第19話 異龍の巣にて
ここで再び少し時間を遡る。
小太郎や弥次郎たちがオーガこと異龍(=アロサウルス)の群れに襲われた場面を別視点から見てみよう。
* * * * *
「まあ!じゃあ弥次郎さんも実はサブロウさまのお仲間なんですね」
「そういうこと。弥次郎は今回の『
二人は近道を通り、弥次郎や小太郎と出会うことなく、大桑の山裾にある秘密基地『異龍の巣』に到着した。そこはちょうど弥次郎たち隠れ家を直近から見下ろせる位置にある。
『異龍の巣』は竹で組まれたかなり大きな半球状の施設だ。ちょっとした寺の本堂よりも大きい。天井部分と向こう側、全周四分の三は草できっちり覆われている。いわば草のドームだ。隠れ家の方からは草木が茂った丘に見えるよう偽装してある。こちら側四分の一壁面は明かりとりのために開放されて、竹で組まれた骨組みがむき出しになっている。
「サブロウさま、こちらは準備万端です」
大桑職人衆の一人、色白ぽっちゃりの市兵衛が二人を迎えた。敵に聞こえないよう声の大きさはみんな控えめだ。
「あ、ゆうべ裸になった酔っ払いの人だ!」
ヨシノが思わず
「姫さま、昨日はお見苦しいものをお目にかけて申し訳ございませんでした」
市兵衛が深く頭を下げる。
「勘弁してやれ、ヨシノ。さすがに今はシラフだ。市兵衛は本当は大した奴なんだぞ!大道具小道具など今回の大作戦で使う裏方の仕掛けや道具を全部、監督をしているのだ」
「ええ?全裸監督をしている⁉︎」
「ヨシノさま、ちがいます!」
「冗談です。でも、あれの印象が強すぎるんですよ」
「昨日も言いましたが、全裸ではなく足袋は履いておりました!」
「「そこかい!」」
サブロウとヨシノが思わず突っ込む。
「まあいいや。市兵衛、ヨシノにも異龍を見せてやってくれ」
「かしこまりました。ヨシノさま異龍はこちらです」
市兵衛はドームの奥に案内する。
そこには三頭の異龍(=アロサウルス)が立っていた。身体の色は焦茶の上に黒や緑の
「わあ、大きいしスゴく強そう。カッコいい!」
とヨシノは感動している。そのときだ。
フワ〜〜〜ン!!
妙な音がしたかと思うとそのうちの一体がズシャッズシャッと音を立ててヨシノの方に向かって歩き出した。
「キャアっ!」
驚いたヨシノが思わずサブロウにしがみつく。
「大丈夫だ。よくできているだろう?中に人が入ってあのように動かせる着ぐるみだ」
凝り性のサブロウとカズマ。さらに元は桶職人の市兵衛に人形職人の英二が加わって非常にリアルに作り上げた。もちろん、リアルと言ってもこの中の誰も実物の異龍をみたことのある者はいない。
「おい、ヨシノ。俺だ、彦次郎だ」
「その声は彦次郎兄上!びっくりしたあ!さっきの鳴き声は?」
もう一体の異龍がやはりズシャッズシャッと音を立ててヨシノの方に来る。
「彦三郎だ。あれはブブセラの音だ。大桑に来たときに一緒に聞いただろう?」
「あ、そう言えば」
「この異龍の着ぐるみ三体で、豊後守の手下どもを驚かして追い払うのだ。小さい異龍二号機、三号機にはヨシノの兄貴たちに入ってもらうことにした。大きい異龍一号機はちょっと操作が面倒なんで英二と金兵衛の二人に入ってもらう」
ややかん高い声、だけどずっしりと妙に安定感のある坊主頭の大男がよってきて頭を下げる。
「どうも。英二です。頭の方は自分が操作して口を開けたり閉めたりします」
「あ!大きい方の口には忍び装束の大きな人形が挟まっている。芸が細かい!」
「そうでしょう。アレがばくばく噛まれるように動くんです!」
英二が嬉しそうに話す。そしてもう一人。
「サブロウさま、俺はこいつのバカ長い尻尾を振り回して弥次さんを吹っ飛ばせばいいんだよな」
お馴染みがっちり体型の金兵衛である。
「そういうこと」
「わかったぜ!力仕事も任せときな!」
「英二と金兵衛は、もう丸兜と鎖帷子をつけて異龍一号機に入ってくれ。そろそろ出番だ」
「「了解!」」
職人二人は防具をつけて大きな着ぐるみの中に入って出て行った。
市兵衛も段取りを稲葉兄弟と確認しながら説明する。
「はい、彦次郎さん、彦三郎さん。猪の血をかけてから、出てもらいますからね。彦次郎さんは猪の腸を手の中に隠して持っていくのを忘れないでくださいね。合図したら彦三郎さんは適当にブブセラを鳴らしてください」
「「応!」」
「サブロウさま、足軽は逃がすんですよね」
市兵衛が訊ねる。
「うむ。足軽どもはあえて逃がす。目撃者としてそいつらに『大桑には化け物がいる!』という話をさせる。実際に体験しているから臨場感があって話の信憑性は高くなるんでな。話に尾鰭がついて大袈裟になる方が良いな」
「そうですなあ」
「加えて、こちらからも『大桑の山には異龍という化け物がいる』との噂をばら撒く。そうすれば、相乗効果が出て、きっとこの大桑の地を禁足地にできる。大桑に手を出そうという者も、勝手に大桑に忍び込む者も減らせるだろう。そうすれば安心して秘密の研究が色々できる。他の連中に知られては困るのでな」
「見られては困ることをなさっているのですか⁉︎」
ヨシノがちょっと驚く。
「うむ。俺としてはけして悪事ではないがあまり大っぴらにしたくないことや、悪用されると困ることは隠しておきたいんだ。もちろんヨシノにはあとで全部説明するから」
「わたしには秘密にしないというなら、サブロウさまを信じます。わたしはサブロウさまの妻ですから」
「ありがとう。やっぱりヨシノはいい女だな」
「サブロウさま、お侍は生け取りですね?」
市兵衛が訊ねる。
「そうだ。弥次郎は味方だからよいとして、足立六兵衛と多田三八郎、岩手彦七郎、そして森小太郎の四人は生け取りだ。こいつらは長井豊後守配下の下克上組の連中だ」
「「「下克上組?」」」
聞きなれぬ言葉に稲葉兄妹の声が重なる。
「身分差別をなくすためと称して美濃に大乱を起こそうと企てる過激派だな。不満と出世欲を豊後守につけ込まれて操られている大たわけどもだ。コイツらには、きついお灸が必要だな。抵抗したら腕や脚の一本くらい折ってしまっても構わない。ヨシノをホイホイ
「「まあ、当然だな」」
稲葉兄弟が同意する。
「ああ、でも弥次郎がこう言っていたな。森小太郎だけは違う。アイツが下克上組に入ったのは何かの間違いだって。国人領主の嫡男のくせに我欲抜きに悩み考えて、世直しを目指している。助けてほしいと頼まれた。正直言って下克上組なんかに興味はなかったけれど、お陰で計画変更だ。いい迷惑だよ」
そう言って口を尖らせるサブロウだが目が笑っている。
「その割にはサブロウさまはなんだか嬉しそうです」
「わかるか。頭は固くても面白そうな奴じゃないか。嫌いじゃないぞ。武士の四人は佐助に誘導させて、大きな落とし穴で一網打尽にする。小太郎だけはできるだけ無傷で捕まえよう」
「誰が捕まえるのですか?」
「カズマとチカと段蔵と哲つぁんが待機している。取り逃がすことはまずあるまい」
「サブロウさま!弥次郎さんが隠れ家に帰って来ました」
ドーム内に建てた物見櫓から総兵衛が報告する。
「あれ、総兵衛さんは何をしているんですか?」
「ははは。見張りと、作り物の脚を弥次郎さんたちの前に投げ落とす役です。サブロウさま、ヨシノさま。こっちからの方がよく見えますよ」
「では、ヨシノ。高みの見物と行こうか」
「はい!」
「市兵衛任せたぞ!」
「へい!では皆さん『大桑襲撃大作戦』本番入ります!」
* * * * *
今現在、弥次郎たちの隠れ家の二つの小屋の周りに敵は誰もいない。周りにいるのはサブロウの配下のみ。そのほとんどが風魔である。
三体の異龍(アロサウルス)の着ぐるみも、猪の血を滴らせながら所定の位置に着いた。
焦げ茶色の忍び装束の何人かの風魔の忍びたちも猪の血塗れになってから指定の位置で横たわる。死体の役だ。
他にもニセの足軽役も何人か指定の位置に散らばった。そのうちの一人がやけにぽっちゃりしていると思ったら市兵衛だった。現場で指示を出すつもりらしい。
「(彦三郎さん!)」
フワ〜〜〜ン!!フワ〜〜〜ン!!
フワ〜〜〜ン!!フワ〜〜〜ン!!
間もなく小屋の一つから佐助が出てくる。来ていた黒い忍び装束を脱ぐと中から焦げ茶色の忍び装束が出てきた。死体役と同じ色の装束だ。
「サブロウさま。向こうの忍びたちはどうなったの?」
「とっくに買収済み。福光でゴロゴロしている。報酬が一桁違うからな」
「なるほど」
小屋からの死角に回った佐助が喉も張り裂けんばかりに叫ぶ!
「あああああああああああああああああ!」
絶叫が当たりに響き渡った。
ニセ足軽の風魔たちが大声で話す。
「どうした、どうした!」
「いったいなんだ」
「うわっ!なんだこれは」
「(よーし。足軽の小屋の裏の印をつけた柱を大木槌でぶっ壊せ。そうしたら小屋が半壊する)」
「(応!)」
どしん!
大柄な風魔が大木槌をふるう。小屋を支えていた柱にそれをぶつける音と衝撃。ミシミシと木が
ザザン!
一際大きな音がしたかと思うとひどい土埃が辺りに立ち込める
足軽小屋が無事半壊した。
「うああああああああああっ!化け物だあ!」
「ともかく化け物のいない方に逃げ、あがああああああああ!」
死体役の風魔たちが断末魔の声を熱演する。
「皆さん。どうやらもう猶予はありません。出ますよ!」
大声で台詞を叫んだ弥次郎を先頭に、小太郎、六兵衛、彦七郎、三八郎がそれぞれの獲物を手に隠れ家の小屋を飛び出してくる
彼らが見たものは半壊した足軽たちの小屋とそこから慌てて飛び出した足軽たちとそのように見えるニセの足軽たち。そして血塗れで横たわる何人かの忍びの死体役の風魔の忍びたち。
総兵衛が、異龍に食いちぎられた黒い忍び装束の脚のニセモノを、彼らの目の前に落ちるように狙って投げ落とす。
ぼたり
彼らの丁度目の前に黒い忍び装束を纏った血塗れの脚が落ちる。
「(よっしゃばっちり真ん前!)」
「・・・・・・佐助?」
弥次郎が決められた台詞を大きめの声でつぶやく。
フワ〜〜〜ン!!フワ〜〜〜ン!!
今度は異龍一号機の中で英二がブブセラを吹き鳴らす。結構うるさい。
弥次郎たちが振り向くと、巨大な異龍一号機が長く太い尻尾をふりふり、前屈みに二本足(よく見るともう二本後足が見えるが)で立っている。それは高さが八尺(約二.四メートル)、体長は六間(約十一メートル)ほどもある。両目の上に短い角のようなコブがある。
異龍一号機は大きく裂けた口に黒装束の忍びっぽい実寸大の人形を咥えて振り回していた。ときどきバクバクとその口を開閉させてみせる。ちなみに異龍二号機と三号機にはその機能はない。
「あれが、サブロウさまの言うオーガなのか」
小太郎が愕然として呟く。
多田三八郎が一号機の頭に向けて弓矢を放つ。矢は見事に化け物の後頭部に刺さるが、全くの無反応だ。
「(アッぶねー!アイツ弓を使いやがった!)」
「(剣呑、剣呑)」
「よほど皮が厚いのか。此奴には弓矢は効かぬようだな」
「大き過ぎる。槍や刀も効くかどうか。いっそ熊だった方がどれだけ良かったことか」
三八郎と六兵衛が溜息をついた。
「くそっ。うわああああああああ!」
「おい、弥次郎!よせ!」
小太郎が止める声も振り切って、弥次郎は発狂したフリをして、刀を闇雲に振り回しながらが化け物に突っ込んでいく。ちなみに刀は刃を引いてあるから何も切れない。
異龍一号機は巨体を反転させる。
「えーっと、たしか、チャーシューメーーン」
それから金兵衛が強烈な尻尾の横スイングを振るい、弥次郎の胴をジャストミート。弥次郎を吹き飛ばす。
「いってーなー」
弥次郎は着物の下に簡易的な胴を着こんでいるとはいえ、痛いものは痛い。衝撃を逃がすため思いっきり後ろ向けに跳び下がって、更に数歩後ろ向きに走り、勢いのまま地面をゴロゴロ転がり仰向けに大の字になった。
「ああ、痛かった」
異龍二号機、三号機の稲葉兄弟がジャカジャカと着こんだ鎧の音を鳴らしながら全力疾走してくる。しかし鎧兜が重いためそんなに早くは走れない。
彦七郎がいち早く二号機、三号機に気づく。だが、弥次郎しか見えていない小太郎が飛び出そうとする。
「弥次郎!」
「待て!」
小太郎が弥次郎を助けようとするのを彦七郎が力ずくで引き留めて言う。
「別の奴らが来ている」
弥次郎に到達して二号機の彦次郎は前腕の鋭い爪で弥次郎の腹を切り裂くフリをしながら、拳の中に隠しておいた猪の腸を一度弥次郎の腹の上に置いた。そこでちょっと絞ると血が飛び散る仕掛けだ。
「うわ、臭い。気持ち悪い」
「弥次郎殿、我慢だ」
それから腸の端をつまんで引っ張り上げて、さも今、弥次郎の腹から引き摺り出したように見せかける。
もちろん、猪の腸は昨夜ジビエ料理の時に取っておいた余り物である。
「弥次郎も佐助ももう助からん。ヨシノさまがどうこういっている場合ではない。皆、逃げるぞ!」
彦七郎が叫ぶ。
ニセ足軽たちは声をあげて慌てて逃げ出す熱演だ。
「た、たすけてくれ!」
「こっちからもきたぞ!」
「くそっ。こんな化け物とやり合うなんて聞いてねえぞ!」
「やってられるかい、逃げるぞ!」
遠巻きに呆然とその様子を見ていたホンモノの足軽たちもその言葉を聞いて我先に逃げ出した。
小太郎たちも四人でまとまって逃げ出す。その後ろから異龍二号機と三号機の稲葉兄弟が追いかける。
「旦那さまがた、こちらへ!」
焦げ茶色の忍び装束になった佐助が何食わぬ顔で先頭を走って誘導する。覆面もしているから誰も疑わない。それを追いかけて小太郎たちが全力で走る。それを異龍が追いかける。
佐助が大きく真横に跳ぶ。だが後続の四人は止まれない。
「うわあっ」
そのとき小太郎たちの四人の足元が崩れる。四人は深く大きな落とし穴に転落した。穴の底には稲藁を厚く敷き詰めてある。怪我をする可能性はゼロではないが少ない。
「皆、大丈夫か!うっ!」
穴の底で叫んだ小太郎の首に黒装束の段蔵の腕があっという間に絡みつく。
スリーパーホールドだ。
頚動脈をふわっと絞められた小太郎はあっという間に失神して崩れ落ちてしまう。
「何者だ!」
足立六兵衛が叫ぶ。
黒装束のチカが落とし穴の中に姿を現して答える。
「何者なんだと聞かれたならば」
同じく黒装束のカズマも姿を現し言葉を続ける。
「答えてやるのが世の情け」
なぜか修験者の格好のままで覆面をした宗哲も姿を現して台詞を続ける。
「美濃の平和を守るため」
さらに段蔵も言葉を続けて言う。
「美濃を乱す醜い悪を、退治しようぞ」
そこで一拍ためを置いて
「「「「我ら
四人で声を揃えて見栄を切った!
深く大きな穴の底で、下克上組とスネイクレンジャーとの闘いが始まる!
つづく
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