ニューフェイス
夏木
第1話 なりたい顔になろう
俺は『顔がいい』。
冒頭から何を言っているんだって思っただろう。
とんだいかれ野郎とも思ったかもしれない。
しかし、自信をもって言える。
これは事実だ。
大きくてはっきりとした目に適度な鼻の高さをもちつつ、鼻筋は通っている。
歯並びは綺麗だし、歯は汚れのない白を維持。もちろん肌だってつるつるだ。
顔のパーツがそれぞれよくて、バランスもいい。そんな顔に合わせたこの髪型。
どの角度から見ても、俺は完璧だ。
もちろん、顔だけじゃなくて適度な身長に適度な筋肉もある。
俺は生まれたときから、完璧なのだ!
こんな俺だから、街を歩けば女性の視線を集め、やれイケメンだ、やれ国宝級だ、やれなりたい顔ランキングの殿堂入りだとまで言われた。
自分でもそう思うさ。な?
だから、それを活かして、モデルや俳優をやっていたのだが……突如世界は変わった。
「来るなぁぁぁ!!」
俺は今、追いかけられている。
追っ手は十中八九、男の人。体型は様々であるが、共通しているのは『顔がない』ということ。
のっぺらぼうだ。
目も鼻もないのに、どういうわけか俺を執拗に追いかけてくるのだ。
やめろと俺が叫んでも、向こうが声を出せるわけもないので、返事はない。代わりに行動で拒否を示す。ゾンビが襲ってくるゲームの主人公になった気分だ。ゾンビであれば、倒すっていう手段がある。でも、のっぺらぼうのあいつらは、人間だ。ちゃんと生きている人なんだ。
あいつらにつかまって、何されるかわからない。そして、反撃するのも気が引ける。
となれば、できることは一つ。
逃げること。
そもそもこんなことになったのは、有名企業が開発した『ニューフェイス』というシステムのせいだ。
この『ニューフェイス』の売り文句は、『なりたい顔になれる』。
どんな仕組みなのかは知らない。が、人の顔をまるでキャンバスのように一度まっさらにして、新しく作りかえるというのだ。
顔を登録しておけば、その顔になれるという。
自分の顔を売ると言えば分かりやすいだろう。
誰かがその顔を選んだら、使用料が支払われる。
何もしなくてもお金が手に入る、それに唆されて可愛いアイドルや、イケメン俳優がこぞって広告塔となって登録していった。
俺?
するわけないじゃん。
だって、俺は唯一無二の存在。誰かが同じ顔になるなんてお断りだ。いくらお金を積まれても嫌だね。
とまあ、いくら俺が拒否をしても、社会はただで提供できる顔を登録してお金を得る者、そしてその顔を求める人の二極化が進んだ。
顔にコンプレックスを持った人は、どんどん顔を求め続けた。
チベスナのような目がコンプレックスだった人が、くりくりの目を持つアイドルの顔へ。
団子鼻だった人が、鼻筋の通った俳優の顔へ。
印象が薄い顔立ちの人が、テレビで見たことのある著名人へ。
これがまた奇妙なもので。
みんななりたい顔って、だいたい決まっているんだよな。なりたい顔ランキングっていうのがあるぐらいだから、その系統を見ていればわかると思うけど。
そうやって繰り返していくうちに、どうなったかというと……人はみな、同じ顔になった。
考えてみてほしい。
右を見ても、左を見ても。どこもかしこも同じ顔が並ぶ。
もう、誰が本物だったのかわからない。
指紋や虹彩認証は可能だが、免許証や顔認証は役に立たない。
指名手配なんて無意味。だってみんな顔が同じだから。
名前や性格が違っても、見た目が同じになると恐怖だ。
あっという間に社会は混乱に陥った。
自分が自分だという証明が簡単にできなくなった社会で起きたのは、ニューフェイスシステムの故障だった。
システムを利用した顔は削除されるという大きな故障。
ニューフェイスでなった顔も、ニューフェイスに登録したオリジナルの顔も。
一度でもニューフェイスに関わった顔が、この世界から消えた。
「最悪だ……」
ニューフェイスに関わった人の顔は、のっぺらぼうになっている。
今、のっぺらぼうでない人は数少ない。
のっぺらぼうだから、会話は不可能。
何を考えているのかわからないまま、あいつらは顔を持つ人を追いかけてくるのだ。
俺の推測だが、顔をニューフェイスに登録させようとしてるんじゃないかと思ってる。
システムのデータは飛んでしまったが、再登録できれば利用は出来るって噂だし。
冗談じゃない。
俺の顔は俺だけのもの。
誰かにあげてやるものか。
「はあ……」
人がいない方向へと走り続けて、何とか奴らをまくことができた。
辺りは廃墟が建ち並ぶ。奴らがいないとなれば、必然的に人もいない。ここまでくれば、追いかけられる心配はなくなる。
乳酸がたまった足を休めるべく、物陰に腰を下ろす。
「ねえ」
「うわっ!?」
突如上から声がした。
そう、声が。
見上げれば、俺を見下ろす少女が一人。
のっぺらぼうからは決して出ない声。それが聞こえたということは、人間であるということだ。
俺を見下ろす丸く蒼い目に、情けない顔をした俺が反射している。
「うふふふ。びっくりした?」
「そりゃ、するって……って、顔があるから、ニューフェイスじゃない、よね?」
「もち。私は私だもん」
ぴょんと、軽く飛んで俺の目の前に移動してきた少女は、胸を張って言う。間違いない、ニューフェイスの非利用者だ。かなり久しぶりに見た。
「君さ、暇?」
俺よりも絶対年下のはずなのに、少女に敬うという態度は見られない。まあ、いいか。今はそんなことを気にしている状況でもないし。
「暇じゃない。逃げるのに必死で」
「ということは、やることはそれしかないんだね。じゃあ、暇ということだ」
「は? お前、耳詰まってんの? それとも頭がいかれているの?」
「聴力は人よりいいぞ。頭がいかれているのはこの社会の人々全員だろう? 私は正常だ」
話が通じない。なんだかめんどくさいことになる気がしてならない。こうなれば、こいつからも逃げた方がいいな……。
しれっと逃げようと立ち上がって一歩進めたが、足が進まなかった。
振り返れば、俺の腕をしっかりとホールドしているのだ。このいかれた女が。
「レディを置いていくのかい? 男として、いや、人としてどうかな? せっかくいい顔をしているのに、中身が薄汚れているぞ」
「なんなんだよ、お前……」
「私か? 私は、シルヴァ」
「シルヴァ……シルヴァ!? まさか……」
シルヴァという名前を見聞きしたことがある。
それは――
「ニューフェイスを作ったシルヴァ。それが私だ」
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