2年目
7話、秘薬を求めて
結局サニーは
と言う事は、これでサニーは一歳になる。正確な誕生日は知らないので、拾った日である八月七日にしている。
そのサニーはというと、はいはいをし出してからものの数週間で、自らの足で立ち、フラフラしながらも歩き出してしまった。
もうこうなると決して目が離せない。なので新薬、新たなる魔法の開発は暫くの間は諦め、ヨタヨタと歩いているサニーを眺めていた。
だが、今日は一歩たりとも木のカゴから出ず、朝からずっと寝てる。笑い声も泣き声も一切発しないので、非常に大人しい。
隙を見て、魔法の開発をしていた私も流石におかしいと思い、サニーが居る木のカゴの中を覗いてみた。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
「サニー?」
寝てると思っていたサニーは起きていて、苦しそうに呼吸を乱している。頬もそう。赤く火照っていて、両手を挙げてぐったりとしていた。見るからにおかしい。
汗をまったくかいておらず、明らかに体調が悪そうだ。風邪でもひいたのだろうか? 生憎、私の家に風邪を治す薬は無い。
このままサニーを放置すれば、いずれ衰弱し、死んでしまうだろう。だが、私にはまったく関係のない事。風邪をひいたサニーが悪いのだ。
「好都合だ。どうせ、何をしても死にゆく命。せっかくだし薬の実験台にでもしてやろう」
そう言った私は鉄の大釜を用意し、早々に薬を作り始める。サニーに試そうとしている薬は、私だけが作り方を知っている
材料が足りないのか中途半端な効果であるが、飲んだり体にかけたりすれば、傷はもちろんのこと。
大体の病は
秘薬は過去に一度しか作った事ないが、材料や作り方は覚えている。温度さえ気を付ければいい。たったそれだけの事。普通に作ればいいのだ。
「……む。ドラゴンの鱗が無い」
完成間近だというのに、大切な材料がどこにも見当たらない。そう言えばここ一年もの間、採取や材料の調達をロクにしていなかった。
頻繁に外に出ていたが、そのほとんどは街に赴き、サニーの粉ミルク、穀物やおしめを購入していただけ。自分のやるべき事は二の次以下であった。
ドラゴンは、火山や湿地、凍原地帯といった、ここからかなり離れた場所に居る。ただ一匹、会いたくないドラゴンを除けばだが。
「……よりによって、『アルビス』か」
喜怒哀楽の出し方はとうの昔に忘れたが、どの感情にも当てはまらないため息を漏らす。出来れば会いたくない、性格がかなり面倒臭い奴だから。
下手したら、湿地帯に飛んだ方が早い可能性もある。だが、湿地帯に居るドラゴンは必ずしもそこに居る保証はない。
しかし私が会いたくないドラゴンは、山岳地帯の一番高い山の頂上に、ほぼ必ず居座っている。居ない時があるとすれば、腹を空かせて地上に行っている時ぐらいなもの。
山岳地帯に君臨する、自称空の王『アルビス』。こいつは、世界でも個体数が極端に少ないブラックドラゴン。
なのでアルビスの鱗を材料に使えば、秘薬の質が飛躍的に向上し、一滴でもサニーの風邪はすぐに治るだろう。が、アルビスとは本当に会いたくない。
とはいえ、四の五の言っている場合でもなければ、私情を挟んでいる暇も無い。私はもう一度だけため息を吐き、重い足取りで扉を開ける。
今日は珍しく濃霧が晴れていた。どこを見渡しても白に染まっている物はない。代わりに、いつもより暗雲が分厚く、余計に薄暗くなっているが。
雨が降ったばかりで地面がぬかるんでいるので、玄関の中で漆黒色の箒を召喚し、腰を下ろす。宙に浮かんで少し前に出て、扉を閉めてから空へと飛んでいった。
山岳地帯は、速めに飛んで行けば十五分も掛からずに着く。濃霧が完全に晴れてさえいれば、私の家からでも山岳地帯の山々は視認する事が出来る。
かと言って、ただそう見えるだけ。一つ一つの山が巨大過ぎるので、近くにある様に見えるだけだ。大体の山は雲を突き抜ける程に大きい。
そして、山岳地帯で一番高い山の頂上にアルビスは居る。常に暴風が荒れ狂い、日中でも空は紺色の
故に、道中は億劫。話すのは更に面倒臭い。普段であれば、絶対に赴かない場所の一つだ。気まぐれでも決して行こうとは思わない。
アルビスは性格に難がある。相手の動向が気になれば、己が満足するまで探り入れようとしてくるのだ。だからこそ厄介。
秘薬を作りたいから鱗をくれ。分かった。それだけで話が終わるはずがない。必ずどうして秘薬を作りたいのか、しつこく聞いてくるだろう。
ただ知りたいが為に。隠している物を暴きたいが為だけに。私が隠しているのは、サニーの存在。たぶん、間違いなく暴かれる。
不意打ちした隙に鱗を奪い取るのもありだが、相手は腐ってもブラックドラゴン。自らを空の王と名乗っても恥じない強さを誇る。
普通の人間であれば、いくら束になろうが敵わない。魔法を使わずとも、灼熱のブレスで一網打尽だ。鎧を着ていようが瞬時に蒸発してしまうだろう。
強い上に性格が最悪。私がサニーを育てている事が暴かれた場合、迫害の地に居づらくなりそうだ。その時は、嘲笑ってくる者を研究材料にしてしまえばいい話だが。
山頂に着く前に魔物と対峙すると、無駄な時間を消費するだけなので、
雲も存在しない高度になれば、風は止まない暴風へと変わり、澄み渡っている青空は、だんだんと淡い紺色に染まっていった。
「星が見えてきたな、そろそろ山頂がある高度か」
荒れ狂う暴風の音を無視し、より高い空に目を向ける。そこには、日中では決して拝む事が出来ない星々が点在していて、
その空気が薄い高度を維持していると、まだ遠目ではあるが、目的地である山頂が見えてきた。しかし、山頂に居るのはアルビスだけではなく、もう一つの影が寄り添っている。
「……ドレイクが居るな」
ドレイク。火山地帯に住むドラゴンの手下の一人。遊びにでも来ていたのだろうか? 最悪、あいつの鱗を貰うのも悪くはない。
だが、ドレイクの鱗は質が高くないので、やはりアルビスの鱗にしておこう。そう決めた私は、暴風に抗いながら頂上に向かっていった。
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