ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

プロローグ

 あの日から、もう八十年もの月日が経った。


 共に一生暮らそうと誓った大切な彼が、磔にされて首を斬られ、怒りで我を失った私にも殺されて二度死んだ、あの日から。


 その日を境に、平和に満ちていた私の生活は一変した。

 自ら“迫害の地”に逃げ込み、二度死んだ彼を生き返らせる為に、日々新薬、新たなる魔法の開発に明け暮れた。


 二十四歳になった、とある日。薬の副作用により、私の身体の成長がピタリと止まった。

 事実上不老となり、致命傷を負わない限り死ぬ事も無くなったので、中途半端な永遠の時間を手に入れる。


 食事、睡眠をする必要も無くなり、無我夢中で新薬、魔法の開発に没頭した。

 十年、二十年とそんな生活を独りで続けていく内に、だんだんと感情の出し方を忘れていき、喜怒哀楽が消失。


 薬の副作用はまだあったのか、暑さ、寒さを肌で感じ取れなくなり、季節感すら喪失。時間の流れの感覚が鈍くなって、気が付いたら半年以上が過ぎていた事もざらにある。


 三十年、四十年は、迫害の地に追いやられた魔物を研究材料にするべく、魔法で淡々と凍らせては使えそうな部位を精査。粗方取り尽せば、残った部位は氷と共に砕いた。

 迫害の地に訪れてから五十年も経てば、不本意に強くなり過ぎた私は、この地で最強の座に腰を下ろす事となる。


 六十年、七十年にもなれば、全てに行き詰まり、彼を助けたいと願う気持ちに妥協が生まれ始めた。

 一秒ずつでいい。彼が二度死んだあの日へ、一秒ずつ時間が巻き戻る魔法でもいい。

 彼を助けさえ出来れば、この身に何が起ころうとも構わない、そんな薬が欲しい。と、願うようになる。


 しかし願いは叶わず終い。どんなに抗おうとも、どんなに懇願しようとも、彼が二度死んだあの日から一秒ずつ離れていく。

 時の流れは残酷だ。意思が無ければ、感情も悪気さえも無い。時の流れに置いてけぼりにされた彼から私を、一秒ずつ距離を引き離していくから、大嫌いだ。


 後ろを振り向いてみても、一秒前の過去には戻れない。そこにあるのは、一秒先の未来だけ。当然そこには、彼は居ない。

 どこへ向かおうとも、時の流れは一方通行に流れていく。彼が、時の流れが止まってしまった彼が、一秒ずつ私の元から遠ざかっていく。


 だから私は、果てしなく離れてしまった彼との距離を近づける為、今日も新薬、新たなる魔法を開発する。


 大切な彼と、再び逢える日を願って。


 鉄の大釜は、今日も無意味に紫色の液体を沸騰させ。手に取る事すら無くなった色褪せた書物は、捲られる日を待ち望み、埃かぶった本棚の奥で永遠の眠りに就いた。


 私が住む“迫害の地”にある沼地帯は、今日も血生臭い濃霧に覆われている。

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