喚する私。見た目は荒削りした棒状の氷。透明度は高いものの上は青が濃く、下に向かっていく連れに色が薄くなり、先は淡い水色に染まっている。
台座のような形をした杖の先には、氷の精霊である『フローガンズ』から貰った氷のマナの結晶体が浮かんでいる。この杖は二番目に気に入っている杖だ。
迫害の地へ来てから、幅広い意味で世話になったからな。一番のお気に入りは、もちろん光の杖である。
宙に浮いた状態で現れた氷の杖を掴み、地面に向かい、滑るように振りかざす。すると私の真下に、視覚的に涼し気な青い光を放つ魔法陣が出現。
更に杖を横に振ると、それと呼応するかのように魔法陣が大きく広がっていく。そして、魔法陣を杖で軽く叩くと、一瞬眩く輝き、拳大の氷を降らせ始めた。
「わっ、すごーい!」
魔法陣から無尽蔵に出てくる氷の雨を見て、驚いた声を上げるサニー。あえて面倒臭い方法を取った理由は、広範囲に衝撃を同時に与え、魚の魔物が飛び出してこない事を確認する為である。
だが、全ての範囲という訳でもない。この水場には、生き物は存在していないが、ここだけにしか生えない植物がある。それはちゃんと避けているので、傷付く事はない。
五秒、十秒待てども魚の魔物が姿を現さないので、右手に持っていた氷の杖を消す。
魔法陣の発生源である杖が消えれば、魔力を失った魔法陣も消え失せ、煙状になった拳大の氷と共に消えていった。
「どうだ? 魚の魔物は出てこなかっただろ?」
「うんっ、これなら大丈夫だね」
ちゃんと言葉通りに結果を見せてやれば、サニーは安心したのか、微笑んでいる顔を私に向けてきた。
口で教えるのもいいが、実際に見せると理解するのも早い。安心感がまるで違うだろう。
ようやく安全を確保出来たので、目的地である水場の地面に足を付ける。『ふわふわ』でサニーを地面に下ろし、布袋を肩に下げ、乗っていた漆黒色の箒を消した。
「ついたーっ! 色んな葉っぱや赤いお花があるー!」
足を地に付けた途端、サニーは花畑地帯に着いた時のようにはしゃぎ出すも、私の足を抱きしめて傍から離れようとはしない。たぶん、まだ魚の魔物を警戒しているのだろう。
私の元に居れば、絶対の安全が保障される。そう思っているに違いない。いい危機感だ。しかし、少々やり過ぎたかもしれないので、早くもっと安心させてやらねば。
更なる安全地帯を作る為に、辺りを見渡してみる。左側には、そそり立つ壁の隙間に、魚の魔物が出現する砂漠地帯が顔を覗かせている。
正面には、それなりの広さがある泉。底が見える程に綺麗で、水中には何も居ない。その周りには、茶色の景色に映える葉肉が厚い緑色の植物が群生していて、中には鮮烈な赤さを誇る花もあった。
右側は、ほとんど何も無い。縞々模様の木々が点々と生えているだけ。日陰も一切無いので、あちら側に行くのはやめておこう。
そして背後。灼熱であろう日差しを遮ってくれている、様々な朱色の断層が重なり合っている高い壁。下の部分には丁度いい窪みがある。涼しいだろうし、絶好の場所だ。
「あそこにするか」
今日居座る場所を決め、壁に出来た窪みに向かって歩み出す。そこまで行くと、指をパチンと鳴らし、地面に薄い氷の膜を生成。
魔法を持続させておけば溶ける事はないし、強度を鉄鉱石以上にしてあるので、魚の魔物も食い破る事は不可能。その上に大きな一枚布を敷けば、冷ややかな床の完成である。
「サニー、布の上に乗ってみろ」
私は肌で冷たさを感じ取れないので、サニーの反応を見る為に指示を出す。
「わかったっ」
言う事を聞いたサニーが、履いている靴を脱ぎ、布の上に乗った。感触を確かめているかのように、その場で何度も足踏みをすると、急にピクリとも動かなくなり、腑抜けた表情に変わる。
「かたいけど、つめたくて気持ちいい~」
「そうか」
これで絶対の安全が保証された場所が出来た。私も靴も脱いでサニーの元へ行き、隣に座る。
肩に下げていた布袋も降ろし、中から氷水が入った容器を取り出して、サニーに差し出した。
「飲め。冷えてるから美味いぞ」
「ありがとっ!」
お礼を言ったサニーが容器を受け取り、木の蓋を自分で開け、容器を両手で持って水を飲み始める。
つい三年前までは、私が手伝ってやらねば何も出来なかったサニーが、自分で容器を持って水を飲んでいる。最早当たり前の光景だが、そう考えつつ眺めてみると、何か感慨深い物を感じるな。
喉を可愛げに鳴らし、水をコクコクと飲んでいくサニー。「ぷはぁっ」と言いながら口から容器を遠ざけると、その容器を私に戻してきた。
「ママも飲んでみて。とってもつめたくておいしいよ」
「ありがとう」
私に気を遣ってくれているのか。自分が喉が乾いているであれば、他の人も喉が乾いているはず。そう思って渡してきたのだろう。優しい心遣いだ。
サニーの気遣いに応えるべく、私も水を飲む。だが喉を通っていく水は、冷たさをまったく感じない。水の味がするだけで、何とも味気ないな。
「ねっ、つめたいでしょ?」
「そうだな、冷たくておいし―――」
話を合わせようとし、嘘をつこうとした瞬間。私の左胸に、針で刺されたようなチクリとした痛みが走った。
思わず左胸に視線を移すも、外傷は無い。着ているローブの
「ママ、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
一体何が起こったんだ? 見える範囲を全て見てみるも、居るのは私達だけ。気配も感じない。となると、遠距離から攻撃をされたのだろうか?
しかし外傷は無かった。そして痛んだのは体内。となると、内臓を直接攻撃する魔法か? いや、そんな限定的な箇所に攻撃出来る魔法は知らない。
私が知らないだけなのかもしれないが、もしあるとすれば相当厄介だ。暗殺系の分野で猛威を振るっているだろう。
いくら待てども二回目の攻撃が来ない所をみると、相手は様子見をしているに違いない。どうやら、狙わているのは私だけのようだ。
サニーが狙われれば、その瞬間に魔法壁が発動する。もし発動した場合、攻撃して来た奴は決して許さない。必ず見つけ出して、息の根を止めてやる。
「ママ、お絵かきしたいっ!」
「……む、そうか。ちょっと待ってろ」
何も異変が無い周りを警戒していると、サニーがお願いを言ってきたので、布袋から画用紙と色棒を取り出そうとする私。
二つ共取り出すと同時に、座っていた私の体の上にサニーがポスンと寄り掛かってきては、首を反って無邪気な笑みを見せつけてきた。
「花畑地帯の時もそうだったが、やはりここに座るんだな」
「うんっ。ママとずっといっしょにいれるし、サニーがかいた絵をすぐに見せてあげられるから」
「なるほどな」
とは言ったものの、体の上に長時間座るのは勘弁してほしい。足が信じられないほど痺れる。あれをまた味わう羽目になると思うと、少々気が重い。
そうだ。次は正座ではなく、足を前に広げた状態で座ろう。そうすれば長時間座られても足は痺れないだろうし、サニーとより密着する事が出来る。
花畑地帯に居た時は、ずっと青空や景色を眺めていたが。今日は不透明な敵を警戒しつつ、サニーの絵に集中するとしよう。
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