どうして教室で着替えていた少女にパシられているのだろう?

英賀要

美少女は着替え中

 ぼく、東 晴也あずま はるやは今日も学校に行かなければならない。

 無理矢理体を起こして準備しながら考える。

 確か、今日は数学の宿題があったはずだ。

 だが、まだ終わっていない。早めに学校に行ってやっておこう。



 学校に着いた。

 外で部活の朝練の声が聞こえてくるが、校舎の中はまるで人の気配がない。

 

「よく、こんな寒い中朝練なんてするよなあ」


 たぶん、誰もこの中にはいないだろうと呟き、フラグを立てながら教室の扉を開ける。

 ガラガラと音が鳴り、それに反応してこちらに一つの視線がぶつかる。

 それに応えるようにぼくもそちらを向く――


「……」

「……」


 絶句である。

 黒髪ロングの目が鋭い女子、下沢 琴乃しもさわ ことのが体操服を脱いで下着姿なになってこちらを見ていたのだ。

 ぼくは、思考停止した。

 彼女と目が合ったまま、どれくらい経っただろうか?

 恐らく3秒くらいだっただろう。(でも、体感10分くらいそこに突っ立っていたような気分である)彼女が口を開く。


「外で待ってて」


 その淡々とした声に驚きつつも、我に返ったぼくは、その指示に従い外に出た。

 そして、廊下の壁に背中を預けて、天を仰ぐようにして格好つけて言った。


「はっ。終わったな……」


 いや、格好つけている場合ではない結構マジで終わってるかもしれない。

 クラスメイトたちが登校し始めたらあいつがぼくが覗き見しやがったっていうふうに吹聴しやがる可能性大だ。

 そうなったら僕が社会的に死亡することは目に見えている。


「ううん……」

 

 止めないといけない。

 でも、そもそも下沢さんっていつも一人でいるイメージが強い。

 吹聴する相手なんているだろうか? 全然あり得るか?

 まあいい。後で交渉するのは決定事項だ。


「なにずっと唸ってるの。入っていいわよ」

「うわっ」


 制服姿になって、いつのまにか、ぼくの後ろに立っていたようだ。

 明らかに少しツンツンしていて怒っている。


「うわってなによ」

「い、いや急に話しかけられたから……」

「そうかしら? それは悪かったわね」


 意外とすんなりと謝ってくれた。

 自分は悪くないと胸を張って言えるタイプだと思ってた認識を改めよう。


「……」

「それであなたは、何をしてくれるのかしら?」

「うん?」

「いえ、別に私は謝ったのに、あなたは人の裸を見ておいて謝罪の一つもなしとはどういう了見なのかと訊きたいだなんて思っているわけないじゃないわよ。あなたにとっては謝らないことが常識なんだものね。自分の価値観を押し付けるのはよくないわ。謝らなくていいわよ」


 めっちゃ怒ってる。

 すごく罪悪感を感じるし、この女の性格の悪さも感じる。

 分かった。謝ろう。


「すみませんでした」

「謝罪なんて求めてないわ」


 は? 急に理不尽だ。いや、求めてただろ。直接口には出してないが、めちゃくちゃ腹立ててましたよね?


「だから、私はあなたが何をしてくれるのか聞いたのよ」

「何を?」

「ええ、謝罪なんて薄っぺらいもの要求しないわ。行動で示しなさい」


 具体的には? と聞きたいところだが、この女の性格上、自分で考えることもできないの? と言われそうだ。

 なんでこんなにも毒舌なんだよ。


「えっと、パシリに使ってくださって結構です」

「私の裸は、あなたの買ってくる焼きそばパンやオレンジジュースと等価だと言いたいのかしら」


 なんで、そんなふうに捉えるんだよ。

 というか、もうこいつ毒舌なんじゃなくてただの被害妄想激しいめんどくさいだけの女なんじゃねえの。

 下沢の裸といえば一番の問題である、なんで教室で着替えていたのか未だに分かってねえんだが?

 

「なあ、そんなことよりなんで教室で着替えてたんだ?」

「ああ、それね」

「うん」

「いえ、私って陸上部じゃない」

「知らねえな」

「だから、陸上部の朝練の着替えを部室でやると他の部員と一緒だから気まずいじゃない」


 無視された。無視された。無視された。


「つまりぼっちだから一緒に着替えたくないということでオッケーか」

「うるさい」


 つまり、オッケーらしい。

 

「はあ、まあいいわ。結局1年間私のパシリになってくれるのよね」

「1年間?!」


 おいおい、話が違うんだが?

 

「なに? 文句があるなら言ってごらんなさい。その場合あなたの社会的な命がなくなると思いなさい」

「いえ、ないです……」


 1年間かあ。

 社会的に死ぬよりかは遥かにマシかもしれない。

 仕方がない、やるか……



◆◆◆

 昼休み


「――褒めて遣わすわ」

「……ありがとう……ございます」


 あの後、数学の宿題のことなんて頭になく宿題をやらず数学の授業に出たぼくは、もちろんイヤと言うほど怒られた。

 その上昼休みに、朝の言っていた通りジュースを買ってこさされていた。


「これ、本当に1年続けるんですか?」

「ええ、当たり前じゃない。何言ってるのかしら、命が惜しくないの?」


 惜しいよ。惜しいから買って来たんだよ!


「……ところで、なんだか不快な視線を感じるんだけれど」

「うん?」

「いえね、なぜか私たちの会話に観客がいるのよ」


 優雅に、ぼくが買ってきたペットボトルの紅茶を飲みながら(ここまでの美少女になるとペットボトルでも優雅になるらしい)言った。

 もっとも、物凄く分かりにくい言い方ではあったが。

 だが、一応は分かった。確かに視線を感じる。

 このクラスの、ぼっちふたりが話しているのがよほど珍しいのだろうか?


「自惚れないことね。あなたに興味があるんじゃないわ。なぜこの私と仲が良さそうに話しているのかが気になっているだけでしょう」


 心を読まれた。

 こいつ毒舌だけじゃなくて、読心術も遣うのか!?

 それにしても、仲が良い、仲が良いと言ったか?

  

「仲が良い?」

「ゴホッゴホッ」


 顔を真っ赤にして、口に含んでいる紅茶を毒霧よろしく、綺麗にぼくに吹きかけてきやがった。

 優雅のゆの字も無くなった。まったく、下品なことこの上ない。

 ハンカチで紅茶を拭き取りながら、嫌がらせの意味を込めて言ってやった。


「どうした? ぼくと君が仲が良いと思っていると言うことか?」

「ち、ちがうわよ。き、客観的。そう、客観的に見て私とあなたが仲が良さそうに見えるだろうと推測した上での発言だったのよ」


 これまでの毒舌クールキャラはどこへやら、今は本当に目をキョロキョロ動かして明らかに動揺していて、ツンデレチョロインに変貌を遂げていた。


「へえ、それはそれは客観的に自分を見ることができる能力が高いのは良いことですね?」

「え、ええそうね……」


 そんなこんなを話していると、後ろから肩をトントンと叩かれた。


「はい?」

「ちょっとこっち来いよ」


 どちらかと言うと陽キャグループに属している男子、つまり陽キャくんが訪ねてきた。

 なんだ? カツアゲでもされるのだろうか? 今日は本当に運がない。


「あのさ、お前下沢と付き合ってるのか?」

「え?」

「いや、だってあんなに仲が良さそうに話してたじゃねえか」


 視線は感じていたが、本当に下沢さんの考えが言っていたように仲が良さそうに見えていたとは……。

 ……というか、あれは仲が良さそうなのだろうか?


「仲が良さそうだった?」

「ああ、見せつけてるのかと思った」


 嘘だろ?! なんか、めっちゃ恥ずかしくなってきた。


「なんだお前、顔赤いぞ」

「今日暑いね」

「今日は11月だ」

「うっ」


 余計暑くなった気がする。


「それで、結局のところどうなんだ?」

「いや、付き合って"は"いない」

「へえ、そうなんだな。あいつらがさずっとその話をしていて訊いてこいって言われたもんで」


 そう言って親指で後ろを指して男子のグループを指差す。


「はあ」

「悪かったな。それが訊きたかっただけだ」


 片手を上げて「じゃっ」とだけ言って自分のグループに帰ってしまった。

 ……どうして、付き合って"は"いないなんて言い方をしたんだろう。

 答えは結局見つからず、自分の席に戻ることにした。


「ちょっと、待ちなさい」

「なんだ?」

「あの陽キャ男子となんの話ししてたの?」

「ああ……さっきの話だよ。ぼくと下沢が仲が良いってやつ……」

「ほら見なさい。やっぱり仲が良く見えていたのよ。客観的に見ただけなの」


 ドヤ顔で言ってくる姿はやはり美少女、ぼくがドヤ顔で何かを言ったら女子に散々キモいと言われてその上また罵られるのは目に見えているのに対し、様になっていた。


「それと、さっき私に何も言わずにどこかに行ったことについてなんの一言もないのかしら? ええそうよね、あなたにとっては――」

「――分かりました! ごめんなさい! もうその先は言わないで! アレ、結構効くんだよ」

「アレって、あなたにとっては謝らないのが常識なんだものね。人に価値観押し付けるのは良くないわ。謝らなくていいわよってやつ?」

「そうだよ! なんで言っちゃったの?!」


 また、周りからの視線が強くなった気がした。

 その上「うわあ、ラブラブだねえ。最近彼氏と倦怠期だから羨ましい」などと聞こえてくる。

 めちゃくちゃに誤解されてる! 誤解を解いてもらうよう、アイコンタクトでさっきの陽キャくんに合図を送るが、ニコッと笑うとぼくには目もくれないで友達と会話を続けた。


 これから1年間が大変になりそうだ。


「1年間だけだと思わないことね」


 なんだか、不穏なセリフが聞こえた気がした。

 でも、それも悪くないかもと思った。

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