第63話 何かあったら
『大丈夫だよ、ソフィアは』
頭に直接響いてくるような声にアランが顔を上げると、フェンリルのハナコが視界に映った。
ガタリと、アランは椅子から立ち上がり半歩下がった。
一方のハナコはまるで主人に付き添うように、ソフィアのそばに腰を下ろしている。
「さっきの狐の人が言ってた通り、ちょっと疲れて眠っちゃってるだけだからさ。そんなに心配しなくて大丈夫」
先程までのアランの心配を払拭するようにハナコが言う。
対するアランは目を見開いていた。
(この俺が、声をかけられるまで気づかなかった……だと)
軍事の中でも国のトップに身を置くアランの気配察知能力は相当なものだ。
確かに精霊は人と違って観測が難しいが、莫大な精霊力を持つアランが気づかないなど本来ならあり得ない。
(この精霊は、一体……)
改めて、アランは思う。
アランにとってハナコはソフィアが連れてきた高位の精霊、くらいの認識だった。
精霊は気まぐれで自由の存在だ。
両者に上下関係はなく、対等な関係として接してきた歴史がある分、こちら側から深く干渉するという風潮自体が乏しい。
故にハナコに関しても、出自や正確な力の保有量などを調べた事はなかった。
見たところソフィアにべったり懐いており、それ以外の者に危害を加える様子もないため、深く調べる必要が無かったのだ。
とはいえ。
(この精霊は、他の精霊と比べて明らかに違う……)
改めて対峙すると、そんな確信がアランの中に湧き上がった。
ソフィアが桁外れの精霊力を保有しているから、彼女と何年も共にした精霊が膨大な力を保有するに至った、と考えるのが普通だが、もっと特殊な事柄がこのフェンリルに絡み付いている気がしてならなかった。
(一体、この精霊は……)
何者なのだと思ったその時。
『そんなに警戒しなくても大丈夫だよ』
緊張感のない、悪戯好きな少年のような声。
こちら側の感情を読み取られた事に、アランは眉を顰める。
『僕はソフィアが大好きなだけの、ただの精霊さ。特段、気にかけるようなものでもないと思うよ』
「……気にかけるかどうかは、こちらが判断する」
『そうかい』
ひょいっと、ハナコはソフィアの身体を乗り越える。
それから枕元に移動して、ソフィアの顔をひと舐めした。
すると、ハナコの身体がぼうっと光る。
その光はソフィアの方へ移動して、彼女の身体を包むように纏わりついた。
「精霊力の譲渡か」
『君たちの言葉ではそう言うんだね』
相変わらず飄々とした調子で言うハナコ。
『ソフィアには数え切れないくらいパワーを貰ったからね、お返ししないと』
ソフィアの頬に顔を擦り寄せつつ、精霊力を譲渡しながらハナコは言う。
ハナコとソフィアの間でどのようなやりとりが行われていたのか知る由がないが、想像以上に二人の絆が固いことを象徴するかのような光景だった。
『ああ、これだけは言っておきたいんだけど』
ふと、ハナコが顔を上げてアランの方を見た。
今までの屈託のない表情とは打って変わった、強い感情を灯した双眸。
『ソフィアに万が一の事があったら僕……許さないからね?』
アランの背中に走るピリリとした緊張感。
ハナコの全身から放たれる例えようのない圧力に負けじと、アランも強い瞳で返しながら口を開く。
「万が一、はあり得ない」
はっきりと、決意を灯すようにアランは言葉を告げる。
「俺が、ソフィアを守る」
今回のようなことは二度と起こすまいと、強く心に誓う。
『そっか』
ハナコから圧が消える。
まるでアランの胸襟を察したように、ハナコはどこか笑うように表情を柔らかくして。
『信じているよ』
それだけ言い残して、ふっと姿を消した
再びソフィアと二人きりになって、息をつきながらアランが椅子に座り直す。
精霊というものはやはり、どこまでも気まぐれで、自由な存在だ。
だが、とアランは思う。
ハナコはきっと、ソフィアの強い味方なんだろうと。
自分もそうでありたいと、改めて思うアラン。
仮初の婚約、種族間の報われない恋、本気で好きになるわけにはいかない。
そう色々と理由をつけてきたが、ソフィアに対する自身の執着を、想いを、誤魔化す事が出来なくなっている事に、アランは自覚を持ち始めていた。
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