第36話 精霊って

「美味しいっ……」


 衣がさくりと音を立てたかと思うと、カニクリームが口の中をとろりと彩る。

 

 クラリスが運んできた夕食は、今日も今日とてとても豪勢なラインナップだった。


 今しがた食べたカニクリームコロッケを筆頭に、鶏肉のコンフィや明太子パスタ。

 毎度お馴染みキャベツサラダもバッチリメニューに入っている。


 今日はアランとではなく一人なためか、全体的にボリュームは少なめだった。


「無理に完食なさらないで大丈夫ですからね、今日はお疲れだと思うので」

「ありがとう、クラリス」


 とはいえ先程の睡眠と、ハナコからの謎のパワーチャージのおかげでコンディションは万全だ。


 メニューをひとつひとつ、至福満面の笑顔でソフィアは平らげていった。


 しかしその一方で、ソフィアは考え事をしていた。

 ベッドの上ですぴーすぴーと寝息を立てるハナコを、ちらりと見やる。


(私が望んだから……ハナコは来てくれた)


 先程ハナコが言っていた言葉が、妙にひっかかっていた。


「ソフィア様、如何なさいました?」

「え?」

「パスタにフォークを差し込んだまま、ピクリともお動きにならないので、どうしたのかと」

「あ……ああっ、ごめんなさい、少し考え事をしていたわ」


 くるくるとフォークを回し、たらこパスタを口に運ぶ。

 

 ピリリとした辛味と、たらこのプチプチ感。

 濃厚なバターソースがパスタと絡み合って、これも本当に美味しい。


 …………。


「……ねえクラリス」

「はい」

「精霊、って一体なんなの?」


 自分の中の気になる欲が抑えきれなくなって、ソフィアは尋ねた。


「……難しい質問ですね」


 顎に手を添え、クラリスはしばし黙考したあと、言葉を口にする。


「私にとって精霊は……生まれた時から身近にいる、隣人のような存在です。色々な性格の子がいますが、基本的には気分屋で、のんびりしてて、だけど力を貸して欲しいときには貸してくれる、そんな存在……ですかね」

「ふむふむ……」

「……申し訳ございません。おそらく、望んでいる答えではありませんよね」


 鋭い言葉にドキッとするが、動揺を悟られぬよう平静を装う。


「う……ううん、ありがとう。参考になったわ」


 ソフィアが言うと、クラリスはまた少し考えてから言葉を並べる。


「精霊とはどういう存在なのか……いつからこの世界にいて、どのような性質を持っていて、どんなことができる存在なのか……といった学術的な部分は、未だに解明されていない部分も多々あるのですが……図書の間に、詳しく記載されている本があるかもしれません」

「なるほど……」


 それは良いことを聞いた。

 暇を見つけて、探してみようとソフィアは思った。


「何故、精霊に興味を?」

「興味、というか、気になったというか……」


 ハナコの方を見やって、ソフィアは言う。


「ハナコが言ってたの。ハナコが現れたのは、私自身が望んだからって」

「ソフィア様自身が、ハナコ様が現れるのを望んだと?」

「そうらしいわ」

「ふむ……」


 また暫し考え込んでから、クラリスは尋ねる。


「失礼な事をお聞きするかもしれませんが……ハナコ様が現れる前、ソフィア様は、困った状況だったりしませんでしたか? 誰かに助けて欲しいとか、孤独で寂しい、とか……」

「あ……」


 思い当たる節はあった。

 ハナコは、ソフィアが孤独で部屋で一人泣いている時に、突然部屋に現れた。


「……あの時の私は……一人で、寂しくて……誰かにそばにいて欲しいって……そう思っていた……」

「……そういう事ですか」


 クラリスの表情が一瞬、歪む。

 次いでよしよしと、ソフィアの頭を撫でる。


「あの……クラリス?」

「ああ、失礼しました」


 こほんと咳払いしてから、クラリスは説明を続ける。


「精霊は、“願い”や”想い”に呼応します。特に精霊力が尋常では無い、ソフィア様の願いは相当なものだったのかと。それでハナコ様が姿を表した、というのは納得がいきます。精霊がいないはずのフェルミに出現した、というのだけは、気になる部分ではありますが……どこかの地域から迷い込んだ、という可能性は全然あり得ることかと思います」

「なるほど……」


 ソフィアの不安や孤独といった悲痛の叫びに呼応した、と考えると筋が通る話だった。


 ……そういえば。


 精霊王国エルメルに来て、初めて大浴場に入った際。


 これからどうなるんだろう、という不安と孤独の感情を抱いた時、小さくて可愛らしい妖精ちゃんが目の前に現れたような……。

 

「なんにせよ、ハナコ様はただの精霊では無い事は確かですね」

「ハナコが?」


 こくりと、クラリスが頷く。


「そもそも精霊がどのくらい見れるかは、個々人が持っている精霊力と、その精霊自身の力に比例します。力の弱い精霊は基本、精霊魔法を使う際に存在感を感じるくらいで、一般人には見る事すら出来ません。ですが、私程度の精霊力でも常にくっきりと見えるハナコ様は、相当な力を持った精霊かと……」


 くああ〜っと欠伸をして、ごろりんと寝返りを打つハナコを見ていたら、決してそんなふうには見えないが……。


 怪しい目つきのソフィアに、クラリスは優しい声色で言う。


「なにはともあれ……良き友を、お持ちになりましたね」

「うん……それは本当に、そう」


 ハナコのおかげで、今まで色々な辛い事、悲しい事を乗り越えてこれた。


 自分にずっと寄り添ってきてくれた、大切な親友。


 それだけは紛れもない、事実だった。

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